ロータスからの逃避
***クリビア
プロポーズされていたのをおかみさんと子どもたちに聞かれていた。
でもおかみさんは騙していた私を責めることなく、「にしても彼がサントリナの王子だったなんてねえ。それにしては気取っていないし親しみやすい、いい男だね」と茶化すように言って場を和ませてくれた。
おかみさん流の気遣いなんだと思うとありがたい。
「あの……ごめんなさい。私……」
「謝る必要なんてないよ。だいたい王族や貴族には庶民には考えられないような嫌なこともたくさんあるんだろうよ。気にすることは無いさ、マリアンヌ」
おかみさんはウインクをして「あー忙しい」と言いながら台所に入って行った。
いつもと変わらない態度に心が軽くなる。
子どもたちは私がシタールの王女だったことよりもプロポーズの返事ばかり興味があるらしく、しばらくはそれを躱しながら授業するのが大変だった。
数日後。
買い物から帰る途中、遠目に宿屋の周りをたくさんの騎士が取り囲んでいるのが見えて足が止まる。
側には大きく立派な馬車が一台。
カラスティア王国旗がはためいている。
心臓がドクンとした。
おかみさんには私がここにいることを誰にも言わないでくれって頼んでおいたから広めたはずはない。
もしかしたら子どもたちが親に話して、そこから広がって彼の耳に届いてしまったのかもしれない。
心地いい日常に気が緩んで子どもたちに口止めしなかったのがいけなかった。
慌てて踵を返すと、すれ違った馬車が急に止まった。
「クリビアじゃないか、どうしたんだ?」
「アスター王子!」
「君の所に行こうと思っていたんだ。お遣いに行くなら乗って」
「いえ、そうじゃなくて……」
「……よく分からないけど取り敢えず乗って」
私のただならぬ様子に何か察してくれたのか、彼は私を馬車に乗せてくれた。
「いつもと違うね。一体どうしたの?」
アスター王子は心配そうに私に尋ねた。
世話になっておきながら何も言わないなんて絶対駄目。
方向転換して宿から離れて行く馬車の中、私は理由を話した。子どもの父親の事も。
すると彼はずっと私とロータスが不仲だと思い込んでいたらしく、信じられないと目を丸くした。
こんな所でヴァルコフ国王の思惑が効いていたのかと思ったけど、真実を知った彼の目の周りは徐々に赤くなってきた。
他でもない、相手が元婚約者のロータスだったからショックを受けたんだろうな……。
「彼のもとへ行く気はないのか。もしかしたら側室にするつもりかもしれないよ」
「行く気はありません。側室なんて、王妃殿下の負担にもなりたくありませんし」
「君は前に子どもの父親をもう愛していないと言った。でももし彼が結婚していなかったら彼の所に行ったんじゃないのか? 本当はまだ……」
「それはありません! 本当です」
「……わかった。信じるよ」
そしてアスター王子は少しの間目を閉じたあと、俄かに頷いて言った。
「クリビア、このまま私とサントリナに行かないか」
「え?」
「君が宿屋に帰らなければ余計にそれは君だと言っているも等しい。だとすると、今後彼はこの港町を徹底的に捜索するだろう。もしかしたら検問を行うかもしれない。そう考えると、見つかるのは時間の問題だ」
彼の提案に心が揺れた。
居心地が良くてついタンスクに長居しているけど、サントリナは最初から行こうと思っていた国。
だけど、プロポーズの返事もしていないのに彼を利用するのは気が引ける。
返事をしようとすると急用を思い出したと言っていなくなったり、もっとよく考えてと言ったりする彼の、私が断るのを分かっているその気持ちがせつなくて、なかなかきっぱりと言えないでいる私が悪いんだけど。
「悩んでいる場合か? 遠慮なんかするな。ノースポール公爵夫妻だっているじゃないか」
迷う私に彼は急かすように言った。
そう、実際私はこのあとどうしたらいいかわからない。
でも一番避けなきゃいけないのはロータスにつかまって子どもの存在が分かってしまうこと。
子どもの為に心を決めた。
「わかりました。アスター王子のご好意に甘えさせて頂きます。有難うございます」
「よし、じゃあ行こう!」
彼は御者に港まで行くよう伝え、私たちは出港前のサントリナ王国行きの船に乗り込んだ。
汽笛が低く長く鳴り響き、船は静かに波を切って動き出す。
どんどん離れて行く港を見ながら、おかみさんへの義理を欠いた振る舞いに、心の中で何度も謝った。
どんなに心配するだろう。何も言わずに出てしまってごめんなさい。
ロータスは酷い事をする人ではないけど詰め寄られて困っていたらと思うと、どうせなら口止めしなければよかったと後悔することしきり。
私がいたことを言ってしまえば楽になるから、どうか隠し通そうとしませんように。子どもたちもごめんね。
荷物のこともあるし、落ち着いたら手紙を書くことにした。




