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アナスタシアの結婚

 ***クリビア


 夜遅くアナスタシアが地下牢へ下りてきた。

 危ないと注意したら護衛騎士も一緒に来ていると言うので安心したけど、そこまでして何を言いに来たのだろう。

 その割になかなか言い出さなくてじっと待っていたらやっと口を開いた。


「近く結婚することになったんです」

「そう! それはおめでとう。でも婚約を飛ばして結婚なんて、急な話ね。相手は誰なの?」


 そんなに嬉しそうでもないから嫌な相手なのだろうか。

 それとも国を出ることになってここに来られなくなるのを悪いと思っているのなら、私のことは気にするなと言いたい。

 彼女ならそう思っていそうだ。


 アナスタシアは俯き加減で私に尋ねた。


「王妃様はカラスティアのロータス国王陛下の婚約者でしたよね。あの……今でも愛していらっしゃいますか?」


 ああ、そういうことか。


「もう何年も前のことよ。愛していないから安心して。おめでとう、アナスタシア」


 微笑んで祝福したら彼女はパーッと明るくなった。


 ロータスの事を嫌う女性などいないだろう。

 きっと親睦パーティーの時に好きになったのだ。

 好きな相手と結婚できる喜びが溢れ出ていてある意味羨ましい。


 あれだけ私を諦めないと言っていた彼が結婚を承諾したのは意外だったけど、私の事は諦めたと思うと少しホッとした。


「それで、あの、通常王族の結婚は婚約期間があって、それからになるのはご存知かと思いますけど、今回カラスティア側から条件が出て、父もそれは別に構わないということでそれを呑むことになったんです」

「条件?」

「すぐにでも結婚式を挙げるという……」

「よかったじゃない」

「式後に恩赦を実行して王妃殿下を牢から出すのが条件です」

「恩赦!?」


 なんということだろう。

 ここから出られるのは嬉しいけど彼は私の為に結婚するの?

 アナスタシアもそれを分かっている。

 複雑だ。

 だとしたら結婚しても彼女は寂しい思いをするのではないか。


 でももう全てが決まったこと。つべこべ言っても意味は無い。

 ここはいいように考えよう。

 彼はガルシアでもすぐに他の女性に心を奪われたくらいだから、アナスタシアの美しさや心根の優しさに、また心を奪われるに違いない。


「王妃様。私はロータス様が私を好きになってくれるまでいくらでも待つことができます」


 まっすぐ私を見つめて微笑むアナスタシアはなんて健気でたくましいんだろうと感心する。

 彼女とならロータスもきっと幸せになれるに違いない。


「あなたなら大丈夫、絶対に愛されるに決まっているわ」


 彼女は少女のように照れ笑いをした。

 大人っぽい顔をしているのにそのギャップがとても可愛らしい。

 その後私の手を取って、照れ笑いとは違う力強い笑顔を私に向けた。


「それと、父は王妃様と離婚するようです」

「え!」


 ここにきてようやく離婚ができるというのか。というか、すぐに離婚されてなかったのが不思議なくらい。

 喜びに顔が綻ぶ。


 ところが一緒に喜んでいたはずのアナスタシアの顔が急に泣きそうな顔へ変わった。

 そして少し間を開けて、私の手をより強く握って弱弱しい声で言った。


「でも、私がもっと早く王位継承権を放棄してカリアスが王太子になっていたら、王妃様が牢に入ることもなかったはずです」


 アナスタシアのせいじゃないのにどうして自分に責任があるように思うのか。

 カリアスのやり方が卑怯だっただけだ。

 毒殺する勇気もなく、あれこれ知恵を巡らせてあんなくだらない芝居を打って人を陥れる。

 そういえばそのやり方はバーバラの時と似ている。

 もしかしたらバーバラもカリアスに言われてやったのかもしれないとふと思った。


「あなたのせいじゃないわ。私はあなたのお陰でこうして生きていられるのよ。誰よりもあなたの幸せを願っているわ」

「私だけ幸せになるなんて、なんだか罰が当たりそうです……」

「あら、私だってこれから幸せになるのよ。私たち二人、これからなんだから!」


 その言葉に彼女はうれし涙を流した。

 優しい彼女がどうか幸せになりますように。




 アナスタシアが戻ってから少ししてマリウスが顔を出した。

 外の気配がいつもと違うので見てみると騎士がたくさんいたから私に何かあったのかと心配で下まで降りて来たと言った。

 でもアナスタシアが来ていたのを見てその護衛だったのかとわかり、戻って寝ようとしたらロータスという名前が聞こえてつい会話を聞いてしまったと言う。


「ロータスって名前は僕のお姉ちゃんの好きな人の名前なんだ。だから盗み聞きしちゃって……ごめんなさい」

「いいのよ、そんなの。それよりそのお姉さんは確か数年前から会いに来なくなったていう」

「うん。いつかその人と結婚するから一緒に暮らそうって約束しているんだ。でも王女殿下と結婚するような人なんだから、人違いだね」


 マリウスの姉はガルシアにいると聞いた。

 まさかとは思うけど心臓がドキドキしてきた。


「……お姉さんの名前は何て言うの」

「ジュリアナだよ」


 ああ、神よ。

 こんな偶然があるなんて。

 ジュリアナは会いに来なかったのではなく来ることができなかったのだ。

 私がいなくなれば彼はまた一人になる。これからずっとここで……。


「ねえ、お姉さん牢から出るの?」

「……そうね、出られるみたい」

「よかったね」


 寂しそうに微笑むマリウスに胸が締め付けられる。

 それでもまだ姉が迎えに来るという希望があるからそうしていられるのだろう。

 でもそんな日は来ない。


 マリウスがここに一人で生きているという事実を知っているからには、放って置くことなどできない。

 アナスタシアに言ってなんとかならないだろうか……。





 それから二週間後、カリアスが王太子に任命され、アナスタシアの結婚式がカラスティアで執り行われた。


 そして結婚式の翌日の午後、私は牢から出された。

 一緒に出ることを国王に許されたマリウスと共に。




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