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悲しみの再会

 ***クリビア


 ロータスの登場にかっこいいとか素敵だとかいう女性客たちの黄色い声が耳に入ってくる。


 彼の力や情報網ならきっと私を見つけることなど簡単なことだったのだと思うと、もう逃げられないのかと絶望感が襲い汗が出た。


 彼は王者の風格を漂わせて私たちのテーブルの横で立ち止まった。

 緊張する。

 心に鎧を着せ、絶対言いなりにはならないと自分に言い聞かせた。


「君の笑顔を久しぶりに見た気がする。元気そうで良かった……」


 でも彼は嬉しそうに優しくそう言い、眦には微かに光るものが見えた。

 怒りと共に連れ去られてしまうのかと思ったのに、そんな悲しそうな笑顔を見せないで欲しい。

 どうして逃げたんだと責めてくれれば、そうすれば私だって彼に強く出れるのに!


 そして彼はすぐに「あぁ、なんて可愛いんだ! この子が俺たちの子か!」と言って自分のミニチュア版の頭を愛おしそうに撫でた。


「……知っていたの?」

「ああ」

「いつから?」

「サントリナに来てからだ。君が公爵邸にいることがわかって……」


 ああ、彼に知られず出産することなんてしょせん無理だったのだ。

 あなたの子どもではないという見え見えの嘘は通用しない。


 クリーヴはいつの間にか起きていて泣きもせず彼に微笑んでいる。

 どうしよう。

 このまま連れて行かれたら……。


「名前は何て言うんだ?」

「……クリーヴよ」

「クリーヴ。いい名前だ。男の子なんだな」

「……何しに来たのですか」

「何しにって、迎えに来たに決まっている。一緒にカラスティアに帰ろう」

「あなたがアナスタシアと結婚して私を牢から出してくれたことは本当に感謝しています。でもカラスティアには行かないわ」


 ロータスの顔が曇ってクリーヴを撫でていた手が止まった。

 このままでは他の客の迷惑になりそうだったので、クリーヴをメイドに預けて店の外で彼と話をすることにした。

 タンスクのように逃げることはもうしない。

 けりをつけなければ安心してクリーヴを育てることはできないと悟った。


 人通りの少ない店の脇の通路に入ると、彼は私を後ろからそっと抱きしめた。

 どことなく遠慮がちな抱きしめ方だったけど、「やめてください」と冷たく言うと彼は小さくため息を吐いてゆっくりと離してくれた。


「アナスタシアは素敵な女性よ。彼女とちゃんと向き合って」

「無理な話だ」

「子どもだってできたじゃない」

「あれは初夜のたった一度でできた子だ。俺が彼女を愛することは無い。それに君を殺そうとした男の娘だ」

「え? それってまさかトリス川のこと?」

「ああ。あいつは牢から出た君を殺そうと刺客を放った。ばれていないと思っているだろうが、あいつは俺を騙したんだ」

「じゃあ私を助けてくれたのは……」

「俺が君に付けていた男だ。川に流されたと聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ」

「ねぇ! 助けてくれた人は生きているの?」

「もちろん」

「良かった……」

「君を襲った男は死んだけどね」

「あ」


 だとすればヴァルコフ国王が私を生きていると思っているのは確実だ。


「ロータス様! お願いよ、私の事は忘れてアナスタシアと仲良くして! そうすればヴァルコフ国王は私を殺そうとするのを止めるわ。彼の望みはアナスタシアが幸せになることだもの」

「カラスティアの王妃にしてやった」

「そんなことじゃないわ。名ばかりの王妃が幸せなはずないじゃない」


 ふと自分の事を言っているようだと思った。

 今度はアナスタシアが名ばかりの王妃になるなんて、ヴァルコフ国王にとっては皮肉なことだと思うけど、彼女には幸せになって欲しい。

 でも生活面では私のような苦労はしていないだろうからそれだけは感謝すべきか。


「愛していない人間を無理やり愛することはできない。それが原因でこれからも君が……そしてクリーヴも狙われるのなら、俺はヴァルコフを殺す。本気だ」


 そう言って彼は徐に私の顎に手をやってキスをしようとしたので、思い切り睨んで言った。


「やめて」

「……」

「私はあなたを愛していないわ」

「は?」

「愛していないのよ」


 彼の青い瞳が悲しげに揺れた。

 彼にははっきりと、きつく言うのよ。

 妊娠している妻がいる男なんだから。

 それに愛していないというのは嘘じゃない。一度裏切った男を何も無かったかのように愛する心の広さを私は持っていない。

 これまではっきり言わなかったのは、まだ私に覚悟がなかったからだ。

 でもクリーヴの母となった今は違う。


「嘘を、言うな……」

「嘘じゃない」

「あんなに愛し合っていたじゃないか。子どもも生まれた。俺たちの! クリーヴは次のカラスティア国王なんだ」

「なんですって! 国王なんてとんでもないわ!」


 アナスタシアの子どもと争うようなことになったらクリーヴはいとも簡単に暗殺されてしまうだろう。

 狙うのはヴァルコフ国王だけでなく、カラスティアの誰かということだって大いにあり得るのだ。

 感情だけでそんなことを簡単に言うロータスにこれまで以上に腹が立つ。


「クリーヴがカラスティアに行ったら周りは敵だらけよ! どうしてそんなことが分からないの!?」

「そんなこと俺が考えていないとでも思っているのか!?」

「……あなたが何を考えていようと、私はこの子を国王にさせるつもりはないの。王位継承権は放棄するわ」

「な、に? そんなこと……そんなことはさせない!」


 彼が初めて私に厳しい顔を向けた。

 クリーヴと同じ青い瞳から悲しみと怒りの炎を感じた。



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