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ジャングル・ファンブル・オペレーション ~俺はジャングルに全てを…~  作者: しゅう かいどう


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41.組手

 アニョウ達が、病室に軟禁されてから幾日が経過しただろうか。

 体内時計による翌日の起床後、血液検査、問診、触診、レントゲン、CTスキャンなどの検査が粛々と行われた。

 マフィアから聞いていた検疫を通り越し、人間ドックを越える精密検査だった。

 この後も、医者の説明では胃カメラや大腸カメラも行うと聞いている。

 ただ、そちらの方は、もう少しアニョウ達の体調が回復してからだという。

 つまり、アニョウを除く体調が健康時に戻っていないティハを基準にすれば、これから数日の軟禁状態が続くことを意味していた。

 ―まあ、慌てて仕事についたところで馬車馬のように働かされるだけだろう。ここは素直に休暇だと受けとっておこう。―

 アニョウは、のんびりと状況を受け入れていた。

 一方、リトルは一晩熟睡した為か、疲労回復し、元気いっぱいであった。

 昨日の車酔いが嘘の様に溌溂としている。いや、今まで以上に元気かもしれない。

「ねえ、なんで私まで一緒に閉じ込められるのです。納得できません。ボスに話をつけてさっさと解放しなさい。」

 リトルは、監視カメラを指差し、己の解放を訴えていた。

「リトルさん。検疫を済ませて下さい。連邦は風土病が多いんです。王国に、いえ、カンパニーに持ち込まれたら困るんです。大人しく待っていてください。必要なものがあれば、可能な限り用意しますから。」

 スピーカーから、若い男の声が流れる。

 リトルがマフィアの一員であることは間違いない様だ。実は、アニョウはそのあたりも疑っていた。

 ―実はマフィアの雇われか、使い捨て要員ではないか。―

 だが、それは杞憂だった。今の放送でもリトルさんと敬称がつけられている。ならば、下っ端であることはないだろう。

 大規模施設の監視室に配備される人材が下っ端である筈が無い。その人間にリトルさんと敬称をつけられているのであれば、最低でも中間管理職以上幹部以下だろう。

 そうでなければ、要望を無視し返事をする必要は無い。

 アニョウの懸念が一つ晴れる。

 ―これで確実にティハを安全な場所に匿うことができる。―

 今のアニョウの目的は、第一が生命の安全。第二がティハの希望を叶えることだ。

 己のことは何も覚えていない。何がしたいということも覚えていない。人生の目的など無いのだ。


 ちなみに情報機器の持ち込みは却下された。暇つぶしにトランプが支給されたが、二・三時間で飽きた。

 病室でもできることをアニョウは思い出した。トレーニングだ。

 禁止事項は無い。なれば、軟禁生活でなまる身体を引き締める必要がある。

 じっくりと時間をかけた柔軟体操から始める。全てのスポーツにおいて柔軟性は必須事項と言っても良い。体の可動範囲の拡大。怪我の防止。様々な利点がある。

 ビニール床の上で念入りに体の関節を一つ一つ解す。それだけで二時間が経過した。軽く汗をかき、全身から湯気が上がる。

 程よく身体がほぐれた。そのまま、軍隊格闘術に訓練に移る。仮想敵を空間に想像し、パンチ、キックを打ち込む。

 徐々に敵の解像度が上がり、反撃をしてくるようになる。回避し、フェイントを入れ、仮想敵を打ち倒そうとする。だが、敵は少しずつ手練れとなり、仮想敵の姿はリトルの姿そっくりとなった。

 ―なるほど。俺の中で一番強い敵はリトルか。ならば、この仮想敵に打ち勝つ。―

 アニョウの動きが激しくなる。始まりはシャドーボクシングだったが、今では上下の攻防に背面からの奇襲迄に対応していく。四方八方からの攻撃に殴られ、蹴られ、その度にその部分が赤くなる。

 無論、そこに誰かが居るわけもなく、実際に殴られたわけでもない。アニョウの思い込みの力が、身体に反映させているのだ。


「先生。そこまで激しい訓練するのでしたら、私と組手をしましょう。私も暇ですし、丁度良い暇つぶしになりそうです。」

 リトルが面白そうなことをしているなという表情で話しかけてくる。

 ティハは、アニョウが打撲痕を自身で生み出すことに心配していた。

「ふむ、相手がいる方が実戦的か。俺に手の内を見せてもいいのか。」

「全然、構いません。逆に盗めるものなら盗んで下さい。できるのでしたら。」

 リトルは人差し指をクイクイと曲げて挑発してくる。

「後で後悔するなよ。」

「先生は軍隊格闘術しか、使えないのでしょう。なら大丈夫です。そんな簡単に金芳流空手道は盗めません。」

「カラテか。では、ブラックベルトなのか。」

「ブラックベルト、黒帯は初段。半人前卒業。一人前の入口に立っただけです。私はもっとその上です。」

「ブラックベルト以上の実力があるというのだな。面白い。どこまで強いか試してやる。」

「いやですわ。それは私が言う言葉です。さあ、頑張って下さい。」

 リトルはアニョウの前に立つ。今度は仮想敵ではない。現実の敵だ。

 リトルは構えることなく、全身の力を抜き、まっすぐ立っている。

「準備運動はしないのか。」

「常在戦場。寸暇全無。適応必殺。」

「意味は分からんが、準備はいらないんだな。行くぞ。」

 アニョウはボクシングのリズムを刻み始める。軽く右ジャブを放ち、リトルの対応を諮る。

 だが、リトルは半歩左足を下げ、顔先のジャブを避ける。

 アニョウも避けられることは織り込み済み、即座に左フックが顎を狙う。パンチの軌道は弧を描くように確実にリトルの顎を捉える。

 だが、手首に下からの衝撃を感じ、打撃は上方に反らされた。

 アニョウの左拳があった場所には、リトルの右手が抜き手の甲で払ったかの様に鎮座していた。

 アニョウにはその動きが見えなかった。ただ、分かったのは当たらなかったことだ。

 ワンツーのリズムでジャブやフックを織り交ぜながら、リトルへパンチを繰り広げる。しかし、その悉くがリトルの右抜き手に払われてしまう。

「先生、こんなぬるい攻撃は当たりませんよ。本気、出して下さい。」

 ―油断したな。―

 アニョウは、最初からこんな攻撃がリトルに届くとは思っていなかった。

 目をパンチに慣らせ、リズム感を覚えさせる。そして、ここで突然の右回し蹴り。

 やや速度を抑えたパンチを放ち続けていた為、突然の蹴りは恐ろしく早く見えたことだろう。リトルの無防備な左脇腹へと吸い込まれていく。

 だが、アニョウの蹴りは素通りをした。リトルに上半身を軽く捻られ、避けられてしまった。

「あきません。駄目です。フェイントにもなっていません。最初から蹴りが本命ですと見え見えです。フェイントはこうです。」

 アニョウの腹にずしりと重い衝撃が加わる。へその上、肋骨の下。鳩尾と呼ばれる急所だ。そこにリトルの右拳が食い込んでいた。

 右拳は、つい先程迄、アニョウのパンチをいなし続けていた。つまり、アニョウの目の前にあった。それが今は鳩尾に食い込んでいた。

 苦痛に耐え、リトルを見るといなしていた手は、いつの間にか左手に変わっていた。

 アニョウは、リトルが右手でパンチをいなし続けていると思い込んでいた。いや、思い込まされていた。

 どこかのタイミングで左右の手が入れ替わり、アニョウが隙だらけになるのを待っていたのだ。

 ノーチェックである右拳に殴られ、初めて左右の手が入れ替わっていることに気が付いた。

 アニョウは、横隔膜を無理やり収縮させられ、息が吸えない。呼吸困難に陥り、膝から崩れ落ちる。

 ―確かに、この、フェイントは、見抜け、なかった。格闘は、リトルが、上手か。―

 アニョウは、あえて全ての息を吐き切る。すると体が酸素を欲しがり、無理に横隔膜を広げようと始める。

 その勢いを利用し、肺の奥深くまで新鮮な空気を取り込む。その際、腹部に鈍痛が広がる。

 攻撃を新たにされたわけではない。ダメージの蓄積が腹筋全体に広がっていた。

 軽いパンチにしか見えなかった。だが、現実としてアニョウはリトルの前に首を垂れるように膝まずいている。

 まるで敗北を認めたかの様だ。違う。敗北したのだ。リトルが追撃を加えていれば、アニョウは防御できなかった。

 このままでは、意識を刈られ、命を刈られる。

 格闘戦であっさりと負けた。恐らく年下で、背も低く、筋力もない少女にアニョウは一撃で倒された。

 一撃必殺。空手が追い求める理想の一撃。こんな簡単に実現された。それは技量の差が大きい。いや、かけ離れている証だった。

 ただ、精神面の強さはアニョウがタフであることが国境越えの折に証明されている。

 アニョウはリトルの強さを侮っていた。

 ちょっと戦闘ができる少女だとしか思っていなかった。だが、一対一の格闘戦において、これほど強い人間を知らない。

 ―記憶がないのに比較はできないな。もしかするといるかもしれない。―

 そんなことを思いつつ、アニョウは闇へと落ちていった。

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― 新着の感想 ―
強すぎるような? ただやはりこのくらい強くないとこんな扱いされないか。
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