43.街角
翌日、アニョウは大都会の街角で一人立ち尽くしていた。
たった今、何時間も乗せられていたワンボックスから放り出され、目隠しを取ったところだった。
―ここはどこだ?-
アニョウが見たことも無い景色。平屋から十階以上ある高層ビルが入り交じる繁華街の交差点に居た。
周囲には、様々な人々が思い思いの方向に行き交い、店先からは客を呼ぶ声が飛び交う。
熱帯地方の気温と人の熱気がアニョウの体にまとわりつく。
先程迄、エアコンの利いた車の中に軟禁されていた為、その温度差に辟易した。
―まずは、所持品か。黒のTシャツに黒のチノパン。それと黒いサンダル。まるでカラスだな。
ポケットには、黒い合皮の長財布が一つ。財布の中身を往来の激しいところで見る訳にはいくまい。近くの路地に入るか。―
アニョウは、周囲を見渡し、近くの路地へと向かう。人波を掻き分け、道路を横断する。
無論、スリに注意する。ここで財布を取られてしまっては、一切、前に進めないからだ。
アニョウは、久しぶりに様々な人々の体臭や香水を嗅ぐ。
―人間、こんなに臭いものだったか…。病院に慣れすぎたな。あそこは消毒薬の匂いしかしなかったからな。―
などと思いつつ、路地へと入った。
周囲を警戒する。
―人影は無し。監視も無い様だ。さて、財布の中身はと。―
財布を開くと札入れに昨日の小切手と手紙が入っていた。そして、高額紙幣が数枚と小額紙幣が数枚だった。
小銭入れには、何も入っていなかった。
カード入れには、白いカードが一枚刺さっていた。抜いてみると無地の磁気カードだった。小さな矢印だけが付いている。恐らく挿入方向を示す物だろう。
それで全てだった。
―ここがどこか分からず、昨日暗記させられた地図と住所の下半分だけで目的地に行けか…。なかなかハードな試験じゃないか。さて、まずは現在地を確定させるか。―
アニョウは、空腹を感じた。近くのそこそこ人が入っている食堂に入った。
「いらっしゃい。何にする?」
二十歳ごろの小麦色に焼けたウェイトレスが注文を取りに来た。
「おすすめの定食とコーラを。」
「おすすめとコーラね。ちょっと待ってて。」
ウェイトレスは奥へ戻り、注文を通す。
料理が運ばれてくる間、アニョウは周囲の客達の話に耳を澄ませる。
「隣の連邦で内戦が終結したんだと。」
「じゃあ、難民の奴ら帰るのか。やっと綺麗になるな。」
「いや、帰国は無理らしいぞ。」
「なぜだ。避難民なんだろ。帰ればいいじゃないか。」
「反乱分子なんだとさ。」
「あんなやせ細った汚い奴らがか?無理無理。反乱なんかできるようなタマじゃねえよ。そんな気概があるなら、残ってゲリラに参加してるよな。」
「俺もそう思うけど、連邦のお偉いさんは裏切り者は一生裏切り続けるとかで、受け入れ拒否だと。」
「ああ、難民キャンプはそのままか。厄介払いは無理か…。早く、きれいな王国に戻って欲しいぜ。」
二人の男性客は、会計を済ませて店を出ていった。
他の声にも耳を傾ける。
「王国は、連邦の建国を認めるってよ。」
「そうだよな。別に仲が悪い訳でもなく、同一民族だもんな。戦争する理由が無いよな。」
「与党の賛成多数で議会で決定したそうな。王様はそれに承認したそうだよ。」
「王様は、議会の追認をするのが仕事だからな。統治せずとも君臨せしか。」
「まあ、王様の独裁より選挙で選ばれた議員の方が、庶民の気持ちが分かってくれるってもんよ。」
「ところで昨日の試合見たか?俺は益々ファンになったね。」
アニョウは、そこで違う声に意識を向けるも有益な情報は得られなかった。
最新情報から隔離されていたアニョウでも予見できた未来が現実となった様だった。
―いや、連邦時代のことは忘れよう。もう奴らと戦う必要は無い。俺とは無関係だ。しかし、ティハはどのような思いを抱くだろうか。わからない。
マフィアが情報遮断をしていたのは、こういうことに配慮してくれていたのだろうか。
いや、まさかな。マフィアにとってティハの精神に負担がかかろうが関係ない話だ。問題ごとを避けたかっただけだろう。―
そこで目の前に定食がワンプレートにて運ばれてきた。白い米の上に香ばしく焼いたチキンが載せられ、その周囲にキノコと根菜が添えられている。
鼻を刺激する香辛料の香りが強い。どうやら、王国側は辛めの料理が人気の様だ。
「ところで、図書館はこの街にあるか?」
「図書館なら五ブロック先にあるよ。」
ウェイトレスは店の壁を指差す。その方角に図書館があるようだ。
五ブロックなら歩いて一時間ほどだろう。もっとも、連邦の常識と王国の常識が一緒であるとは限らないが…。
アニョウは手早く食事を済ませると図書館へと向かった。
ちなみに定食は甘辛く旨いものであった。この味覚ならば、王国の食事に困ることは無さそうであった。
図書館は、ウェイトレスの言う通り、五ブロック先にあった。だが、一時間で着くというアニョウの予測は裏切られた。
人ごみを計算に入れていなかったのだ。自分の速度で歩くことができず、ペースを周囲のゆっくりとした速度に合わせなければならなかった。
そのお陰で、尾行が何組かついていることを認識できた。いつもの人より速い速度で歩いていれば、尾行に気づくことはできなかったかもしれない。
アニョウは気づかぬふりをし、図書館に入る。空調の効いた空間がアニョウの汗を止める。
周囲を見渡し、目当ての物を見つける。
新聞・雑誌コーナーだ。今日の新聞を手に取り、椅子に座る。
ようやく、今日の日付を知る。国境を越えてから一ヶ月が経とうとしていた。
雨季もまもなく終わり、乾季に入る。乾季と言ってもスコールは一日一回降り、湿度が高いのは変わらない。ただ、長雨が止まるだけだ。
地方欄に目を通す。ようやく、ここが王国西部の主要都市の一つであることが分かる。一つの地名が何度も頻出するからだ。
また、天気予報の欄も主要都市の名が先頭に掲載されている。
―現在地は分かった。次は目的地だな。さてと地図はどこだ。―
アニョウは新聞を戻し、地図コーナーで王国西部の地図を広げる。
記憶した地名を地図の中から探す。だが、見ている地図は縮尺が大きいためか、載っていなかった。都市地図を見た方が良い様だ。
アニョウは、近隣都市の都市地図を順番に見ていく。ただ見るだけではない。
今後のことを考え、どこにどのような施設があるのか。都市間を結ぶ鉄道はあるのか。高速道路は走っているのか。国道はどのように張り巡らされているのか。その様な今後に必要と思われる情報をインプットしていく。
マフィアの仕事をしていくのにも必要なことだろう。
ようやく、四冊目の都市地図で当たりを引いた。記憶の住宅街と同じ地図が載っていた。
しかし、アニョウは地図を読むことを止めない。五冊目、六冊目へと進めていく。
雑誌コーナーにチンピラの尾行者がいることに気づいているからだ。読み終えた最後の本が目的地だと知られたくは無い。
ゆえにどの本が当たりか分からぬ様に続けて地図を読み進めた。
―さて、尾行者はマフィアだろうか。そうでなければ、俺がこの街に現れることを知りようがないはず。それとも、マフィアがリークしたのだろうか。
それこそ誰にだ。マフィアがリークして得をするとは思えない。
小切手を奪われれば、マフィアが損をするだけだ。俺は就職できないだけ。そんなことをするだろうか。
まさか、試験の難易度を上げるためにチンピラを当てるつもりか。はあ。面倒だな。マフィアか、チンピラか知らぬが邪魔をするならノシてしまおう。―
アニョウは図書館を出るとすぐに裏道に入り、障害物に隠れてチンピラを待つ。視界から消えた為、走ってくるチンピラを背後から近くにあった空き瓶で後頭部を力一杯殴りつける。空き瓶はあっさりと砕け散り、円形の尖った武器へと変貌する。チンピラはドサリと地面へ倒れ伏す。
瓶が割れる物音で振り返るチンピラの太ももに砕けて尖った空き瓶を深々と突き刺す。
「グギャー!」
悲鳴と共にチンピラは地面へと崩れ落ち、転げまわる。無防備な腹へ一発蹴りを入れると悶絶し、口から泡を吹いて痙攣し、気を失った。
「やっぱり、俺強いよな。リトルにどうして勝てない。わからん。
さてと、こいつらをどうすべきか。尋問するか。放置するか。最善手はどれだろうか。」
だが、裏道に誰かが入ってくる気配がした。アニョウは姿を見られぬ様に奥へと姿を消したのであった。




