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誕生

 ***クリビア


 ノースポール公爵邸に移ってしばらくして、私は銀色の髪に青い瞳の元気な男の子を産んだ。


 名前はクリーヴ。

 初めて抱いた時、天使のように美しく愛らしい存在に、感動して思わず涙が溢れた。

 これまで死んでしまいたいと思ったことは幾度もあったけど、生きていて本当に良かった。

 この子はトリス川で私が流された時も無事だったのだから、きっと生命力あふれる強い子に育つに違いない。

 私はガルシア神とランス伯爵、そして刺客から助けてくれた名も知らぬ男性に感謝した。


 それからというものアスター王子がおもちゃなどを持って頻繁に訪れるようになった。

 婚約者がいるのだからもう少し控えてはどうかと公爵からたびたび言われているのを目にする。


 そういえば、クリーヴはロータスに瓜二つなので公爵夫妻は父親が誰か気付いているもしれない。

 父親の事は追及しないと公爵は言ったけど、世話をかけているし私の事を心配してくれている親戚なのだから壁を作るように隠すのはあまりにも水くさく、薄情だろう。

 機会を見て本当のことを言うことにした。



 アスター王子の他に、ランス伯爵もたびたび産後の診察に訪れてくれる。

 ちょっと多すぎはしないかと思うけどこんなものなのだろうか。

 まあいいけど。


 この世界には助産師や産婦人科の医師はいないので、全てを”医師”が担っている。私の出産に彼を選んだのは公爵夫妻だ。

 なんだか恥ずかしくて違う医師にしてくれと頼んだら、「アルマ医師が大陸一ならランス医師は世界一だ、お産を甘く見てはいけない」と叔母から説得されたので、渋々彼に頼むこととなった。



 一か月ほど経った今日はアスター王子もランス伯爵も訪ねて来ず、とても静かで落ち着く。

 クリーヴを抱いて公爵邸の大きなバルコニーに出て外の空気に当たると、柔らかい日差しと優しい風が心地良く、クリーヴが小さな欠伸をした。



 #####


 クリーヴを産んでから三か月になろうとする頃、このままずっと公爵邸にお世話になり続けることはできないため、住居と仕事を探さなければと思うようになった。

 それで生活を軌道に乗せることができたら、いよいよこの国で腰を落ち着けるのだ。


 実はクリーヴが生まれる数か月前にアナスタシアが妊娠しているという噂がサントリナに届いた。

 ここへは大陸の噂は少し遅れて届くので、もうすぐ生まれる頃かもしれないと思ったのも公爵邸を出ようと思うきっかけだった。

 子どもが生まれるのなら彼も私を捜すのを止めるだろうと思ったのだ。


 少し時間ができたので、タンスクのおかみさんに手紙を書いた。

 突然いなくなったことのお詫びとこれまでのお礼、子どもが無事に産まれたこと、荷物や貴重品などはこれまでの宿代とお世話代としてどうか受け取って、いらない物は処分なり好きにしてくれ等々という内容だ。

 ずっと気になっていたためこれで安心した。



 そして今日はお出かけ日和。

 仕事を探しがてら久しぶりに街に出ようと思って叔母に馬車を貸してほしいと頼んだら、護衛を付けて行きなさいと言われた。

 貴族でもない私にそれは仰々し過ぎるので大丈夫だと断ると、それでも心配そうな顔をするのでメイドだけつけてもらうことにした。


 街は潮の香りが漂って目にも鮮やかな赤、白、オレンジのハイビスカスがいたる所に植えられている。

 馬車の中でメイドがこの辺に人気のカフェ店があるんですよ! と目を輝かせて言ったので、それならせっかく来たのだからと馬車から降りて入ってみることにした。


 人気があるだけに建物の一階から三階まで全てがそのカフェ店で占められていて、おしゃれをした女性客がたくさんいる。

 私は生まれて初めてこんな素敵なお店を見た。

 

 とてもワクワクして、ちょっと大変かなと思ったけど特に人気の席があるという三階まで頑張って上ることにした。

 息切れしている私と違ってメイドはクリーヴを抱っこしているのに全然平気そうだ。

 さすがまだ十七歳。


 階段を上り終えると、運がいいことに窓際の席が丁度空いたばかりで私たちはそこに座ってお勧めのケーキとジュースを頼んだ。


 見晴らしの良い窓からは遠くに小島が見える。

 海面の光がキラキラ目に眩しい。

 クリーヴにも見せたかったけど生憎眠っている。


「カモメがたくさん飛んでいるわ」

「クリビア様、あれはウミネコです」

「ウミネコ?」

「カモメと似ていますけどウミネコはミャーオと鳴いて、くちばしの先が赤いんです」

「それは可愛らしいわね」

「でも顔はカモメの方が可愛いですね。ウミネコはちょっと顔が怖いです」

「くすくすくす。そうなんだ」


 他愛もない話に何気ない日常の幸せを感じる。


「おまたせしました」

「わー、美味しそうですねえ」

「ほんとうね」


 ケーキとジュースを持って来た店員に「ありがとう」と顔を向けたその時。

 一人の男性の姿が視界に入った。



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