親睦パーティー(四)
***ロータス
ヴァルコフ国王が命の恩人とは言ってもただの善意とも思えず、手放しで感謝することはできない。
ジュリアナがバハルマと関係していたのは確かなのだから、彼女を使って魔鉱石のありかを探ろうとしていたのは想像に難くない。
助けたのもそれが理由だろう。
これが弱みになってこれからの両国の関係でカラスティアが不利になったり、魔鉱石のこと以外でも理不尽な要求をされたらたまったもんじゃない。
とりあえずこの席でこっちの意志をはっきりさせておけば多少の牽制にはなるだろう。
俺は関税の優遇措置をヴァルコフ国王に提案した。
バハルマ王国は山間の内陸国で、銀が主要な輸出品だ。
その関税を低くすればバハルマにとっても悪い事ではない。
「はっはっはっ。私は恩を着せようとは思ってはおらぬ。そんなに早急に物事を決めては内部で反発が起こるやもしれんぞ」
「我が国の先の見通しは明るいので多少のことでは動揺しませんよ」
カラスティアもバハルマと同様に内陸国で金鉱山がある。
さらに海に面するシタールを手に入れたことでバハルマよりも大きく、資源的にも豊富な国となった。
内政もそのうち軌道に乗る。
今やカラスティアは大陸一の超有望国なのだ。
俺と敵対することは破滅を意味すると言っても過言ではない。
「おお、君主として確固たる自信がおありになり周りの者たちはさぞ心強いことでしょうな」
「若いんだ、そうでなくてはいかん。頼もしくて何よりだ。はっはっはっ。さあ、飲みたまえ」
ヴァルコフ国王はボーイからワイングラスを取って俺に勧めた。
今までクリビアの肩に乗っていた手だ。
俺は見せつけるように彼女に触れたそのごつい手を剣で切って捨てた。
その手はワイングラスを握ったまま床に落ちて国王は悲鳴を上げる。
ワインと血が混ざって床は真っ赤に染まった。
そしてクリビアを連れてここから逃げ出すのだ――
「君、チーズとオリーブを持って来てくれるか。ロータス国王よ、君もどうだ」
「……、はい、いただきます」
――できないことはない。
だが平和友好条約を結んだばかりだし、そんなことをしたらエリノーが卒倒するだろう。
関税の優遇措置の話は有耶無耶になって、親睦パーティーは佳境を迎えた。
パーティーが終わってエリノーと廊下を歩いていたら、額から頬にかけて大きな傷のある大男がこちらに向かってくる。
その男は俺をじろりと見た後、すぐに目を逸らして横を通り過ぎて行った。
忘れもしない、ガルシアを出る時に俺の後をつけてきた男だ。
服装から貴族であることは間違いなさそうだがこの豪華な宮殿には似つかわしくない血の臭いを纏っている。
こいつがここにいるということは……。
「エリノー、バハルマは魔鉱石を狙っている。一応動向は要注意だ。ネベラウ枢機卿にも気を許すな」
「承知しました」
夜中の一時。
各国の来賓に用意されたのは王宮の三階の部屋で、扉の外にはバハルマの護衛騎士が立っていて、簡単には外出できそうにない。
俺たちは明日帰国するため時間は限られている。
クリビアになんとかして会わなければ。
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「クリビア」と声をかけると眠っていた彼女はすぐに目を覚ました。
慌てて飛び起きようとする彼女に覆いかぶさってキスをした。
どれくらい長い間キスをしていただろうか、唇を離すと彼女は苦しそうに呼吸を整えて甘いピンクの瞳で俺を睨みつけた。
「どういうつもり? 私はもう結婚しているのよ、出て行って!」
俺たち以外誰もいないのに見つかったら大変だと言わんばかりにきょろきょろしているのが可愛い。
「会いたかった! 君と一緒になることだけを考えてここまでやってきたんだ。ただ君の為だけに! なのにどうして俺に忘れろなんて伝言したんだ」
「それは、あなたに幸せになってもらいたかったのよ」
「その願いは君と一緒になれば叶う」
「いいえ、私といるとシタールのした事を思い出してあなたはいつまでたっても癒されないで苦しむわ。それが嫌なの」
「そんなことはない。君は俺と同じ犠牲者だ。ここを出てカラスティアへ行こう!」
「無理よ」
「どうして! 君はこんな生活でいいのか」
ドレインに彼女の部屋を調べさせ、この場所を聞いた時は本当にびっくりした。
パーティーで王妃を大事にしているような国王の態度は表向きだったのだ。
しかも第二王女のネックレスを盗んだという罪まで着せられて。
「第二王女にだって俺が仕返しをしてやる」
「あなた……調べたのね……(惨め過ぎる。それだけは知られたくなかったのに……)」
俺から目を逸らしたクリビアは今にも泣きそうな顔になった。
余程傷ついたんだろう。
「クリビア、俺を頼ってくれ。俺たちは既に夫婦と同じじゃないか。君の為ならなんだってできるんだから」
「夫婦ですって? 何を言っているの。あなたはガルシアで私以外の人を求め、癒された。だからもう私たちは終わったのよ!」