ロータス(二)焦りと欲望の狭間で
***ロータス
三か月後、傷はすっかり癒えて傷跡が薄っすら残るのみとなった。
本来ならとっくにガルシア宗教国を出ている予定だが、今は滞在していた神殿を出て、ジュリアナの家で一緒に暮らしている。
「これはなかなか美味しいな」
「母直伝のスープなんですよ。王子様のお口にあって光栄です。クスクスクス」
「そう言えば君の家族は?」
「……年の離れた弟がいます」
「今はどこに?」
「まだ幼いので母といます……」
「そうか」
「そうそう、ロータス様、明日デートしませんか? この国の観光スポットをご案内いたしますよ」
「いいな、そうしよう」
翌日、仕事休みのジュリアナに連れられて、ガルシア宗教国が見渡せる展望台へ行った。
空は雲一つなく晴れ渡り空気は澄んで、遠くにはカラスティア王国の山々も見える。
懐かしそうに眺めているとジュリアナが独り言のように喋った。
「自然は何も変わらないのに人間の世界だけでその所有者が変わっていって、そしてワーワー言いながら短い人生を終えるの。ちょっとした喜劇だわ」
「俯瞰してみると人生なんてそんなものだ。でも文字通り喜劇で終わる人生は恵まれている」
「……はい……」
俺の両親は殺され国は奪われた。喜劇とは正反対の悲劇。何も所有していない者にはわからないだろう。
ただジュリアナは俺の境遇を意識して言ったのではないだろうから不愉快ではない。
「お、ガルシア大聖堂はさすがに目立つ。荘厳で美しいな」
白亜の尖塔が幾重にも連なって、尖塔の先のクリスタルからは美しく眩い輝きが縦横に放たれている。
周りには、四角い家の白い屋根が並ぶ。
「ロータス様はいずれここを出て行かれるのですよね。カラスティアにお戻りに? 今はシタールの兵でいっぱいみたいだけど」
「……」
ジュリアナは辛抱強く俺の顔を見て返事を待っているが、彼女に俺の計画を話すつもりはない。
話してしまうとクリビアとの特別な繋がりが薄れそうな気がする。
黙っていると諦めたのか続けて話し出した。
「先日うちのアルマ医師が怪我をしたシタール兵の治療のボランティアに行ったんです。それで聞いたんですが、カラスティアにある鉱山はシタールの兵や奴隷でいっぱいだそうですよ。魔鉱石を探しているんですって」
「はは」
「王子様ですもの、ご存知ですよね」
「まあな」
「その魔鉱石ってどんなものなんでしょう。私も見てみたいなあ」
何か期待するように俺の顔をちら見して彼女は言う。
残念ながら無駄だ。
冷たいようだが黙っていたら、察したのか自分から話を変えてくれた。
「それが見つかれば奴隷たちの仕事も減って少しは楽になりますね」
「奴隷の心配をするなんて君は優しいな」
「茶化さないでください。どこにあるのかご存知なんですよね?」
「さあ」
「もうっ」
高台は風が強く、彼女のピンクの髪が俺の頬を撫でる。
質問をごまかしている罪悪感か、彼女の肩を抱いてそっと頬に口づけると彼女は頬を赤く染めた。
「あの、以前行かなければならない所があると仰っていましたよね。それって魔鉱石のある所のことですか?」
「またその話か。違うよ。どうしてそう思うんだ」
「だって、カラスティアではロータス様の指名手配の紙が貼られているから働くのは厳しいと思うのです。だとしたら、生活の資金源として魔鉱石を利用するんじゃないかと思って」
「そんなことしたら余計に捕まりそうだ」
「ああ……」
「もう冷えてきたから家に帰ろう」
全く、どうしてこうも魔鉱石の話をしたがるのか。
興味があるからといって、魔鉱石の質問をされる度に誤魔化したり嘘を言わなければならないから疲れる。
いい加減やめたくて、彼女の手を取って展望台から降りた。
帰る途中、「夫婦みたい」という言葉が耳に入った。
斜め上から見下ろすと彼女の顔には微笑みが浮かんでいる。
その言葉に俺が同意することができないのは彼女もわかっているはず。
ジュリアナの事は好ましく思っている。
だが、家に足を踏み入れる前、いつもより躊躇してしまった。
夜、俺の腕の中で横になっているジュリアナが、親に捨てられやしないかと不安がっている子供のように言った。
「ずっとお側にいたいです。どこにも行かないでください。行くとしても、私も一緒に連れて行ってくれますよね?」
「……心配するな。悪いようにはしないから」
そういう事を言われると、早く国を取り戻してクリビアを迎えに行かなければという焦りと、クリビアを裏切っている自分に対する嫌悪感が増してきて落ち着かない。
俺はここで何をしているのだろう。