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恋の終わり

 ***クリビア


「おっと、大丈夫か」

「アスター王子!」

「一人で海に入るなんて危険だよ」

「ごめんなさい……」


 彼は倒れそうになった私の肩を後ろから掴んで支えてくれた。

 そして自然と私の手を取って海から上がり、椰子の木の木陰のデッキチェアに座るよう促した。

 その一連の動作はとても紳士的で優しい。


 少しして水差しとフルーツジュースをメイドが持って来ると、彼は一緒に夕日を眺めようと思って……と言って微笑み、水差しの水を自分でコップに注いで一気飲みした。


 そして空になったコップをサイドテーブルに置くと、少し怒りの混じった真面目な口調で言った。


「夜、窓ガラスが割られたんだって?」

「え……はい……」


 あのあと大きな音にびっくりしたメイドがやってきてガラス片を片づけてくれたのだけれど、アスター王子には言わないでくれと頼んだのに。


「悪かった。私のせいだ」

「そんなことはありませんっ」

「護衛の騎士をもっと増やさなければと思っていたところだったんだ」

「私の存在が皆を困らせていることはわかっています」


 彼に返事をするなら今だ。

 背もたれから体を起こして彼の方に体を向けて呼吸を整える。


「アスター王子、プロポーズの返事ですが、私はあなたと――」

「――クリビア! 返事は急がない!」


 彼も慌てて体を起こした。


「いいえ、聞いてください。私はあなたと結婚することはできません。ごめんなさい」


 やっと言えた。


 アスター王子は目を伏せて眉間に皺を寄せた。

 その後、ふぅっと大きく息を吐き、眉尻を下げて静かに肩を落とした。


「本当にごめんなさい。こんなに良くしてくれているのに……」

「したくてしていることだから気にしなくていい」

「でもこれ以上ご厚意に甘えることは心苦しいです。明日、ここを出て行きます。ノースポール公爵のお屋敷にお世話になることになりましたので、心配はいりません。どうか私のことは忘れてこの国の立派な国王とおなり下さい」

「え、ちょっと待ってくれ! ああそうか、彼が言ったんだな。クリビア、そのことは君が気にする必要はない。私が臣下として生きていけば静かな生活がしたいという君の願いも叶えられるし、今後君に危害が及ばないようにするからどうか考え直してくれないか」


 私の為に国王になるのを諦めるなんてそんな狂ったことは絶対に駄目だ。

 優しい彼の人生をふいにさせるなどどうしてできようか。

 臣下になっても構わないという謙虚な気持ちのある彼は、誰よりも国民思いの国王になって今以上にこの国は発展するのは間違いないのだから。


「愛しているんだ。この年になるまでずっと君の事を想っていた」


 彼は祈るように私の両手を強く握った。

 その熱量は私の決心を強く揺さぶるほどだ。


 彼の事を嫌いではない。

 でも王宮での悪意にさらされて、それを耐えられるほど好きかと言われたらそこまでの気持ちは無い。

 それに生まれた子どもも私のせいで辛い思いをするかもしれないのだ。


 本当は言いたくなかったけど、ここは彼の為にも心を鬼にしてきっぱり言わなければならない。


「ごめんなさい。あなたが王太子の座から降りるという事だけが理由ではありません」

「じゃあ他に何が?」

「私はあなたを……愛していません」


 彼はそれを聞いても全く傷ついた様子は見せず、分かっていたかのように軽く口角を上げた。


「今、愛していなくても、これからまだまだ時間はある。君に愛されるよう努力する」

「ごめんなさい。あなたを利用した末にこんなことを言う私をどうか許して下さい」

「もっと利用してくれ! 君の力になれるならなんだってしよう」


 私なんかに必死に縋る彼が悲しい。私は彼に与えられるものなど何もないというのに。


「アスター王子殿下、本当にごめんなさい」


 しかしもう一度そう言うと、彼の手から力が抜けて私の両手から手が離れた。

 彼は海に目を向けた。

 普段は美しく幻想的に見える夕暮れが、今は妖しく見える。

 彼も同じだろうか。


「もう部屋に戻るとしよう……」

「はい」


 帰りの道は薄暗く、アスター王子は別荘の中に入るまで私の手をずっと握って誘導してくれた。


 ごめんなさい。気持ちに答えられなくて本当にごめんなさい。

 彼の優しさに喉から鼻にかけてツンと込み上げて来るものがある。

 でも泣いたらダメだ。


「クリビア?」

「っ、何でもないです。大丈夫です」


 彼は困ったように笑って指で涙を拭きとってくれた。


「泣かないで、愛する人。もう君を困らせたりしないよ。だけどこれからも側にいていいか? 友達として君の力になりたいんだ」



 #####


 調査の結果、石を投げたのは別荘の周りを警備していた兵士の独断の犯行と判明し、その者は解雇された。


 そして私を諦めたアスター王子は年の大分離れた侯爵家の十六になる娘と無理やり婚約させられた。


 その後、彼とノースポール公爵邸でお茶をした時、婚約はもう仕方なく受け入れたと彼は言い、私の前で悲しげに微笑んだ。



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