42.面談
アニョウは失神から回復した。未だ目を閉じているため、状況は分からない。
背中から冷たさと硬さを感じることから床に仰向けに倒れているのだろう。
だが、何やら後頭部の下が柔らかい。二本の枕に左右から支えられているかの様だ。それにじんわりと温かい。
アニョウは、ゆっくりと瞼を開いた。
少女の顔がアニョウを覗き込む様に間近にあった。
少女はおでこの方から覗き込む様にしており、アニョウの頭部に胸が押し当てられている。
少女は今にも泣きそうな悲しげな表情をしていた。
アニョウは右手で少女の右頬をさする。
「ティハ済まない。心配かけたな。俺はどのくらい沈んでいた?」
「三十分くらいかな。アニョウが目を覚まさなかったら、私独りぼっちだよ…。そんなの嫌だよ。訓練でも無理しないで。お願い、独りにしないで…。」
「ああ、わかっている。独り残すことはしない。だが、仕事で置いていくのは許してくれ。俺達には行き場所がない。ここが俺達の住処になる。だから、仕事は選べない。そこは分かってくれ。」
「うん、どんな時でも、どんな仕事でも、必ず五体満足で帰ってきてね。」
「ああ、可能な限りな。」
「やだ、絶対と言ってくれなきゃ、やだ。」
アニョウの顔に熱い雫がポツリポツリと落ちてくる。
そっとティハの瞳にやさしく触れ、指で雫を拭う。
「わかった。絶対だ。俺はティハを守る。守護者、ガーディアンとして守り抜く。」
「うん、絶対に守ってね。」
「ああ、任せろ。」
二人は、膝枕をしたまま見つめ合う。幸せな沈黙が続くが、離れた場所からの声で唐突に終わらされた。
「あのう、私のこと、お忘れですか。」
応接セットのソファに座るリトルが声をかける。
心もち頬が赤い。二人の惚気にあてられたのだろうか。
アニョウは、ゆっくりと身を起こす。まだ、腹部に鈍痛が広がる。だが、動きを妨げる程ではない。
アニョウは立ち上がり、ティハに手を差し出す。その手へティハが手を伸ばし、しっかりと手を握る。そして、立ち上がるのを助け、手を繋いだまま、ソファへと二人は並んで座った。
「徹底的に見せつけてくれますのね。見ているこっちが恥ずかしいです。」
「そうか。普通だろう。」
「はいはい。それが今後のデフォルトですね。了解しました。で、先生は何か聞きたそうな顔をしておられますね。まあ、わかりますけど。」
「正直、俺とリトルの間に戦闘力に大きな差は無いと思っていた。だが、現実はどうだ。俺は為すすべもなく、床に沈んだ。この差は何だ?」
「う~ん、一言で言えば、職業軍人と武道家の違いですか。
職業軍人は、武器と戦略で敵を遠くから損害を出さずに排除する。
武道家は、近距離の敵を一対多数でもどのような状況でも殺す。その違いですかね。」
「よくわからん例えだ。」
「そら、答えを濁して言っていますから。答えは先生自身で出して下さい。それも勉強になると思います。」
「己で考え、答えを出せと。分かった。だが、今後も組手に付き合ってくれ。」
「了解です。今後は先生のレベルに合わせますね。思ったよりも低くて驚きましたけど。」
「その口の利き方は、戦場で何故か味方の流れ弾に当たる奴のセリフだぞ。」
「あら、それは怖い。気つけます。」
検査の合間の空き時間、二人で組手をする様になった。相変わらず、アニョウは劣勢に立たされ、リトルに勝つことができない。
その理由が何か、アニョウは何もつかめぬまま、日々が経過していった。
数日後、アニョウはチノパンに黒いTシャツを着せられ、豪奢な部屋の中央に立っていた。
高級品であろう木製の机や本棚が据え付けられ、机の向こう側に高級スーツを着込んだ金髪の白人男性が革張りの椅子に座っていた。
目つきは鋭く、アニョウを足元から頭部の先まで何度も視線を上下させる。
その横に白いワンピースを着たリトルが立っていた。ちなみにティハは病室で留守番をしている。ティハには人質としての仕事があった。
それくらいは、アニョウでもすぐに理解できた。
アニョウの左右には、二人ずつガタイの良い黒服が監視している。
この立ち位置から重厚な机の向こうに座る白人がボスと呼ばれる男なのだろう。
どうやら、マフィアの言う検疫が終わり、アニョウ達が健康体であることが立証されたようだ。同時に身分の調査も行われているのだろうが、記憶がなく、顔を整形しているアニョウの過去を辿ることは不可能だろう。
逆にアニョウ自身が、過去を明かされることを望んでいるくらいだ。
アニョウが部屋に呼ばれてから数分が経過するが誰も口を開かない。
主導権を握っているのは、この部屋の主であるボスなのだ。ボスが口を開かない限り、下っ端に発言権は無い。
ボスのアニョウを値踏みする視線は、アニョウの瞳で止まった。今度は心の変化を読み取るつもりなのだろうか。
「さてと。君を招待したが、まだカンパニーに入社させるかは決めていない。
君の過去はあまりにも白すぎる。漂白したかの様に真っ白だ。何の痕跡も出てこない。
数か月前にジャングルで保護されたところまでしか遡れない。
異様だよ。普通の人間ならば、何かしらの痕跡が残る。学校の在籍記録や病院のカルテ。世界中にあるカメラの映像。
そのどこにも君の気配がない。顔は負傷により整形していることは分かっている。ゆえに頭蓋骨から復顔をしたが、その顔ですら画像検索にヒットしない。
分かっていることは、元職業軍人。それも高度な訓練を受けているだろう。
だが、各国の特殊作戦群に君と同じ背格好、瞳の色、髪の色をした者は見つけられなかった。
無論、カンパニーが知らない特殊作戦群は存在しているだろう。それ程、高級な作戦群であれば、君への投資額は莫大なものとなり、回収対象になっているはずだ。しかし、この数か月間、王国と連邦で特殊作戦群が動いたり、入国した形跡は無い。
無論、カンパニーが把握できないだけなのかもしれない。だが、デルタやシールズ程度なら、カンパニーは何時でも補足できる。
さて、君はどこの国の何軍だったのだろうかね。と、悩んだ時期もあったが止めた。
本人が覚えていない。医師団も記憶の回復の見込みは無いという。
ならば、君は過去を取り戻すのではなく、未来を見据えるしかない。ゆえに君がカンパニーに所属するか、しないかを直接聞かせてもらうことにしたのだよ。
さて、君はどうする?」
金髪の白人は、一度もアニョウから視線を逸らすことなかった。
どうやら、発言権をようやくアニョウは得た様だった。今後のことを考える時間はたくさんあった。アニョウの心は決まっていた。
ボスと思われる白人の目をしっかりと見据え、答える。
「カンパニーへの加入を求めます。」
「ふむ。こちらが頼む仕事は、汚れ仕事が基本となる。例えば、無垢な少女のこめかみに銃を突きつけ、躊躇うことなく引き金を引けるのかい?」
「命令であれば引きます。ただし、こちらの要求を守られる限りです。」
「では、その要求とは言ってみたまえ。もっとも、内容によっては叶えられるとは限らないがね。」
「俺とティハの中流階級程度の衣食住の保障。ティハの生命及び精神の守護。この二つだ。」
「悪魔に魂を売る割には、小さな願いだな。ハーレムを作りたい。高級幹部として迎え入れろとかはないのかい。」
「それらが必要になれば、己の力で勝ち取ればよい。ティハを安全地帯に匿うことができれば十分だ。」
「あの娘がそんなに大事かね。」
「ああ、絶対に守ると約束をした。」
「理由は?」
「命の恩人だ。命には命で報う。それが俺の信念だ。」
「その理屈でいくと、カンパニーが娘の命を守り続ける限り、君はカンパニーに命を預けることになるのではないのかな。」
「別に構わない。ティハの命と心の安寧が最優先だ。」
「ふむ。では、採用試験だ。簡単なお使いをしてもらう。」
ボスはそう言うと白い封筒を引き出しから取り出し机に置いた。部下の一人がそれを拾い、アニョウへと渡す。
アニョウは、封がされていない封筒の中身を取り出す。紙が三枚入っていた。
一枚目は小切手。そこには庶民の平均年収が書かれていた。
二枚目は手紙。要約すると、作家である友人が、新刊を二冊出すのでサインをした物を売って欲しい、という内容だ。
三枚目は地図。どこかの都市の住宅街の一角を矢印が差し示している。その横には住所も書かれている。
「君がすることは、その地図の場所に行き、小切手と手紙を友人に渡すことだ。なお、地図はこの部屋から持ち出してはならない。記憶しろ。
無論、誰かに住所を漏らしてもいけない。そして、尾行されてもいけない。
単独で秘かに友人を訪ねるのだ。」
「そんなことでいいのか。」
「簡単かな。ならば、問題ないな。では、始めようか。」
「待ってくれ。」
「何か。」
「渡した後は、帰還すれば良いのか。」
「いや。友人が指示を出す。それに従え。」
「友人の顔と名前を。」
「それは知らせない。君の判断で友人と思う人間に渡せばよい。」
「それでは別人に渡す可能性がある。」
「そうなれば試験は失敗。君は入社できない。恩人の娘とこの国で好きなように生きればよい。我々は関知しない。」
「前言を撤回する。これは難易度が高いな。」
「さて、どうだろうね。まあ、頑張り給え。出て良し。」
ボスがそう言うと黒服の一人が部屋の扉を開ける。
外に出ろということなのだろう。
アニョウは黒服に地図を渡し、小切手と手紙を無造作にズボンのポケットに捻じ込む。
そして、一度も振り返らずボスの部屋を出た。
―さて、どうしたものだろうか。―
アニョウは先行きに不安を抱えながら、ティハが待つ病室へと黒服たちに案内されていった。




