捨てられた王妃(二)
***アナスタシア
親睦パーティーで会ったロータス国王は、明るい銀髪で大きく思慮深そうな青い瞳の、優しそうな男性だった。
それでいて男らしい精悍さも併せ持っていて、なんてかっこ良くて素敵な人なのだろうと一瞬で恋に落ちた。
おまけに王妃様の元婚約者なのだから性格もいいに決まっている。
他の貴族子女の彼を見つめる目にも熱が籠っていて、絶対に彼女らに取られたくないと思ってしまった。
そんな私の気持ちを覚ったのか、カリアスがロータス国王に惚れたのかとからかって来た。
その時は分からなかったけど、彼はそのことを、私をこの国から追い出す手段にできないかと考えていたのだ。
そして王妃様を追い出した次は私をどうにかしようと、今、具体的な行動を起こした。
でもロータス国王との結婚は私にとって願ってもないこと。
自分の夢のような未来に胸が高鳴る。
「だがな、彼は王妃の婚約者だった男だ。それでもいいのか? もしかしたらまだ王妃を忘れていないかもしれないぞ」
お父さまが私の事を心配してそう仰ってくださるのはありがたいけど、私はこのチャンスを逃したくない。
「待つことはできます」
「うーむ……」
「あ、でも――」
――断られるかもしれない。
思ってもみない彼との結婚話が持ち上がって一瞬その気になってしまったけど、冷静に考えればその可能性は大ありだ。
舞い上がった心が急に萎んで肩を落としていると、お父様も何か考えているようで、難しい顔をしている。
「そ、それよりお父様。王妃様の事ですが、カリアスを誘惑しただなんてあり得ません。お願いですから一刻も早く牢から出してください!」
「……そうか、その手があるか」
「え?」
「お前の気持ちは分かった。きっと結婚できるだろう」
「? お父様、あの、王妃様を……」
「いいからもう下がれ」
「お父様!」
それきり私の訴えに聞く耳を持たず、お父様は書類へ顔を移して仕事を始めた。
執務室から出た足で、没風宮よりさらに遠くにある牢屋へ向かった。
お父様が国王になってからはもう何年も使用されておらず、貴族が入れられる牢は他の場所に新たに建設された。
そこがあるにも拘わらず、この牢屋の地下に入れるよう命令したのは、もういっそのこと死んでくれと思っているからかもしれない。
そんなの絶対駄目だ。
せっかく王宮に戻ってこられたと思ったらもうこんな風になってしまうなんて、王妃様が哀れで仕方がない。
着いた頃には汗びっしょりになった。
見張りの兵士すらいない捨てられた場所。
こじんまりした二階建ての壁には蔦が絡まり、上方に鉄柵の嵌められた小さな窓がいくつもついている。
雑草の手入れもしておらず、昼間でも少し薄気味悪い。
薄暗い階段を降りて行くと上階との空気の境がはっきりわかった。
ジメジメしてヒンヤリとしたその場所は、今が夏だからいいものの、冬なら凍え死んでしまうだろう。
汗も一気に引いた。
「ああ、なんてこと」
王妃様は床に横になって力なく灰色の天井を見つめていた。
没風宮から移ってまだ日が浅く、体調は万全ではないだろう。
傍らにはコップが一つ置かれていた。
空みたいだ。
私が来たのが分かると王妃様は上体を半分起こした。
「アナスタシア。来てくれたのね」
「ごめんなさい! ごめんなさい! カリアスのせいで!」
「聞いて、私は本当に彼を誘惑なんてしていないわ」
「分かっています。これは王妃様がお父様の子どもを産まないようにというカリアスの策略だと私は思っています。そうに間違いありません」
「……ああ、私は王位継承問題に巻き込まれたのね……」
「申し訳ありません……」
「そこだけは王族の扱いだったなんて……」
本当に、なんと言っていいかわからない。
王妃様が一瞬笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
それにしてもこのままでは本当に亡くなってしまいかねないほど生気を感じられない。
闇が覆っているようだ。
もしかしたら私が来るまでの二日間、何も食べてないのかもしれない。
「少しお待ちください。今食べ物や毛布などを持って来ます。元気をお出しください、といっても無理でしょうが、必ずここからお出ししますから気を落とさずにいてください。すぐ戻ってきます」
王妃様の力になれるのは私だけ。
没風宮にいた頃よりも差し入れを頻繁に持って行くことにした。
お父様はそれを承知しているみたいだったけど、特に何も言われなかった。