31.兎狩
アニョウ達は、隠し港へ行く最短ルートからやや南に迂回した。
国境パトロール隊を一つ壊滅させたためだ。
帰って来ない部隊を放置するような軍隊は存在しないだろう。そこに敵対勢力が存在している可能性を示し、自軍の脅威となるからだ。
己の勢力圏内であると信じていた、いや思い込んでいた場所に突如現れる敵対勢力。それも一個小隊を屠り、手掛かりを残さない。
そんな存在が検問所の近くに存在するのであれば、早急に正体を明確にし、排除しなければならない。
交戦地帯は、おおよその見当はついている。定時連絡があった時間とあるべき時間になかった間である。
この時間は約三時間。パトロールするルートは毎日固定されている。必然的にそのルートに捜索大隊が派遣された。
検問所のある北側から出発し、数時間後に大隊は肉塊の山を見つけた。
肉体は、獣達に喰われ、栄養豊富な内臓は全てが無く、腹部は空洞と化していた。
安全な場所で食事を摂りたい臆病な動物は、比較的食い千切りやすい四肢を奪っていった。
残った硬く筋張った筋肉も齧られるだけ齧りつくされ、白い骨が見えていた。
すでに白骨化が始まっている。腐蝕ではなく、食事による白骨化。それがジャングルの常識だった。
腐る前に野生動物に喰われる。雨が降っていなければ、大量の虫が群がり、肉は更に削られていたことだろう。
地面に転がる軍服と銃器。これらは全くの手つかずだ。
「くっそ。虎にでもやられたのか。」
「それとも野犬の群れか。」
「ひでえ、俺はこんな死に方、嫌だね。」
「あの野郎、借金を踏み倒しやがった。畜生。」
数人の兵士達が感情のまま呟く。
兵士達は状況を見て、野生動物に襲われ、壊滅したと思い込んでいた。
「全周警戒。全員気を引き締めろ!」
指揮官らしき人間が怒声を上げる。
その声で我に返った兵士達は、死体を中心に円陣を組み、周囲の警戒にあたる。
もう、無駄口を叩く者はいない。
「第一小隊、死体を調べろ。死因を特定できるならば特定しろ。ついでに認識票の回収を忘れるな。」
「了解。」
すぐに十二人の兵士達が死体にとりつく。
「第二小隊は装備を回収。壊れていても持って帰る。わが軍の痕跡は残すな。」
「了解。」
十二人の兵士が周囲に散らばる銃器や軍服の回収を始めた。
「第三小隊は、第二小隊が回収した装備の運搬を手伝え。」
「了解。」
十二人の兵士達は死体袋を広げ、そこへ第二小隊から受けった装備を詰め込んでいく。
「他の隊は、警戒を厳にしろ。敵の痕跡を見逃すな。今も狙われているかもしれんぞ。」
『了解。』
指揮官の今も狙われているという言葉が、気の緩んでいた兵士達の意識を締めなおした。
しばらくすると第一小隊から一人の兵士が指揮官へと近づく。
「大隊長、報告します。」
「聞こう。」
「はっ。兵士達の死因は銃撃によるものです。野生動物によるものではありません。」
「証拠は何だ。」
「AK-47と思われる銃弾が幾つも体内から発見されました。」
「ゲリラの生き残りか。面倒だな。雨で足跡も血も流されているぞ。」
「敵は十字砲火を形成。不意打ちだったようです。」
「反撃の様子が見られないな。周囲の木に着弾の様子が見られん。」
「不可解ですが、一方的に襲われた割に銃弾の数が少ないのです。
どういうことか理解できないのですが、大量の空弾倉が落ちてはいます。その空弾倉の数に比べ、周囲への影響が少ないのです。」
「明確に報告をしろ。」
「反撃を行ったにもかかわらず、周囲への着弾が非常に少なく、消費弾数と発射弾数が全く合いません。」
「つまり、撃ってもいないのに弾倉から弾が消えたと言いたいのか。」
「はい、その証拠に空薬莢が極端に少ないです。」
「ちっ。ゲリラめ。消費した弾をここで補充していったか。」
「はい、その可能性が非常に高いです。」
「一個小隊を碌な反撃もさせずに壊滅させる兵力はどれだけ必要だ。」
「一個中隊以上でしょうか。」
「ちっ。面倒な。我らの庭先に逃げ込んできたか。周囲はすでに友軍が包囲網を完成させ、その輪を縮めている。これがどういうことか分かるか。」
「敵は逃げられないということでしょうか。」
「それは事実だが、将軍たちの目線で考えろ。」
「ああ、なるほど。そういうことですか。」
「そうだ。友軍は作戦を損害無く進めているが、我々国境警備隊が一個小隊を壊滅させられ、敵の居場所を未だに掴んでいない。本作戦での汚点となるわけだ。」
「それは人事評価に影響がありますな。」
「お前も小隊長という立場だ。この作戦終了後の我々の立場がどうなるかわかるな。」
「勿論です。国境警備隊の全戦力を用いての兎狩りを提案します。」
「すぐに基地司令に無線を繋げ。狩りだ。ゲリラ、民間人の区別は不要。サーチ アンド デス だ。早いもの勝ちだぞ。見つけた小隊には略奪権をくれてやる。見つけた小隊だ。殺した小隊ではないからな。」
「それならば、部下たちも一層励むでしょう。何せ援軍を呼びやすいですから。」
「呼んだ援軍にも少しは分けてやれよ。」
「無論であります。報酬が無ければ、援軍に行きませんからな。」
「では、マンハント、いや兎狩の開始だ。」
『了解。』
こうして、欲に塗れた追撃の軍がアニョウ達を探すべく動き始めた。
アニョウ達は止まない雨の中、遠回りをしつつ、リトルの案内で隠し港へ向かっていた。
時折、カサリと鳴る茂みに反応し銃を向ける。そこには兎かネズミの小動物がいるだけだった。
「精神が擦り減るな。全く、余計なことをしてくれたものだ。」
思わずアニョウの口から愚痴がこぼれる。
「先生、すいません。」
リトルは小さな声で答える。いつもの快活さは無い。
己のしでかしたことをようやく理解したのであった。
アニョウ達の存在に気づかれなければ、追手は掛からない。
存在が知られれば、追手は掛かる。そんな単純な理屈もその時は分からなかったのだ。
<マフィアにおける目撃者は消せ。>の精神が、リトルの行動規範となっていたのであろう。それを実行してしまった。
都会であれば、それで問題ない。敵対勢力は幾つもある。また、単なる喧嘩であることもある。隠れる場所は幾らでもある。
だが、ジャングルでは通用しない。ここには三勢力しか存在しない。政府軍、レジスタンス、民間人だ。
その政府軍に攻撃を仕掛けるのはレジスタンスしか存在しない。
ここにレジスタンスがいるぞと高らかに己から宣言してしまったのだ。
今、政府軍は大々的にレジスタンス壊滅作戦を実施している。息を殺し、存在を隠すべきだったのだ。
「おそらく、今頃、帰隊しない部隊の捜索隊が結成され、死体が発見されているだろう。」
「申し訳ありません。」
「そして、レジスタンスの存在が明るみとなり、ジャングル狩りが始まる。いつ、どこで、政府軍と遭遇してもおかしくない状態となった。」
「ごめんなさい。」
「着々と俺達の背後から政府軍が迫る。もしかすると大河側から向かってくる部隊もあるかもしれない。」
「反省しています。」
アニョウが詰り、リトルが謝る。そして、ティハは無表情でアニョウの後ろを静かに淡々と口を開かず、ついて行く。
そんな状態が、ここ一時間以上続いていた。
アニョウもストレスという物を感じる様だった。ストレスと記憶喪失は関係ない。それを如実に表していた。
アニョウももう少し戦力があれば、ここまで愚痴をこぼし続けるような事はしなかっただろう。だが、戦力は二人と足手まといが一人。
こんな状態で一個小隊を壊滅できたのは、奇跡としか言いようがなかった。
「これではダメだ。小休止をいれる。」
「ですが、先生。敵の接近を許します。」
「こんな精神状態ではまともに戦えない。ゆえにリセットするぞ。」
「すいません。私が悪いのです。」
「それだ。お前もその自己嫌悪からさっさと抜け出せ。俺もこのジメジメした精神状態を戻す。」
「はい、先生の言われる通り、元に戻します。」
三人は大木の洞を見つけるとそこに潜り込んだ。
狭く、すし詰め状態だが、雨宿りはできる。雨で冷え切った身体を温めるのには丁度良い。
それに身体が接触していれば、お互いの精神の荒み具合も治まるであろう。
人間とは、視線を交わす時間や肌が触れ合う時間が長いと好感度は上がるものだ。
嫌いな人間の目を見ることはないし、触れようなどは考えない。
つまり、その逆に目を見つめ続け、肌が触れ続ければ、その人間は敵ではないと理解する。
そうなれば、人間関係は一度リセットされる。それをアニョウは狙い、小休止を提案したのだった。
生き延びる。その為には、三人の協力が必要だ。今の不協和音を奏でるチームではだめなのだ。
ほんの少し足を止め、敵に接近される危険はある。
だが、歯車が合わないチームである方がより危険なのだ。他のことに意識をとられ、敵の接近に気づかない。
待機中に他のことを考え、絶好のタイミングを逃す。
人間は、精神状態に大きく性能を左右される。
ゆえに壊れる前に人間関係を直さねばならない。それはアニョウの精神状態も同じだ。
過ぎたことでいつまでもリトルを責める。これに利は無い。
不毛なだけだ。
生存する為に、アニョウ達は身体ではなく、心を休めなければならなかった。




