26.尋問
幸いにも自然は敵に回らなかった。周囲から敵意は感じず、不自然な気配はなかった。
目の前の政府軍兵士四人に集中できる。
兵士達は狭く細い獣道をのんびりと進む。緊張感の欠片もない。時折、懐を叩きながら下卑た笑いをあげている。
余程、襲った集落での戦果が良かったのだろうか。
まもなく、兵士達はリトルと打ち合わせた十字砲火地点へと到達する。
アニョウはAK-47を構え、照準を先頭の兵士の胴体に合わせる。
AK-47の集弾精度は低い。ヘッドショットを狙おうが、逸れるのが目に見えている。特に今使っているライフルは鹵獲品であり、整備性に疑問を感じる。
恐らく部品の吟味もせず、マニュアル通りの整備で済ませているだろう。そんなライフルにアニョウが信頼を寄せるわけがなかった。
ゆえにもっとも大きい標的となる胴体を狙う。ここには急所である心臓、肺、内臓が集中している。
心臓であれば、即死を狙える。他の器官であってもジャングルで重傷を負えば、致命傷に至る。さらに銃弾が逸れても四肢であれば、戦闘能力を奪える。
無難な標的であると言えた。
問題は、十字砲火を形成するのが二挺のAK-47だけだということだ。弾幕が薄く、効果があるとはハッキリと言えない。
リトルがその欠点に気づいていれば、射撃タイミングを工夫してくるはずだ。何も打ち合わせはしていなかったが、リトルならばアニョウの意図を理解してくれるだろう。
今まで色々な戦場で一緒に戦ってきたが、説明したことは一度もない。だが、リトルの見て技を盗む技術を信じることはできた。
そして、政府軍の兵士は射撃地点へと到達した。
アニョウは、迷わずAK-47の引き金を引く。三発発射と同時に引き金から指を離し、反動で上がった銃身を戻し、再度引き金を引く。ほんの一瞬の動作。ほとんど連射と変わらぬ音がジャングルに響く。
手動の三点射だった。連射では、反動で銃身が上に向き照準がずれていき、命中精度が下がっていく。
その点、アニョウの指切り撃ちの三点射であれば、命中率を保ち、無駄弾を撃つことは無い。
狙い通り、先頭の兵士の腹部へと銃弾が吸い込まれていく。
不意の銃撃に兵士達は意外にも冷静に対応した。
射点であるアニョウ方向を頭に藪の中に伏せた。狙いは出鱈目だが、アニョウの周辺を銃弾が過ぎ去っていく。
時折、至近弾が衝撃波と熱をアニョウの頬へ伝える。
リトルはまだ撃たない。アニョウが微妙に横方向に射点を変えつつ、撃ち返す。
敵はアニョウの発砲の火を確認し、そこへ射撃を行う。だが、撃った直後に移動するため、アニョウには当たらない。
ようやく、最初の射撃から遅れて十数秒後に新たな射撃音が加わる。リトルの射撃だ。
敵が身を潜め、足を止めたところでの射撃。
更に敵の意識が正面に集中している間に接近し、距離を一気に詰める。これで連射しても命中精度を気にしなくても良い。
リトルは立射姿勢のまま、地面に伏せる兵士三人に銃撃を浴びせ続ける。突然の側面からの至近射撃に反応できる兵士はいなかった。
三人の兵士に万遍なく弾痕が刻まれる。
すでにアニョウは射撃を止めている。リトルへの誤射を防ぐためだ。立ち上がり、照準を敵に定めたまま、慎重に近づく。
リトルも射撃を止め、同じ様に敵へと近づいた。
四人の政府軍の兵士は、全身に弾痕を刻まれていた。身動き一つ取らない者が三人。口から血を吐きながらも痙攣しているのが一人だった。
アニョウは照準を敵に定めたまま足を止める。それを見たリトルはアニョウの射線を遮らぬ様に兵士達に近づく。
周囲に散らばるライフルを遠くへ蹴り飛ばす。AK-47の照準は敵から外さない。確実に反撃の目を摘んでからリトルは敵の生死の確認を始めた。
無論、アニョウが警戒をしているから近づけるのだ。一人であれば、追撃を加え、止めを刺す。情報を得るより安全性が最優先される。
今回は、情報を得ることも目的だ。ゆえに危険性を承知の上、敵に近づいた。
近くの兵士から首筋に掌をあて、脈を探す。だが、動かない三人の脈は見つからなかった。
血反吐を吐いている兵士は、明らかに生きていた。胸に五発の弾痕と下腹部に三発の弾痕が確認できた。
致命傷だ。両肺に穴が開き、呼吸もままならなくなるだろう。
血を口から吐いた時点で内臓に重大な損傷を受けた証拠だ。映画の様に血を吐いて元気に戦うことなどは無理だ。
この兵士も都会でならば、生き残る確率はあったが、ジャングルでは病院に辿り着く前に死亡することは確実だった。
ジャングルと都会での致命傷の定義は違う。医療設備が整っていない、いや、存在しないジャングルでの重傷は、死に直結している。
失血ですら、簡単に致命傷と化す。
都会と違い、すぐには輸血ができないからだ。
兵士四人の大量の血が広がり地面へと吸い込まれていく。
リトルは生き残った兵士の装備を慎重に剥ぐ。ハンドガン、手榴弾、ナイフを取り上げ、手の届かぬところへ転がす。
さすがに銃火器を投げるようなことはしない。暴発の危険性があるからだ。
「リトル、OKだ。尋問を始めよう。」
安全を確保したと判断したアニョウはリトルにそう声をかけた。名前を知られたところで問題は無い。ここで処分することが決定しているからだ。
「先生。どうぞ。」
リトルは兵士に銃口を向けたまま返事をする。死にかけの敵といえども油断はしない。
「お前達の目的は。」
「けんもん、でんれい。」
兵士は血を口から撒き散らしながら答える。本人も死が近いことを自覚しているのだろう。素直に答える。
―ふむ。素直に答えるから、止めが欲しいということか。痛いのは嫌ということか。村人に散々、お遊戯をしてきたくせに利己的だな。いや、だからこそなのか。-
「ジャングル南部の状況は?」
「せいふ、せいあつ。のこり、とうぶ。」
「北部はどうか。」
「きたも、せいあつ。」
「この数日、何が起きた?」
「ゲリラ、そうとう、さくせん。」
「手段は?」
「にせ、じょうほう。ゲリラ、あつめる。ダム、はかい。みずぜめ。」
「前線基地構築のことか?」
「しらん。」
「水攻めは鉄砲水のことか?」
「しらん。」
「どこのダムだ?」
「しらん。ころして、いたい、いたい。」
この後、兵士は何を聞いても殺せとばかり繰り返すようになった。血圧の低下で脳に十分な酸素が回らず、意識障害がおきているのだろう。
アニョウは兵士の頭部に三発叩き込み、周囲へ脳漿を散らせた。
アニョウはリトルへ向き直る。リトルは尋問中、周囲の警戒を行っていた。
ジャングルで盛大な銃撃戦を行ったのだ。銃声を聞きつけた敵が接近してきてもおかしくない。
もしくは、友軍であるレジスタンスが来るかもしれない。
要は、この場所に留まることは危険であるということだ。
「リトル、伝令書や地図、何か情報になる物を探すぞ。」
「はい、先生。」
二人は血まみれの兵士の死体を躊躇いも無くまさぐる。外ポケットはもちろんのこと、内ポケットも漁る。
書類らしき物は、内容を確認せず自分のポケットに入れる。紙なんて軽い物だ。後で取捨選択をすれば良い。
この中で分隊長らしき兵士のポケットから貴金属と宝石が出てきた。
近くの集落で略奪してきたのだろう。アニョウは、換金しにくそうな大粒の宝石等をばらまく。
「先生、もったいない。捨てなくても良いでしょうに。」
リトルが諫める。
「これは分け前で揉めて、同士討ちに見せかけるためだ。」
「ああ、なるほど追手の足を少しの時間でも止めるためですね。了解です。」
「もういいだろう。撤収する。ティハを回収して東部。…いや、ハッキリ言おう。国境を目指す。」
「了解、先生。やっと、うちのボスと組んでくれるのですね。」
「未定だ。だが、当てがないのも事実。協力はお願いしたい。」
「それくらいボスなら二つ返事ですよ。では、ここからは私が道案内をしますね。」
「頼む。」
アニョウ達はティハを回収すると東へと足を向けた。
今はこの戦場から少しでも離れなければならない。
敵が集まる可能性がある危険からは少しでも逃れるに越したことはないのだ。




