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24.分岐

 アニョウは掌を握り、ゆっくりと広げる。

 爪が掌に食い込むこともなく、力を入れすぎて血流が止まり白くなることも無い。

 多少汚れているが、血色の良い掌であった。

 ―俺に人の心は無いのだろうか…。なぜ、怒りも悲しみも浮かばない。ここまで落ち着いているのは、記憶喪失ゆえなのだろうか。いや、記憶と感情は別物だろう。ならば、俺の感情は死んでいるのか、無いのか、それとも消されたのだろうか。消す?誰が?どうやって?

 そういえば、記憶喪失の折に顔面を大破したのだったな。その時に脳の感情を司る部分が破壊されたと考えるのが自然だろうか。

 いったい、俺は何者で、何をしにジャングルに来たのだろうか?

 まずは、この修羅場から生き抜くことが先だな。―

 アニョウは、周囲をもう一度見渡した。


 敵の悪趣味な遊戯を眺める趣味は無い。こちらの餌となる兵士を探す。集落の建物内で宝探しに興じている兵士が良い餌になるだろう。

 その兵士を襲っても広場から建物が視線を切ってくれる。

 つまり、暮らしてきた集落なればこそ、アニョウに地の利があり、奇襲の成功率は格段に上昇する。

 一人で建物に入っていった兵士を目標と決めるとアニョウはハンドサインをリトルに送り、二人で集落の周囲に立つ訓練用の設備に隠れながら迫った。

 扉から忍び込み兵士の背後に忍び寄り、頸動脈締めを一瞬で決める。兵士は何が起きた変わらぬまま、静かなまま数秒後に失神した。

 アニョウは、そのまま首の骨を折る。死ぬのに多少時間はかかるが、首から下は一切動かせない。声も出せない。

 無力化した兵士の装備からAK-47と弾倉三つとトカレフを奪う。

 その他に何か無いかと漁るが紙幣が数枚あっただけだ。逃避行に金は要るので、アニョウは遠慮なく自分のポケットに入れる。

 罪悪感は無い。この家主達が広場に集められていることを確認していた。

 リトルはアニョウが兵士の止めを刺している間に、家の中を漁り、食料を調達していた。缶詰と缶切りをリュックに仕舞い背負う。

 どれもこれも、この家の物だ。泥棒行為だが、家の主達は帰って来ない。有効活用をさせてもらうことにしたのだ。


 武器はアニョウの分は揃った。あとはリトルの分が欲しい。二人は、同じ様に集落を漁る兵士を背後から襲い装備と食料を整えていった。

 食糧調達の折に貴金属や紙幣を見つけてしまうこともあった。気が付けば、ポケットの中に入っていたりした。

 返しに行くのも危険なので、仕方なく頂戴していく。不可抗力だろう。

 ―逃避行には、資金が必要なのだ。どこに行くかは決めていない。都市部に逃げるか。レジスタンスのアジトに逃げるか。

 まずはティハと合流をしてから考えることにしよう。もしかすると、この間に正気に戻っているかもしれない。何か良い案を聞けるかもしれない。

 それともお荷物のままかもしれない。まあ、戻ればハッキリすることだ。―

 アニョウは、三人が楽に一週間食事に困らない量を集め、二人で荷物を分けた。アニョウもリュックを背負う。両手は空けておくべきなのだ。

 下げカバンなどジャングルでは使い道は無い。

 武器も二丁ずつ用意し、弾倉も各五本確保した。水筒も三本用意し綺麗な水で満たした。毛布も一人一枚ロール状にしてリュックの底に括りつける。

 寝袋の代わりだ。無いよりはマシであろう。

 重量過多であるが、強行軍をする訳ではない。広大なジャングルから動き回るたった三人を見つけ出すのは至難の業だ。

 慌てることは無い。それよりも食料が尽きることの方が生死を左右する。

 無論、ジャングルは食料の宝庫であり、自給自足も可能だ。それは、あくまでも平時の話だ。政府軍が動き回るジャングルで呑気に狩猟をする余裕は無い。

 隠れ、忍び、気配と痕跡を断つ必要がある。

 その様なことに留意しながらの狩猟は無理だ。逆に斥候を暗殺し、装備を剥ぐ方がアニョウとリトルであれば現実的であったかもしれない。

 しかし、本隊から先行する偵察隊に迫られる様なヘマはしたくない。ゆえにこの案も採用はしたくなかった。


 アニョウとリトルは装備を整え終えると静かに集落から離れていく。

 背後からは相変わらず悲鳴と歓声が聞こえてくる。政府軍の兵士による遊戯は未だ続いていた。

 ―人が人を苦しめ殺める。数千年、数万年変わらない。それが人類の種族特性なのだろう。―

 アニョウはそんなことを考えながらジャングルへと消えていった。

 この集落の住人で生き残った者は居なかった。


 アニョウ達がティハを拘束した場所に近づく。一度、茂みに身を潜ませ、様子を伺う。

 耳を澄まし、目を凝らし、臭いを嗅ぐ。

 ―音は無し。怪しげな物は確認できない。足音や折れた枝は無い。臭いは緑で一杯。血や硝煙の匂いはしない。問題なさそうだな。―

 アニョウはリトルへと視線を向ける。

 リトルは静かに頷く。

 二人は静かに慎重にティハの前へと立った。

 カモフラージュに覆いかぶせた枝や蔓は、この場を離れた時のままであり、崩れたり、積みなおした形跡は無い。

 慎重にカモフラージュを解くと茫然自失状態のティハが猿轡を噛まされたまま、木に縛られていた。

 素早く拘束を解く。ティハが暴れるかもと考えたが、大人しく立ったままだった。

 猿轡のせいで、垂れた涎をリトルが優しくタオルで拭う。

「ティハ。俺が分かるか。」

 アニョウは優しく声をかける。威圧しても悪影響しかないだろう。威圧感により恐慌状態に陥られても困るのだ。

 静まり返ったジャングルで若い女の甲高い声は広範囲に広がることだろう。

 そうなれば、暴力で黙らすしかない。

 ティハの焦点が定まらぬ目は、動かない。アニョウを見ようとしない。

「先生。駄目ですね。で、どうされますの。」

 リトルはアニョウに選択を求める。その目は普段の余裕ある視線ではなく、真剣み溢れる視線だった。

 この言葉は色々な意味に捉えることができた。つまり分岐点だ。

 ―三人でどこへ向かうか。足手まといのティハを連れていく必要はあるのか。ここで解散し、個人で行動するか。

 そして、俺が出した答えによっては、リトルは別行動をとる可能性があるか…。

 俺の本音は…。―


 リトルは静かにアニョウの返答を待った。急かすこともなく、アドバイスをすることもなく、アニョウの判断を待った。

 そして、数瞬の時間だけ悩んだアニョウは告げた。

「ティハを連れて近くの集落へ向かう。情報が欲しい。情報が無ければ、都市部に逃げるか国境に逃げるか判断ができない。

 ここからだと北へ四時間ほどの距離にある。そこを目指す。」

「ふ~ん。先生とティハさんはどんな関係ですか?近くで見ていてもティハさんは先生に恋心を持っているようですけど、先生は相棒以上の感情が無いでしょう。これがルウィン隊長とかでしたら、足手まといだと言って、切り捨てていますよね。」

「そうだな。リトルの言う通り、恋愛感情も家族愛も無い。

 ティハだから助けたい。俺の命を拾ってくれた。彼女が俺を拾わなければ、既にジャングルの土になっていた。

 その恩を返したいのだろう。無理は言わん。ここで別行動をとってくれても良い。」

「先生、忘れてもらったら困ります。私の雇い主は先生の技術を学んで来い。盗んで来いと命令したのです。

 なら、これからのサバイバル技術も勉強になるでしょう。ついて行きますよ。」

「そうか。助かる。」

「助かるのは私も同じです。土地勘の無いジャングルで一人ぼっちなんて、無理ゲーです。

 もっと東の国境地帯に近ければ、雇い主のところに戻れますけど、ここからは無理ですわ。」

「分かった。いつでも別行動を取ってくれていい。ただ、一言だけ残してくれ。ただ、ムリゲーの意味が分からんが…。」

「あはは、分からんでも困らん言葉です。

 了解です。先生。では、行きましょう。」

 リトルはAK-47を構え、先頭を歩き始める。

 アニョウは、ティハの手を取り、歩みを促す。ティハは抵抗することもなく、意外にしっかりとした足取りでアニョウの誘導に従った。

 これならば、安心してジャングルを歩くことができるだろう。

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