クリビアの罪とカリアスの策略
***クリビア
ガルシア神よ
私はなんと罪深い。
バーバラのしたことなんて可愛いものよ。
泥棒の罪を着せることを容認したヴァルコフ国王も。
こういう暮らしをするのはもう当然の報いだと思うしかない。
私は即刻処刑でもおかしくないことをしてしまったのだ。
ロータス。
私が別れようとしたのはあなたを愛していたからで、あなたの裏切りとは次元が違う。
一時でも私から心が離れた人を信じることはできない。
カラスティアに行くことだってあり得ない。
どの面下げてカラスティア国王の隣に立てと言うのか。
仮に私が王妃になったとしても、始めこそきっとあなたは私の味方をするでしょう。
でも時と共に私への情熱も冷め、そうなったとき私は居場所がなくなる。
ここと同じ。
いいえ、ここより酷くなる。
そしてあなたはきっと若く美しい女性に心を奪われて私の存在に悩み、疎ましく思うようになるのよ。
一度浮気をしたんだもの、あなたの心は移ろいやすいの。
だから、あなたとあなたの国民のために、そして私のためにも、私とあなたが一緒になることはできない。
鏡を見ると、服では隠し切れない所に彼の付けた鬱血痕が残っていた。
メイドが私に近づくことは無いから分からないだろうけど、問題はアナスタシア。
彼女には絶対に見つからないようにしないといけない。
すぐ隠せるようにストールの保管場所を確認した。
これから先の事を考えると暗くなるけど、とにかく毎日を無事に過ごすのが先決だ。
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没風宮にロータスが忍び込んだことは幸いばれることなく、一か月が経過した。
この間に私の環境はガラッと変わる。
なんと没風宮から王宮へと住まいが戻ったのだ。
メイドも複数ついて部屋の掃除やお風呂、着替えなど自分ですることがなくなった。
ただ彼女らの不機嫌そうな顔を見ると嫌々仕えているのがわかるから気を遣うけど。
そして色々な噂が私の耳にも入って来るようになった。
王宮の外では私を王妃でいさせることに疑問を持つ貴族の声が日増しに高まっているそうだ。
離婚して新たな王妃を迎えるのが国益にかなうと、ヴァルコフ国王は事あるごとに臣下から進言されているらしい。
もうひとつ変わったことがある。
それは第一王子のカリアスが親しげに話しかけてくるようになったこと。
アナスタシアと仲の良くない彼と親しくすることは極力避けたい。
彼に嫌がらせを受けたことはないが、今更親しげにしてくるのは裏がありそうな気がしてならない。
庭園で散歩しているとちょくちょく会うのは偶然ではないと思っている。
「王妃殿下、よくお会いしますね。バラの花がお好きでしたら私の温室に珍しい品種のバラが咲いておりますがご覧になられますか?」
「……また今度、機会があれば」
「ドゥボルという大輪の朱赤のバラなんですけど、とてもフルーティな香りがするのです。花数が多くて株のまとまりも良く、鉢植えにも向きますから今度王妃殿下にお持ちいたしましょう」
「それは素敵ですね。でもせっかくですが遠慮いたします。そのままの場所で咲かせておいてください。気が向きましたら見に行かせていただきます」
「そうですか。それではその時はお声掛けください」
カリアスが何を考えているのか全く見当がつかない。
部屋に戻ると、今夜は陛下が寝室で待っているとメイド長が伝えに来た。
とうとうその時が来たのかと腹をくくる。
ここに移された時点でわかっていた。
王妃としてこの宮殿で生きていくのなら避けては通れない道だ。
絶望する心は麻痺しているかのようにぼんやりとしている。
暗い気持ちで椅子に座っていると扉がノックされ、食事の時間にしては早いと思ったらカリアス王子だった。
何の用だろうかと訝しみながら扉を開けると、目の前に大きなバラの花束が飛び込んできた。
「王妃殿下、これが例のドゥボルというバラです」
「そのままにしておいてくださいと言ったはずですが」
「今宵父上の寝室に行かれるのでしょう? 枢機卿の姿も見かけました。初夜の儀式を行うのではないですか。これはそのお祝いです」
作り笑顔を隠しもしない彼は言い終わるとすぐ真顔に戻る。
アナスタシアと同じ赤い瞳と黒髪だけど、その顔は彼女と違って悪魔的だ。
絶対お祝いにきたのではない。
扉の前で彼を塞ぐように立っていると、彼はイラついたように「処女と偽って嫁いで来たのにそれを許されたのですよ、良かったですね」と言いながら、私の肩を押して中にずかずかと入り込んだ。
あまりの無礼さにびっくりしてると、彼は一番豪華で大きなソファにドカッと腰を下ろした。
「ちょっ……」
「王妃殿下に折り入ってお話がありましてね」
「なんですか」
「まぁお座りください」
ここ、私の部屋なんですけど……と思いながら渋々ソファへ近寄ると、ガシッと手を掴まれて彼の上に倒れ込んでしまった。
「何をするのです! 人を呼びますよ!」
「人ならもうすぐ来ますよ」
「え?」
王子の目の縁は赤く染まり、口元には邪な笑みが浮かぶ。
「あなたは本当に美しい。あんな老いぼれの妻などもったいないな」
「いいから離して! 何を考えているの!」
「こんなに美しいと分かっていたら、私が結婚を申し込んだものを。いい年こいてこんな若い妻を貰おうなどと……」
必死に逃れようとしても動きが取れない。
この状態で人が来たら大変だ!
その時扉が開く音がして心臓が飛び跳ねた。
花瓶を持ったメイドの悲鳴と、その隣に青い顔をしたカリアスの婚約者。
廊下からはたくさんの足音が近づいてきた。