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捨てられた王妃(一)

 ***クリビア


 カリアスは私の部屋に来た理由を、バラを持ってくるよう頼まれたからだと国王に説明した。


 そして途中で会ったメイドに花瓶を持ってくるよう言ったついでに、エリカ侯爵令嬢を晩餐に招待しているからその前に王妃の部屋に来るよう伝えてくれと指示したという。

 事前に私とエリカ侯爵令嬢の仲を取り持ちたかったと言った。


 婚約者が来るのに自分が襲いかかるわけがない、ソファに座っていたら突然誘惑された、という主張に不自然な所は無い。


 だから誰も私の言うことなど信じてくれない。信じようとしない。


 ―「私は花を持ってこいなどと言っておりません!」

 ―「なんと、私を嘘つき呼ばわりするとは。王妃殿下、あなたは嫁いで来た時も処女ではなかった。どちらが嘘つきか。最近私と話すことが多くなったので勘違いさせてしまったのなら謝ります。ですが、あなたは私がエリカをどれほど愛しているのか知らなかった」


 私はその悪意に吐き気が襲ってきた。


 メイドとエリカ侯爵令嬢、執事、騎士らの軽蔑の眼差しが私の体を容赦なく突き刺し立っているのも辛い。


 ヴァルコフ国王は決定を下すまでずっと目を瞑っていた。

 息子を全面的に庇うのなら直ちに私を処分するはずだけど、何か考えているようで、ほんの僅かだけど期待してしまった。

 でもやはり実の息子の不利になる決定を下すことは無かった。


 私はカリアスの罠に落ちた。


 そして彼の発言で、私が嫁いで来た時に処女ではなかったことが知られた。

 大勢の人が私を罵る声が頭から消えない。


 ”泥棒”、”娼婦”、”詐欺師”


 それが私なのだ。




 どうしてこの国に執着していたのか。

 敵ばかりのこの宮殿で生きていこうとしたのは無謀な考えだった。



 国王は私を姦通未遂の罪で地下牢に入れた。


 私に罪があるとすればロータスとのことだけ。

 神は私の罪をこのような形で償わせようとしているのだろうか。


 でも……、でも、あんまりだ。

 私は彼と望んでそうなったわけではない。

 悔しくて涙も出てこない。


 暗い灰色の石の(ゆか)に横たわった。

 ヒンヤリとした冷たさが全身を回って心を冷やす。

 私はここで死ぬ運命なのかもしれない。

 いい加減疲れた。

 いつもいつも、誰かのせいで、誰かの考えで私の人生が左右される。


 平穏な日常すらどうして許されないのか。

 誰にも陥れられることもなく、心配かけることもなく自立して普通に生きていけたらどんなに幸せだろう。

 地位も名誉もいらないからそんな風に生きていきたい。



 ***ヴァルコフ国王


 親睦パーティーでのクリビアの振る舞いが完璧だったから許すことにしたのだが、それがこんな結果になるとは。


 誰も目撃していなければカリアスに厳重注意で終わらせたものを……。

 あいつも抜け目のない男だ。




 二日後、公務から帰って来たアナスタシアが興奮して執務室へ駈け込んで来た。


「どういうことですか! 王妃殿下を今すぐ地下牢から出してください!」

「おお、戻ったか」

「カリアスが嘘を言っているんです! どうしてわからないのですか!」

「目撃者が複数いるのだ」

「だから、それだってカリアスがそうするように――」

「どこに証拠がある!」

「証拠って……」

「それよりちょうどよかった。お前に聞こうと思っていたのだ」

「はい?」

「カリアスから聞いたぞ。お前はロータス国王を慕っているのか?」

「え、な、なんですか、それは」


 頬が微かに朱を差す様に赤らんだのを見ると図星か。

 となると……。

 全く、カリアスも運のいい奴め。


 周りの噂から私が王位をアナスタシアに譲ろうとしていることは分かっていただろうが、何も言ってこないから野心は無いものと思っていた。


 だがクリビアに子どもができるのをこうもあからさまに邪魔してくるとは。

 初夜の時もそうだったのだろう。


 クリビアには姦通未遂の罪は重すぎただろうが致し方ない。

 もともと縁が無かったと思えばいい。


 カリアスの思惑がはっきりしただけでもよしとして、今後兄妹で後継者争いなどさせないためにも、もう後継者をはっきり決めなければいけない時がきたのだ。



「お前も薄々分かっていたと思うが、私の跡を継ぐのはお前にしようと考えていた。バハルマ初の女王の誕生だ。だが、お前がロータス国王のことを好きで一緒になりたいと思うのなら話は別だ。どうだ、婚姻の申し込みを考えなくもないぞ」



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