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ジャングル・ファンブル・オペレーション ~俺はジャングルに全てを…~  作者: しゅう かいどう


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29.狂犬

 十キロほど、ジャングルを進んだ時、アニョウはカエルの鳴き声が止まっていることに気づいた。

 豪雨であろうともこの地域のカエルは雨が降れば、活発に活動を行う。

 特に繁殖期である今は、オスが大きな声でジャングルに雨音に負けない鳴き声を上げ続ける。雨音に負けない声は、メスへのアピールになる。

 雨音に負けないということは、それだけ体格が良く、生存競争を勝ち抜くのに有利となる。そんな遺伝子をメスも求める。

 だが、メスへのアピールをする声が止まっている。

 周囲からは、雨音しかしない。

 ―敵の接近か。―

 アニョウは、前を歩くリトルに殺気を飛ばす。

 殺気に反応したリトルが振り返る。

 ハンドサインでアニョウは告げる。

 ―敵。接近。隠れる。-

 アニョウはリトルの返事を待たず、ティハの手を引き、道を外れる。

 百五十メートルほど歩き、草や蔓が密集した茂みを見つける。そこにティハを押し込む。ティハは何の抵抗もしない。アニョウに押されるまま茂みの中に入り、水がたまる地面へと膝を抱え込み座り込む。雨にずっと打たれている。今更、濡れることに何の抵抗もない。

 アニョウはそこから十数メートル離れた別の小さな茂みへと潜り込み、伏射姿勢をとった。

 リトルの姿は見えない。アニョウのハンドサインを見て、独自判断で隠れたのだろう。

 ―なるほど、俺も相談しないことは悪いが、スタンドプレーか。ボスとやらも手を焼いていそうだな。-

 その後、アニョウは気配と聴覚へと意識を集中させる。

 気配は戦闘経験から磨き上げてきた感覚を、聴覚はどちらの方角がカエルの鳴き声が聞こえないかを探る。

 そして、正面の先程迄、アニョウ達が歩いていた獣道を国境方向から敵の集団が来ていることが分かった。

 ―数は、一個小隊。十から十二人程度。やり過ごすのが正解。リトル、動くなよ。-

 アニョウは、そう思いつつ、AK-47の安全装置を外す。数瞬の遅れが致命傷になることは明白だ。

 何が起きてもすぐに対応できなければならない。

 敵の気配が近づいてくる。敵は沈黙を保っている。

 ―雨の中の行軍により、士気が下がっているのか。逆に練度が高いのだろうか。-

 しかし、水を跳ねる音、装備が擦れる音は雨音の中でも聞き取ることができた。

 ―疲労度が高い。敵ではなく、レジスタンスの生き残りだろうか。―

 AK-47の交戦距離である二百メートル以内を保持し、敵を待つ。

 徐々に足音と呼吸音が雨音に混じり始める。かなり、接近しているはずだ。

 だが、視界の悪いジャングルでは、敵影を視認することはまだできない。

 ―敵はこちらに気づいていない。ここはやり過ごす。こちらの存在を知らせる必要はない。-

 アニョウは決めた。泥の上に横たわり、雨に全身をうたれるまま、敵を待つ。


 敵の行進音は大きくなり、更に近づく。そして視認した。ジャングル迷彩の戦闘服に身を包み、頭からポンチョをかぶっている。

 この様な装備をしているレジスタンスは居ない。政府軍だった。国境警備隊だろうか。雨に嫌気をさしているのか、士気は低い。

 勝ち戦で略奪できる集落も無いこの地域では、下っ端兵士達の士気は下がるのだろう。

 進攻軍の兵士達は、集落で略奪にて私腹を肥やし、適当な相手を見繕って性欲を発散する。それも雨に濡れない屋内だ。

 一方で国境警備の兵士達は、そんな旨味も無く、ただただ、何もないジャングルを定期的に歩く。雨が降ろうが、日照りであろうが歩く。

 同じ政府軍でもそれだけの差が同じ階級の兵士で発生すれば、不平不満も出るだろう。

 それが国境警備隊の士気の低さに繋がっていた。

 ―よし、これならば気づかれずに立ち去るな。-

 アニョウは、そう判断するが気は抜かない。敵が憂さ晴らしに銃弾を周囲にばら撒かない保証は無い。それほど政府軍の軍紀は乱れている。

 アニョウは目の前を通り過ぎていく一個小隊十二人を見つめ続ける。敵が銃口をこちらに向けないか。足を止めて周囲を警戒しないか。

 様々な対応が脳裏に浮かぶ。

 だが、敵の行動は散漫であり、周辺警戒は緩いものだ。恐らく、日々の業務の一つと化し、緊張感を持っていないのだろう。

 アニョウは気配を消し、呼吸を深く、ゆっくりと行い、心を落ち着かせる。

 ―敵に気づかれなければ、こちらの勝ち。気づかれれば、こちらの負け。今はこちらに勝利の天秤が傾いている。そのまま、通過しろ。-

 アニョウは強く祈る。こちらの戦力はたった二人。六倍差の敵と戦闘などしたくない。

 敵はこちらに気づかず行進を続ける。最後尾が何事もなく通過しつつあった。

 ―よし、戦略的勝利。このまま待機すれば敵は離れる。-

 アニョウは勝利を確信した。アニョウの殺気は漏れていない。ティハは大人しくしており身動き一つ取らない。

 リトルの気配も感じ取れない。

 ―よし、この状態を保つだけでいい。あえて、こちらの存在を知らせる必要は無い。-

 敵の一個小隊は獣道を進み、アニョウ達に背中を見せた。完全に油断をしている。

 集落も道も無いジャングルに人が潜んでいるとは想像もできないのだろう。特にこの先は、国境の大河しかない。橋も無く渡る手段は無い。

 訓練を兼ねた日々の業務の一環。毎日の繰り返しの一つ。今までと同じ日を繰り返しているだけなのだろう。

 彼らの頭には、帰投してシャワーを浴びたい。ビールを飲みたい。そういった感情や思いが渦巻いているのだろう。


『パン、パン、パン。パン、パン、パン。パン、パン、パン。』

 突如響く、聞き慣れたAK-47の銃声。指切り三連射撃ち。政府軍にこの撃ち方をするような人材はいない。

 消去法を使うまでもなく、誰の仕業かすぐにわかる。

 ―リトル、なぜ撃つ。-

 その間にもAK-47の銃声は鳴り響く、背後からの射撃により不意を打たれた敵は、次々と泥濘の獣道へと倒れ伏す。

 条件反射的に敵は散開し、近くの茂みに身を潜め、射点と思われる個所へ集中攻撃を始めた。

 無論、リトルは最初の射点にはいない。次の射点に移り、敵を狙い撃つ。

 また、一人二人と倒れる。

 ―不意打ちは成功だが、戦略は失敗だ。戦わないという選択がなぜできない。-

 アニョウは、怒るでもなく、冷静にリトルの行動を判断する。リトルへの評価を下げる。

 ―ただの戦闘狂。狂犬だったか。兵士ではないのか。考えを改めよう。どうやら、俺の理解度が低かった様だ。

 くそ。このまま放置したい。だが、死なれても困る。隠し港を知っているのはリトルだけだ。―

 リトルは、使える兵士だと考えていたが、それは違った。ただの暴力装置だった。制御できない暴力装置は、不良品だ。

 いつ爆発するか分からない手榴弾の様だ。四秒後にきっちり爆発するからこそ、有効利用できるのだ。

 投げて一秒から十秒後など不定期では使い物にならない。一秒では己を巻き込み、十秒では敵が通過してから爆発する。

 必ず四秒で爆発する様に制御されているから価値があるのだ。


 アニョウは敵がリトルへの追撃に必死になり、こちらへ意識が向いていないことを再度確認する。

 ―仕方ない。援護を開始する。-

 派手な銃撃戦の中、アニョウは一発だけ撃つ。それは敵の指揮官の胴体に刺さる。

 指揮官は撃たれたことにより悶え、倒れる。致命傷には至らなかったが、AK-47の射撃精度であれば十分な成果だった。

 指揮官が負傷したことにより動揺が走る。銃撃が弱まる。その瞬間、リトルの三連射が再び派手に響く。

 二人ほど倒れる。その音に紛れ、アニョウは再び一発だけ撃つ。次席と思われる兵士を撃つ。胸に血の花が咲き、仰向けに倒れていく。

 心臓に直撃だった。

 ―ふむ、この銃の癖が分かってきたな。しかし、AK-47で狙撃手の真似事をするとは…。ええい、面倒な。―

 AK-47は狙撃に向いていない。集弾率が悪いのだ。しかし、百五十メートルという至近距離と銃の癖を理解し始めたアニョウは狙撃を可能とし始めていた。しかし、連射するわけにはいかない。リトルが対面で動き回っているからだ。アニョウの流れ弾がリトルに当たっては道案内が居なくなってしまう。

 また、アニョウも位置取りを変えるわけにはいかなかった。理由は同じだ。リトルの流れ弾を貰いたくないからだ。ここに居れば、リトルはそれを計算して射線を考える。ゆえにアニョウは動けない。必然的に狙撃手の様な働きを強制されたのだ。

 さらに一発、銃撃戦の音に混ぜる様に撃つ。地面に伏せ、リトルが狙いにくい位置にいる兵士だ。上半身を狙ったのだが、弾は流れ、腰に着弾する。

 ―やはり部品精度が悪いな。左右に流れる傾向があるな。-

 アニョウは淡々と己の狙撃を解析する。

 ―敵が俺の場所に気づくか、気づかないかのチキンレースの始まりだ。くそったれ。狂犬リトル。後でぶちのめす。-

 じわじわと湧いてきた怒りをAK-47の銃弾に込め、引き金を引いた。

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