30.苦虫
敵の小隊にリトルが弾をばらまき、注意を引き付ける。狙撃手役であるアニョウへの意識が一瞬途切れた瞬間、もっとも無防備な兵士へ銃弾を叩き込む。
その都度、こちらに注意が逸れる。その小さな隙をリトルは見逃さない。その一瞬で身を晒す移動を行い、射点を変更する。
アニョウは、地面にひれ伏し、頭上を通り過ぎる十数の銃弾が当たらぬことを祈る。
熱波と衝撃波が背中を煽る。位置がばれた射点には居られない。アニョウは匍匐で横移動を始め、窪地へと身を一度隠す。
つい先ほどまで伏していた地面に数発の弾丸が地面にめり込む。
―敵も無能ではないか。たった一発でも位置を突き止めるか。-
アニョウは雨の中、匍匐移動したため、全身泥まみれになる。だが、銃だけは汚れぬ様に慎重に取り扱っていた。
AK-47が汚れに強いとはいえ、限度がある。銃口に泥が詰まれば、暴発する。それはどんな銃でも同じだ。発射ガスが密封され、銃身内を暴れまわり、弾を遠くに力強く飛ばす圧力が銃本体を破壊する。
ゆえに雨天戦闘では、泥汚れには十分気を付けなればならない。
無論、敵も同じ状況である。敵もアニョウとリトルに前後を挟まれ、向きを変える時に銃身に泥を詰まらせない様に気を付ける必要があった。それが素早い反撃を封じることに偶然ではあったが繋がっていた。
それを何度も繰り返す。リトルが連射を行い、意識を集中させる。無防備になった瞬間、アニョウが一人を確実に無力化する。
そんな作戦がいつのまにか組み上げられていた。これまでのアニョウの戦闘を見て学ぶというのは、嘘ではなかったようだ。
リトルは、アニョウの行動パターンを予測し、的確に敵の小隊を削る。
そして、十数分後、敵の掃討に成功した。
リトルが囮となり、アニョウが敵の攻撃力を削ぐ。これを繰り返し、一個小隊の敵に辛勝した。
どこかで歯車が狂えば、全滅していたのはアニョウ達だっただろう。
敵の士気が低かったことと、早期に指揮官を処理できたことが大きかった。
アニョウとリトルは地面に倒れ伏す十二人の兵士へと銃弾を叩き込む。今度は、指切り撃ちという面倒なことはしない。フルオート連射で弾倉を一瞬で空にする。
さらに弾倉交換をし、もう一度フルオート射撃を叩き込む。
これで死んだふりや、軽傷であった兵士も戦死したことだろう。
獣道にどす黒い赤い血が溜まる。しかし、強い雨はそれを薄め、すぐに泥と混ぜ合わせ、小さい川の一部となって流れていった。
そこには冷たくなりつつ肉の塊だけが残った。
弾倉交換を済ませ、アニョウはしっかりと周囲の気配を探る。ここまで派手な銃撃戦を行ったのだ。敵軍が近くに居れば、駆けつけてくる可能性が高い。
警戒するのは当然のことだった。リトルも同じ様に考えているのだろう。リトルもジャングルに溶け込み、気配を感じさせない。
―敵影無しか…。-
アニョウは、そう判断した。
「リトル。今、姿を現す。撃つなよ。」
アニョウは、姿を現す前に声をかける。物音に対して反射的に撃たれては適わないからだ。
「わかりました、先生。私も表に出ます。」
二時の方向からリトルの声が聞こえる。割と距離は近い様だ。
お互いの位置関係が分かれば、反射的に撃つことは無いだろう。アニョウはリトルへ警戒をしつつ、障害物から身を晒す。無論、銃口は二時方向、つまりリトルへと向けている。
リトルがヘマをして、敵に脅されている可能性を考慮したのだ。もっとも遭遇時の小隊人数と肉塊の人数は等しい。その可能性は無いに等しいのだが、肉体に刷り込まれた行動が、その様な態度をとらせた。
結局、互いに姿を現すと銃口を向け合っていた。リトルも同じ考えを持っていたらしい。
だが、アニョウの背後に誰も居ないことを視認したリトルは、銃をさっさと下げた。
それを確認してからアニョウも下げた。お互いに慎重な性格な様だが、戦略的判断能力はアニョウの方が上だったらしい。
「リトル、弾と食料だけを補充して即時離脱する。」
二人は、肉塊に近づきながら会話を続ける。
「金目の物は取らないんですか?」
「パトロールに出る兵士がそんな物は持たん。」
「そうですね、先生の言う通りですね。じゃ、弾と食料だけ集めます。」
と言うとリトルは肉塊を漁り始めた。アニョウも肉塊を漁り始める。
未使用の弾倉を自分の空になった弾倉と交換し、背嚢から軍用レーションを取り出す。
同じ銃を使う者だからできる補充方法だ。西側と東側では銃弾の規格が違い、互換性は無い。その場合、敵の銃ごと鹵獲しなければならない。
だが、分解清掃できない銃という物は実力を発揮できない。使い捨てになる。
M-16が実戦配備された当初は、その掃除を疎かにし、稼働率を大きく下げた。現場での評価も大きく下げ、従来のM-14を選ぶ兵士が多かった。
その後、兵士への教育が浸透し、M-16の分解清掃が徹底され、主力兵器へと切り替わったと聞く。
銃という物は、頑強ではあるが、意外に繊細なものであった。
すばやく、アニョウとリトルは補給を行う。ここで食料を手に入れることができたことは有難い。だが、命をチップに手に入れる程の物ではない。
代用できる食料品は、ジャングルには幾らでもある。もっとも、それは見た目と味を気にしなければの話であるが。
「ティハを回収し、撤収する。」
アニョウには、当初の怒りは無い。雨で頭も冷えた。
―ここでリトルを殴ったところで問題解決にはならない。逆に見捨てられ、国境を越えられない方が問題だ。生存が最優先だ。口頭注意にとどめておくのが良いだろう。―
ティハを茂みから優しく抱き起し、リトルの案内で歩き始める。
戦場からは少しでも早く離れるべきなのだ。敵が来るか、血の匂いに誘われ肉食動物が来るか分からない。
ゆえに危険から離れるのは、当然のことなのだ。ジャングルは敵兵だけでなく、獰猛な肉食動物も徘徊している。新鮮な肉が大量にあれば、様々な動物が集まってくるだろう。
戦場から十分な距離をとってから、アニョウはリトルへと話しかける。
「なぜ、撃った?」
リトルは怪訝な表情を浮かべる。本当に質問の意図を理解していない。
「敵は通過しようとしていた。こちらの存在に気づいていなかった。戦闘をする必然性がない。」
ようやく、リトルはアニョウが何を言いたいのか理解したようだった。
「いつもの先生なら、躊躇なく殲滅戦をしかけてましたでしょ。それに倣っただけです。」
「状況が違う。味方がおり、十分な攻撃力を有しており、かつ、戦略的価値がある時だけだ。それ以外で攻撃はしない。」
「でも、先生と私の二人なら勝てますよ。実際に勝ちましたよね。」
リトルは褒めて欲しそうな顔でアニョウの顔色を伺う。だが、アニョウが無表情であった為、感情を読めなかった。
「俺達のおかれている状況。いや、勝利条件はなんだ。」
「敵に打ち勝ち、国境を突破する。ですかね。」
「違う。敵に存在を知られず、秘かに出国するだ。」
リトルは首をかしげる。
「そないに違いが無いような気がします。この国から出られたらいいのですよね。」
「大きな違いだ。敵に存在を知られない。これが重要だ。先のパトロール隊が基地に戻らなければどうなる。」
「捜索隊が組まれますかね。」
「そうだ、そうなると敵と遭遇する確率が跳ね上がる。」
「そんなものは、先生と二人であれば、いくらでも処理できます。」
「で、幾つもの捜索隊がジャングルに消える。敵はそこに強敵がいると判断し、戦闘ヘリの投入や空爆を実施すれば、俺達はどうなる。」
「当然、死にますね。なるほど、脅威が強いほど敵は強大な戦力を投入する。
だが、そこに敵影は何もなくパトロール隊が素通りすれば、勢力圏内。つまり敵は存在しない。
ゆえに敵の増援が来ない。安全度が高まる。
あらら、そこまで考えが回りませんでした。さすが先生です。」
「軍にいれば常識だが、軍隊経験は無いのか。」
「ありません。マフィアの小競り合いやコロシアムで殺し合いをしていただけです。」
十代の少女がコロシアムで殺し合いをしていたと爆弾発言が出る。だが、国境の無法地帯であれば、良識など機能していないのだろう。
あえて、アニョウは聞き逃すことにした。
「戦略という言葉の意味を知っているか?」
「戦略?飛行機の名前についていたような…。」
「それは戦略爆撃機のことだろう。理解した。俺が勝手に戦略と戦術を知っていると思い込んでいた。俺が浅はかだった。
そうか、だから俺に預けられたのか。戦略と戦術の概念を教えるために。
ならば、最初からそう言ってくれ。無駄な戦闘をせずに済んだのに。くそ。
これからは、俺の指示があるまで撃つな。」
「了解。で、戦略と戦術って何ですか?」
「国境を越えたら教えてやる。まずは生き残ることを考えろ。戦略を教えてやるのは、隣国でだ。」
アニョウは苦虫を潰した表情を見せた。
整形により表情筋が上手く動かせない為、表情に変化が少ないアニョウだが、この時ばかりは誰の目にも明らかだった。




