心の闇
***ロータス
カラスティアの王宮の南に位置する美しい東屋で、結婚したばかりの王妃アナスタシアが貴族令嬢らとお茶をしている。
執務室の窓から見えるその幸せそうな光景が忌々しくて悔しくてたまらない。
あそこはクリビアと共に過ごそうと新しく設計した肝いりの東屋だ。
――そこで四季の移ろいを感じながらクリビアとの対話に花を咲かせる。
木々の隙間から差し込む光が東屋の柱や屋根を温かく照らし、そのうつろいの穏やかな時間の流れの中でクリビアが幸せそうに微笑む。
夏の終わりを惜しむかのように見事に咲き誇る彼岸花や女郎花、百日紅。
それらは彼女を美しく装飾する。
そして細く小さな白い手で冷たい紅茶を飲む彼女を俺が笑顔で見つめている。
――はずだった。
「陛下、今、鬼のような形相してますよ」
エリノーが俺の顔を覗きこんで言った。
一睨みして椅子に座り執務机に向かうと、暫くしてドレインが現れた。
彼にはクリビアがバハルマの国境を越えたら密かにカラスティアの王宮に連れて来るように命じていたのだが、クリビアはどこだ。
前のめりになってドレインの言葉を待った。
しかし、彼の報告を聞いて頭に血が上った。
怒声が部屋中に響き渡る。
「貴様、それで諦めて戻って来たのか!」
「申し訳ありません。下流の方も探しましたがどこにもおらず、一度ご連絡を入れ協力を仰いだ方がいいと思い――」
「クリビアに何かあったらお前もただじゃすまないと覚えて置け!」
「はっ」
「エリノー、暗くなる前にこれからもう一度トリス川の下流域を探しに行く。地図を持ってこい。バハルマからの流れだとカラスティア国内に流れ着いているはずだ。誰かが助けたかもしれないから周りの家も捜索するぞ!」
ドレインの話からクリビアを襲った男は俺をガルシアで尾行していた男ということが分かった。
ヴァルコフ国王の差し金だとしても、アナスタシアと結婚したのになぜ今になってクリビアを殺そうとするのか。
疑問に思いながら急いで出かける準備をして王宮を出たその時、ちょうど庭園から王宮へ戻ろうとするアナスタシア王妃たちと出くわした。
「陛下! どちらに?」
着飾ったくだらない令嬢らが俺の前で恭しく頭を下げる。
こんな女どもを従えて王妃面しているアナスタシア。
クリビアに何が起こったのかも知らずに幸せな時間を過ごしているのが気に食わない。
返事をする時間が無駄だ。無視して通り過ぎた。
***アナスタシア
部屋で鏡の前に座り、大きなため息を吐く。
今日のお茶会では令嬢たちがクリビア様の事を暗に悪く言っていて、気分が悪かった。
―― 「娘を王妃にできなくて残念がっている者もおりますけど、アナスタシア王妃殿下相手には諦めるしかありません。ふふふ」
―― 「まさに王妃殿下の御人徳以外の何ものでもありませんわ」
―― 「バハルマは国王陛下が平和主義で有名ですので我がカラスティアも安心して再興に力を入れることができますしね」
―― 「ほんとに。協力します、なんて言って攻撃してくることもないでしょう」
―― 「あら、でももうそんな国は存在しないんじゃないの? くすくすくす」
あそこにいたのがクリビア様だったら辛い思いをしていたでしょう。
だからこそ、この場は私の居場所なの。
悪意に負けない後ろ盾のある私の。
「王妃様、どうかなさいましたか」
バハルマからついてきた私のメイドが心配そうに聞いてきた。
そうだ、彼女なら知っているだろうか。
「なんでもないわ。それよりロータス様はどちらに行かれたのか知っている?」
「いいえ、ですが大勢の騎士を招集して連れていかれましたね」
やはり何か大変なことがあったのだ。
だからといってあんな冷たい顔で見られたのは初めてで、身がすくむような気がした。
それでも令嬢たちの手前、平然として全く気にしていないかのように振る舞った。
それが陛下なのだというふうに。
新婚の甘さは最初から期待していない。
私から話しかけなければ会話も無いし、仕事の休みも取らないから新婚旅行もない。
そういうのも結婚前は振り向いてくれるまで待てると思っていた。
でも……結婚したばかりとはいえ実際そうなると、彼のそっけなく冷たい態度は想像以上に辛く、悲しみは深くなり寂しさが募っていく。
愛する人は目の前にいるのに、その心は遥か彼方にあることがこんなにも苦しいことだとは知らなかった。




