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19.虐殺

 アニョウ達が入った建物の入口の傍には扉があった。ネズミ顔のミョーがドアに耳を当て聞き耳を立てる。

 皆、沈黙を保ち、雨が屋根を叩く音が響く。今のところ、他の部隊も静かに作戦を実行しているようだ。

 ミョーが隊長であるルウィンにハンドサインを送る。物音せずの合図だった。

 ルウィンが頷く。ミョーがゆっくりとドアノブを回す。音が鳴らぬ様に慎重に。

 カギは掛かっていなかった。新築の建物ゆえ、扉はきしむことなく、スムースに開いた。部屋の中を素早く見回す。

 二段ベッドが三台と更衣用ロッカーが六台。どうやら兵舎の様だ。ベッドには六つの膨らみが見える。全て人型をしており、寝息やイビキが聞こえてくる。

 こちらは、隊長のルウィン、ネズミ顔のミョー、あどけなさが残るゾー、バディであるティハ、預かり品のリトル、そして記憶喪失のアニョウ。丁度六人。一人一殺。それで敵に気づかれることなく、処理できるだろう。

 上段は、背丈のあるルウィン、ゾー、アニョウが担当をする。

 下段は、背の低いミョー、ティハ、リトルが受け持つ。

 アニョウは担当のベッドへ静かに近づく。ついでに近くにあったタオルを乱暴に左手に巻き付けた。

 ベッドに中年男性が眠っていた。口を大きく開け、涎を垂らしながら眠っている。こちらの気配には一切気づいていない。

 ―ふむ、筋肉の付き方から兵士だな。では、さらば。―

 アニョウは大きく開いた口にタオルを巻いた左手を突っ込み、同時に心臓にコンバットナイフを突き立てる。

 肋骨に当たる気配もなく、筋繊維に沿って滑らかにナイフが滑っていく。何の抵抗も感じない。刃先がやや硬い物に当たった。

 トクン、トクンと鼓動を正確に刻んでいる。心臓だ。

 アニョウは力を少しだけ足す。心臓の表面を包む膜を貫くプツッという感触が手に伝わる。そして、ナイフは筋肉の塊である心臓を一瞬で貫いた。

 手に伝わる振動がリズミカルな物から痙攣へと一気に変わる。

 ナイフを更に捻じり、傷口を大きく広げる。これで治療不可能。縫合することはできない。この兵士の死亡は確定した。

 敵兵士は、痛いのか、苦しいのか、それともその両方だろうか。口の中のアニョウの手を噛み千切らんばかりに強く強く噛み締める。

 心臓を刺されて即死、と新聞やテレビで報道されることがあるが、現実は死ぬまで時間がかかる。

 心臓を破壊することで脳への血流が止まり、酸素の供給は終了する。だが、脳内の酸素が即座に無くなるわけではない。脳内に酸素がある限り、脳は活動を続ける。この間、苦痛、呼吸困難、恐怖、後悔などを感じつつ、脳に酸素を送る様に全身に命令を送り続ける。

 数秒で終わることもあれば、一分以上かかることもある。それは脳内の酸素量に依存する。

 この兵士の痙攣は、十秒ほどで終わった。口の力が抜け、アニョウの左手が自由になる。叫ばせないためとはいえ、敵の口に拳を突っ込むのは危険だ。

 指を噛み千切られたり、肉を抉られたりする。

 あらかじめタオルを分厚く巻いていたため、歯はタオル貫通することなく、アニョウの拳にダメージは通らなかった。

 他の者たちも訓練通りに出来たようであった。枕で顔面を押えつけた者。

 毛布を噛ませた者。様々な方法で口を塞ぎ、一刺しで心臓を止めることに成功していた。

 まずは、六人。一小隊を潰した。他の隊も同じ様に進めている筈だ。現在のところ銃声は聞こえない。作戦通りに進行している様だ。


 敵兵士六人の死亡を確認すると、ルウィンが次の部屋に行くとハンドサインを送る。照明がない暗闇の中、色や輪郭がハッキリしないが十分判別できた。

 アニョウ達はナイフの血と脂をシーツで拭うと向かいの部屋へと向かった。

 今度はティハが先頭に立つ。先程と同じく、聞き耳を立て物音はしないとハンドサインを送る。ルウィンが頷く。突入だ。

 扉は先程同様、スムースに開く。

 ティハは部屋に静かに突入すると同時に立っている人影を捉えた。人影は窓の外を見つめている。眠れないのか窓に当たり、零れ落ちる雫を見つめている様だった。

 もっとも近くにいたティハが条件反射的に背後から口を押え、心臓を肩甲骨の隙間からナイフで一気に突き上げる。

 ―えっ。軽い。小さい。―

 口を押えた頭部は、二回りほど大人より小さく、骨の隙間は狭く、ナイフの両端が骨に擦れ、不快な振動が手元に響く。

 筋肉は非常に柔らかく、抵抗すら感じない。接触した心臓は、元気にリズムを打ち活発だった。そんな心臓をいとも容易くナイフは貫通する。

 人影は、数秒痙攣しティハの顔を見た。

 雷鳴が轟き、部屋を煌々と照らす。少女だった。まだ、性徴も始まっていない幼い少女だった。

「お姉ちゃん、だれ?」

 それが少女のこの世での最後の言葉だった。

 ティハは足元から崩れ落ちた。少女の死体がそのままティハの上に圧し掛かる。

 ―ええい、面倒な。ティハは腑抜けたか。―

 アニョウは、雷鳴により他の者が起きることを危惧した。

 素早く、二段ベッドに眠る人影を屠る。軍人か民間人かなどの判断はしない。即殺だ。

 リトルも感傷に浸ることなく、すでに一人屠っている。

 ルウィン達は、躊躇う。

 寝ているのが軍人なのか、民間人なのか。

 これが正義の戦いなのだろうか。

 今更になって悩む。

 そんな数秒は戦場では贅沢だ。

 アニョウとリトルが残る人間を片っ端から始末していく。口を押える時間は無い。一気に心臓を貫き、続いて二人目を刺す。

 ―この際、声が多少上がっても問題ない。雷に驚いたということでごまかせるはず。―

 そんな都合の良いことを考えつつ、この部屋の人間を無力化した。再び、雷光が部屋の中を照らす。

 ベッドから零れ落ちる血。床いっぱいに広がる赤い血。

 そして、何よりも後味が悪いのは、照らし出された死体は、中年男女と少年少女の組み合わせだった。

 明らかに民間人だった。おそらく家族なのだろう。この前線基地の建設のため、家族で引っ越ししてきたのであろう。

 これは虐殺だ。戦争とは呼べない。

 作戦前から織り込み済みのことだ。夜間戦闘。灯火管制。雨で星明りもない。敵の数は多い。レジスタンスが勝利するためには闇討ちしかなかった。

 その結果、この様な事態になることは最初から分かっていた。

 作戦説明でもこの状況になることは言われていた。


 ティハは震えている。己が殺した少女を抱きしめたまま。背中から噴き出す血がティハを汚していく。いや、汚すのではなかった。後悔の念に染めていくのだった。

 己が虐殺という悪行の中におり、それを自分自身が実行したという現実が、視界を昏い闇に包み、意識は赤い沼に沈んでいく。

 己が犯罪者になったという感情が、心と理性を黒く染めていく。

 手足から体温が抜け、身体に寒気が走る。

 もたれかかる少女の死体が、徐々に重くなる。ティハの戦争犯罪を責めているかの様だ。

「ねえ、どうして刺したの?どうして殺したの?」

 少女の瞳は瞳孔が開き、虚ろな筈なのにその様にティハは問いかけられているように感じた。

 手足の震えが止まらない。心臓の鼓動が不定期で早くなったり、止まりそうになったりする。呼吸も荒くなり、額から脂汗が流れ始める。

 人を殺すことなど日常茶飯事だ。大半は銃器によるものだが、ナイフで刺し殺したり、AK-47を棍棒の様に使って敵を肉塊にしたことだってある。

 その時のAK-47は銃身等がひん曲がり、廃棄処分になるほど凄惨な戦場も経験している。


 だが、幼く恋も愛も知らぬ少女をティハは背後から刺してしまった。

 少女は恨み言を漏らす暇もなく、見知らぬお姉ちゃんに声をかけた。

 何が起こったか理解も判断もできぬまま事切れた。

 もしかすると、この国を正しい方向へ変えることができる能力があったかもしれない。

 家庭を持ち子供を産み育てることに幸せを感じる人間だったかもしれない。

 命を奪われ、それを確認する未来は、この少女からは失われた。

 この少女の人生は、たった今、終わったのだ。

 数年という短い人生。ティハの半分も生きていなかっただろう。

 その事実が時間経過とともにティハの心をかき乱す。

 ―私は悪くない。悪くない。悪くない。悪くない。

 だって、命令だった。この国の自由と未来のために、即殺をすると決めた。

 けど、だけど、こんな子供がいるなんて知らない。聞いてない。教えてよ。

 嫌、嫌。良い未来を創るために戦い、身も心も汚してきたのに、未来を託す子供を殺すなんて嫌。

 私は子供たちが自由に生きられる戦争のない平和な民主主義国家を託したかった。

 なのに、どうして?どうして託すべき子供を私は殺しているの?

 子供たちの手を汚さないために、私はどんな手を使おうと政府軍を斃してきた。なのに、どうして子供を殺さなきゃいけないの?

 どうして。どうして。どうして。―

 ティハの瞳から大粒の涙が鈴なりに落ちる。だが、作戦は始まったばかりだった。地獄は続く。この瞬間にも他の部隊が虐殺を行っているだろう。

 いや、虐殺をしている。

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