星に願いを
***ランス伯爵
「お忘れかもしれませんが、実はあなたが子どもの頃に会ったことがあるんです」
「子どもの頃?」
「サントリナの行き帰りに船酔いしたでしょう? あれ、介抱したの私なんですよ」
「えー!あの時の医師はランス伯爵だったのですか!?」
私の事を覚えていたのかと思うと嬉しい。
「何度も吐いて、汚いところをお見せしてしまって……」
彼女は顔を赤くした。
「ははは。私は医師ですよ、そんなこと気にすることありません」
あの時は今と違って行きも帰りも海は荒れていたから酔うのも仕方がない。
今日明日は天気が良いそうだから、酔うことは無いと思うが。
「なんだか冷えて来たからそろそろ部屋に戻った方がいい」
「え、あ、そうね」
アスター王子が私とクリビアの会話の合間にそう呟いて、自分の上着を彼女の肩にかけた。
どういう関係だろうか。
「伯爵、我々は部屋に戻ります。では」
「え、同じ部屋を?」
びっくりしてそう言うと、クリビアさんが可愛い顔で彼を睨みながらすぐさま否定した。
彼は別に勘違いされてもよかったのにとでも言わんばかりにとぼけた顔をしている。
王子の気持ちが手に取るようにわかる。
しかし……。
「殿下、クリビアさんの名誉の為にも勘違いされるような言い方は止めてください」
「名誉? 私は既に彼女にプロポーズしているんだ。名誉が失墜することはない。もちろん、彼女が受けてくれたらの話だが」
「は? プロポーズ? 王室は知っているのですか?」
「私をいくつだと思っているんだ。父や重臣らのいいなりになるような年ではない」
「そうは言っても……」
年齢云々ではなく周りが許さない。そうなったら傷つくのはクリビアさんだ。
「そういえば、君には娘が一人いたな。帰りを待ちわびていることだろう」
私を牽制しているつもりか。全く呆れる。
娘がいることを隠すつもりはないが、「あら、ご結婚されていたのですね」とクリビアさんが微笑んだので少し傷ついた。
「七歳になる娘がいます。妻は五年前に亡くなりました」
「じゃあ二歳で……。まだ小さかったのに大変でしたね」
「ええまぁ。でも乳母がほとんどやってくれたので私は特に何もしていません」
「お名前は?」
「ラミアです」
「可愛い名前ですね。伯爵と同じ黒髪で黒い瞳なのですか?」
まさか話が広がるとは思っていなかった。
もしかして私に興味を持ってくれているのだろうか。
でもマリウスと一緒に旅をしていたくらいだから単に子どもが好きなだけかもしれない。
ランス、調子に乗るな。
「瞳は青いですが黒髪で、顔は私に似ていますね」
「でしたらきっと美人さんなんでしょうね」
それは私がかっこいいと、遠まわしに言っている?
頬が熱くなってきた。
今日髭を剃った自分に感謝だ。
さっきからアスター王子の視線が痛いが気にしない。
「そういえば随分長く家を空けていたのではないですか?」
「そうなりますね。でももう慣れていますから。乳母もいますしそこは心配していません」
「そんな、きっと寂しがってると思います」
「そうだ、よかったらうちに遊びに来ませんか? ラミアも綺麗なお客様に喜ぶと思います!」
「そうですね、機会があったら」
「クリビア、体が冷えたらいけない。伯爵、君も医師ならそれくらい気を遣ったらどうなんだ」
「あ!」
私としたことが、どうも彼女を前にすると浮かれてしまうようだ。
医師なのに妊婦をこの冷えた船外に留まらせてしまった。
「すみませんでした……」
「私は大丈夫ですよ」
「じゃあ、もう失礼する」
「ランス伯爵、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アスター王子の左腕がクリビアさんの肩に回されて二人は船内に入って行った。
王子に私が勝てるわけがない。大きなため息が漏れた。
ん? ちょっと待て。勝てるだと? 王子と彼女を取り合う?
私は彼女を好きなのか?
美砂以外の女性を好きになる事なんて生まれてこのかた一度も無かったから気付かなかった。
一緒にいたいと思っていたのは心が軽くなるからだけじゃない。
好きなんだ!
……でも空しい。
彼女は私の事などただの医師としか思っていない。年も離れ過ぎている。
かといってアスター王子が王族ではなくなった彼女と結婚などできるだろうか。
彼と婚約することを狙っている貴族令嬢はたくさんいる。
このままでは彼女がまた辛い思いをしそうだ。
夜も更けて来るとデッキの人影は徐々にまばらになっていき、とうとう私一人だけになった。
ワインを飲みながら夜空を眺めていると、無数の星々が静かに輝いている。
その中でひときわ明るい光が一筋の線を描いて流れていく。
夜空に描かれた儚くも美しい一瞬の奇跡。
流れ星が通り過ぎる瞬間、私は心の中で願いを込めた。




