39.護送
アニョウ達は、武装解除をされ、トラックの後部に載せているコンテナに閉じ込められた。
マフィアの武装解除は、念入りでナイフの一本も持たせてもらえなかった。
手持ち武器は一切ない。
アニョウのワイヤーに切り裂かれた両足は、応急処置を施された。出血は派手だったが、傷は浅く筋肉の損傷は低かった。
痛みを堪えれば、歩くことには支障は無い。さすがに走るのは数秒が限界だろう。
コンテナの中は、薄暗い懐中電灯が一つ天井に貼り付けられ、黄色い光がコンテナ内をぼんやりと照らす。
進行方向に向けた背もたれのついたベンチが一つ。隅には蓋つきバケツが一つ。共にコンテナにガッチリと固定されている。
コンテナに窓は無く、換気扇が一つ小さく唸っている。段ボールが一つあり、中には水のペットボトルが二十四本入っていた。
それで全てだった。
その狭いコンテナにアニョウ、ティハ、リトルの三人が詰め込まれていた。
熱帯地方にてコンテナに閉じ込められるのは、サウナに閉じ込められるのに等しい。
体温よりも熱い空気が身体を覆い、ねっとりとした湿り気が肌にへばりつく。ねばりつく汗が額、首、背中、脇から染み出してくる。
喉の渇きを思い出し、ペットボトルを一本とり、封を開ける。臭いを嗅ぐがコンテナにこもる汗と血と脂の異臭に邪魔をされ、水からの匂いを嗅ぐことはできなかった。
壁や床には、ところどころどす黒く変色しているところがある。
―普段はこのコンテナを何に使っているんだか。―
想像はついている。ろくでもない使い方に間違いない。今回の様に護送に使うことが稀だろう。
この湿度と室温は人を運搬するには向いていない。熱中症になる環境だ。それゆえにペットボトルの水が大量に用意されているのだろう。
アニョウは、掌に少し水を零し味見をする。無味無臭だった。
―ここで俺達に薬を盛る必要は無いか。―
三人はそれぞれペットボトルを持ち、ベンチに座る。硬い木製のベンチで座り心地は良くない。
トラックがドルンという音と共に震え始める。エンジンが掛けられた様だ。そのまま、トラックは発車する。
道は舗装されていない。前後左右に大きく揺れる。ベンチにしがみついていないとトラックの中を転げまわることになりそうだ。
また、会話を交わす余裕も無い。舌を噛むことが容易に想像できた。
そんな、地獄とは言わないが、劣悪な状況にアニョウ達は数時間置かれた。
トラックの激しい揺れが突然治まる。多少揺れてはいるが、今までの悪環境に比べれば、快適と言える。
「揺れが収まったね。うう、気持ち悪い。」
アニョウの右隣に座るリトルの顔色が青くなっている。どうやら、車に酔った様だ。
ティハは既にバケツを抱きしめ、胃の中の物をすべて吐き出し、床に倒れ伏している。
「舗装路に入ったのだろう。」
「多分。目的に近い証拠ですよね。」
「それは、リトルの方が詳しいだろう。どうなんだ?」
「そんなこと聞かれても私にはわかりません。」
「拠点に行ったことくらいあるのだろう。」
「それはあります。けど、どの拠点かは分からないし、拠点によっては未舗装路しか通ってないところも多いです。」
「ふむ、中間地点である可能性もあるのか。いい加減、ドライブにも飽きたな。」
さらに数時間、トラックは休憩を挟みながら走り続けた。
トラックが停車し、エンジンも停止した。給油時以外の久しぶりの静けさがコンテナを包む。
今まで騒がしかった環境から静かな環境に切り替わったことで耳鳴りが起きる。恐らく、幻聴なのだろう。鼓膜を刺激する音は無いが、未だにアニョウ達の耳をグワングワンと騒がせる。
コンテナのロックが外される音がする。ゆっくりと扉が開く。隙間から強烈な白い光がアニョウ達の目を焼く。
薄暗いところに慣れた目には眩しすぎる。ただの蛍光灯の明かりですら、閃光弾の様だ。
同時に空調の利いた乾いた涼しい空気がコンテナへと流れ込む。
熱でだれていた精神が少しばかり引き締まる。
十数秒で目が慣れ、トラックは駐車場に止められていることが分かった。ただ、四方がコンクリートに囲まれ、ここがどこかなのかは、分からない。
マフィアに促され、ティハを背中に背負い、コンテナから降りる。ティハから酸い匂いが口元から漂う。このドライブの間、ティハには地獄だっただろう。
ティハを背中に背負ったことで、両足に痛みが走る。巻かれた包帯に新しく赤い血が広がっていく。だが、アニョウは気にしない。ティハを守るのが己の使命。動けぬティハを放置することは、アニョウの選択肢に無い。
アニョウは周囲を見渡す。数十台止められる広大な駐車場にもかかわらず、他の車は一台も止まっていない。また、完全に四方をコンクリートに囲まれており、外の様子は分からない。
―ここは地下なのか、それとも立体駐車場なのか。どちらだ。周囲に書かれている文字は英語ばかりか。地元の言語は無いな。ここは王国でよいのか。それとも王国を横断して別の国に。いや、遠回り、もしくは同じところを何度も周回して、距離感を惑わせている可能性もあるか。素直に乗車時間が目的地への最短距離とは限らないな。で、リトルはどうしたかな。―
アニョウはコンテナへ振り返る。そこには床に這いつくばったリトルが居た。匍匐前進の出来損ないの様にじわじわと出口に這い出そうとしていた。
結局、リトルは途中でティハと同じく、車酔いに勝てなかった。途中でへばり、段ボールの中に戻し続けていたのだった。
駐車場にはストレッチャーが三台用意されていた。
「お前達、ここに寝ろ。俺達はまだお前達を信じていない。何も言わずに従え。」
マフィアの一人がP90でストレッチャーを指し示す。
アニョウはティハをストレッチャーにゆっくりと寝かせる。するとマフィア達は付属のベルトでティハを固定する。転落防止と逃走防止を兼ねているのだろう。
―ここで抵抗しても無意味か…。俺は両足を痛め、二人は車酔いで前後不覚。ストレッチャーで運ばれる方がお互いの為か。―
アニョウは、無理やり己を納得させるとストレッチャーに横たわった。すぐにベルトで拘束される。そして、目隠しをされた。
―秘密主義が徹底しているな。途中の通路も見せないつもりか。ここまで徹底するということは、中枢部に運び込まれたか。そこまで、ボスとやらは俺に期待しているのか。それとも信頼度がゼロなだけか。さて、どちらだろうか。―
リトルもストレッチャーに拘束されたのだろうか。ストレッチャーはガラガラという車輪の音を鳴らしながら、廊下を進む。右に左に細かに折れ曲がり、真っ直ぐには進まない。
この施設内ですら、最短距離を使わず、遠回りをしているようであった。
これにより施設の大きさを判断する材料がなくなる。
ただ、ハッキリしているのは、このマフィアは小規模ではないことだ。王国全土、もしくは世界を商圏にしている大規模マフィアであることが確定した。
―このマフィアが使えるのであれば、居つくのも有りか。この規模、装備ならばティハを安全な場所で守ることができる。その交換条件が、どんな厳しい物でも呑む。それだけの価値がありそうだ。あとは、ボスの人格が問題か。約束を守る人物か、簡単に破る人間か。それが最後の問題か。―
アニョウは、ストレッチャーに揺られながら考えていた。
今後の行動は、何をさせられるのか。何を求められるのか。そして、先に所属している先輩であるリトルが、どの様な反応を示すか。
敵対か、傍観か、友好か。
心配というよりも疑問が山積みとなる。
だが、アニョウが求めるのはティハの安全のみ。
どんな汚れ仕事を任されても眉一つ動かすことなく、進めていくだけだ。
その一点には迷いは無い。
今、アニョウを突き動かすのは、ティハを絶対に守る。どんな危険や状況から護り通す。
そう、アニョウはティハの守護者、ガーディアンとして生きていくのだ。




