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岐路

 ***ロータス


 時が止まった。


 心臓がめちゃくちゃに脈を打ち、額から脂汗が滲む。


 どうして……。


 テネカウ神父か!

 あのクソ神父!


 ……だが悪いのは最愛のクリビアを傷つけることをした俺だ。


「彼女は……違うんだ……」


 嘘だと言い切るか、許しを請うか。

 突然言われてうまく頭が回らない。


 心の弱さから理性が欲望に負けてしまった。

 そんなことを言ったらクリビアは俺を軽蔑するだろう。

 だけど、ただそれだけだったから、既に関係が終わった女の死を聞いてもびっくりはしたが悲しくは無かったのだ。

 それに彼女は俺に嘘を吐いていて、目的があって近づいたのだから。


 後悔と言い訳が頭の中をぐるぐる回る。

 意識がそれてクリビアを掴む手の力が弱まった。

 その瞬間、彼女は俺の腕の中からするりと抜け出した。


「さあ、出て行って」


 部屋の扉を大きく開けた彼女の冷たい声が、空気を裂いて胸に突き刺さる。


「……愛しているんだ、どうか信じてくれ」

「信じることなんてできないわ」


 しばらく静寂が続いた後、クリビアがそれまでとは違う穏やかな声で信じられない事を告白した。


「ロータス様。あなたの浮気だけが原因じゃないのよ。私は……あなたを牢から逃がした時から別れるつもりだったの」

「なっ」

「さっきも言ったでしょう。あなたは私と一緒じゃ幸せになれないのよ」

「勝手に俺の気持ちを決めつけないでくれ! 君が責任を感じることは無いんだ。いつまでもシタールがした事を引きずる必要は無い!」


 開けられた扉を勢いよく閉めてクリビアを抱きしめた。

 彼女を失う恐怖と怒りから、その力はどんどん強くなっていく。


「離して、苦しい」


 柔らかくしなやかな体から聞こえる心臓の鼓動が俺の鼓動と重なる。

 それなのにどうして心は遠い!

 こんなにも彼女の温もりを感じられるのに!


 ヴァルコフ国王の手がクリビアの肩を撫でる場面が蘇った。

 何度殺しても浮かび上がってくるあの忌々しい場面。

 大きな嫉妬心が芽生え心の中に嵐が巻き起こる。


 衝動的に彼女を抱きかかえてベッドに連れて行った。


「あの男と寝たのか」


 クリビアは抵抗を止めて、訴える様な、潤んだ瞳で俺を睨んだ。


 パーティーで数年ぶりに見る彼女は細すぎるくらいだったが美しさを増して目が離せなかった。

 深紅のドレスは赤い瞳のヴァルコフ国王の色だ。

 どれほど彼女は俺のものだと叫びたかったか。


 王族なのだから初夜の儀式はしたのだろう。

 だが、信じたくない俺がいる。


「随分不躾なことを聞くのね。あなたには関係ない事よ」


 再び彼女が俺から逃れようと体をよじる。

 頼りない力でもがけばもがくほど狩猟本能が掻き立てられていく。

 もう龍のように暴れ出した血を抑えることはできない。


「ロータス! 駄目よ! やめて!!!」



 #####


 部屋には薄明かりが差し、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 クリビアは指一本動かす力も残されていないようで、薄っすら目を開けている。


 シーツから出ている彼女の細いふくらはぎに目をやると、古い鞭の跡を見つけた。

 継母と継兄に酷い目に遭っていたのにそんな様子は微塵も見せず、彼女は会えばいつも俺に明るい笑顔を向けていた。

 今だって辛い生活なのに俺に助けを求めない。

 なんでも一人で我慢しようとする彼女がもどかしく、やるせない。



 陽が昇りすっかり明るくなると、こんな離れた場所にある宮殿にも早朝の慌ただしい空気が伝わってきた。

 もうすぐ朝食を持ってメイドが来るかもしれない。

 メイドなどどうとでもなるがこの短時間で彼女を説得することは難しいかもしれない。

 そうこうしているうちに帰国する時間が刻一刻と近づいてくる。


 仕方なく、ここは一旦諦めることにした。

 今後の事はどうとでもなる。

 いざとなったら攫ってでも連れ出す。

 衛兵すらいないこんな宮殿、簡単なこと。

 戦争になったっていい。


「今すぐ一緒に来られないなら無理は言わない。でも必ずなんとかするから、どうか考え直してくれ……」


 反応のない彼女を時間ぎりぎりまで抱きしめた。


「最低な俺を好きなだけ罵ってくれても構わない。でも俺には君だけなんだ……」


 ジュリアナの事は一生かかってでも許しを請う。

 クリビアが横にいてくれればそれでいい。

 そうなるはずだったではないか。


 突然クリビアの瞳から一筋の涙が零れて、たまらず彼女を抱きしめた。


「心の底から愛している。何か言ってくれ、お願いだ。声が聴きたい」

「……もう放っておいて……」

「っ、クリビア!」


 どうしてそこまで頑なに幸せになることを拒むのか。

 手を伸ばせばすぐに掴めるものを!

 彼女の頑固さに腹が立ってくる。


「俺は絶対君を諦めない。必ず迎えに来る」


 俯いて俺の顔を見ようとしない彼女の顎に手を添えて、頬につたう涙を唇で拭った。


 そして後ろ髪を引かれながら俺は窓から出て行った。



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