不機嫌なロータスとアナスタシアの変化
***エリノー公爵
一か月前、タンスクの宿屋にクリビア王女がいるという噂が入った。
これまでも見知らぬ女性が倒れているとか、修道院に美しい女性が運び込まれたという情報が入る度に陛下はそこへ駆けつけていた。
どれも人違いだったが、私なんかは既に亡くなっている可能性が高いと思っていた。
トリス川下流域周辺の捜索をする時などは、死体を探す感覚だった。
だからまた人違いではと思わなくもなかったが、今度は具体的な情報で信憑性が高い。
陛下はすぐさまそこへ飛んだ。
宿屋のおかみさんは彼女をマリアンヌと呼んでクリビア王女なんて知らないと言ったが、周りの住民から聞いた容姿の特徴と、子どもたちに文字などを教えているという情報からほぼ間違いない。
彼女は生きていて、ここに宿泊していた。どおりでトリス川周辺の町や村で見つからなかったはずだ。
そのマリアンヌがもうすぐ帰って来ると言うから待っていた。
生きていると信じ続けていた女性にやっと会えるとあって、陛下の顔は晴れ晴れとしていた。
……が、夜になってもクリビアさんは戻って来ず。
仕事も荷物も放り出して帰ってこないのはおかしい、何か事件に巻き込まれたのではないかとおかみさんも心配して、騎士たちに調べさせたがそのような事はないようだった。
我々は数日タンスクに滞在して彼女を捜索し、船着き場や街道沿いで検問を行ったりもした。
しかし王宮へ帰らなければならなくなったので、その後はドレインと騎士たちに捜索を続けさせることにした。
そして段々陛下の機嫌が悪くなってきた。
周りの者は近くを通る時も仕事の話をする時もおっかなびっくりで、書類などは陛下の執務室ではなく私の所に持ってくる始末。
陛下も馬鹿ではないからきっと私が考えていることは当然考えているはず。
こんなに陛下に想われているというのに、どうして彼女は陛下から逃げるのだろうか。
いい加減観念して側室でも愛人でもどっちでもいいからなってほしい。
そうすれば我々も穏やかに仕事ができるというものだ。
女性の心は本当に分からない。
今日もドレインたちからなんの連絡もない。
陛下は室内をうろうろ歩き回ったり、座ったかと思えば神経質そうに貧乏ゆすりをしている。
「陛下、我が国の兵士たちからダキアのように自分たちも魔法の武具が欲しいとの訴えが山ほど来ていますがどうしますか」
「そんなことをいちいち俺に報告するな! どっちみち無理なことなのだから適当になだめすかしておけ」
クリビアさんのことはさておき、カラスティアが再興してしばらくすると洞窟内の魔鉱石は消え、異世界へ行くことができなくなった。
言い伝え通りもう必要なくなったから消えたのだ。
良いことではあるが少し寂しくもある。
「陛下の口から言ってくれた方がいいと思うんですがね」
「ちっ」
「戦争したいならこの国から出て行ってよそでしろとか言ってくれるだけでいいんですよ。ただ魔鉱石が消えたことは言わない方がいいと思います……うわっ!」
天井辺りからドレインが現れた。
私は彼がいきなり現れることに未だに慣れない。
いちいち心臓がドギマギして寿命が縮む。
「見つかったか」
「陛下がタンスクに行った日に、クリビア様らしき女性をサントリナ行きの船で見たと言う者がおりました」
***アナスタシア
「王妃様、お加減はいかかですか。レモン水をお持ちしました」
「ありがとう」
つわりが酷くてベッドに横になっていた私はメイドに手伝ってもらいながら上体を起こして、ベッドサイドテーブルに置かれたレモン水に口を付けた。
部屋の片隅に目をやると、貴族やお父様からの妊娠のお祝いがうずたかく積まれているけど、肝心の陛下が喜んでいなければ意味は無い。
自分の努力と献身でいつかは彼の心を振り向かせることができると思っていた。
だからどんなに無視されようとも自分を鼓舞して耐えてきた。
けれど……妊娠を告げた時の陛下の苦々しそうな顔にさすがの私もくじけそうになった。
「陛下は?」
「執務室におられます。そういえば陛下のお付きの兵たちが申しておりましたが、一両日中にサントリナにお渡りになるそうですよ。あの国は気候も温暖で海の美しさは世界一と言われておりますからお付きの者たちは嬉しいでしょうね」
サントリナと聞いて、以前クリビア様宛にサントリナ王国にいる親戚から手紙が届いたことを思い出した。
親睦パーティーでもサントリナの人と親しげに話していた。
まさか……クリビア様がサントリナにいて迎えに行く?
思わずグラスをベッドの上に落としてしまい、メイドが慌てて寝具に染みるレモン水を拭き取った。
「王妃様、大丈夫ですか!」
「……」
クリビア様には幸せになって欲しい。
でも、それはロータス様とではない。
今まで感じたことのないどす黒い感情が生まれた。
ああ、私はいつからこんな女になったのか……。
どうか違いますように。王宮に来ませんように。
ベッドの上でそう祈らずにはいられなかった。




