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18/27

18.突入

 ジャングルの雨はやまない。日は完全に沈み、薄暗かったジャングルは、闇に包まれ、レジスタンスたちの姿を黒く染めていた。

 さらに雨音は激しくジャングルの葉っぱを叩き、衣擦れや足音、銃器が擦れる音を消していた。

 それらが相乗効果を生み、政府軍に気づかれることなく、レジスタンスは建設中の前線基地の包囲を完了しつつあった。

 アニョウ達は相変わらず、窪地の中で泥水に下半身を沈めていた。

 敵に気づかれるわけにいかぬため、移動もせず、初期配置のまま待機を続けていた。

 火を使うことは、敵に存在を知らせることになる。傘をさすこともテントを張ることもできない。ただただ、雨に打たれ続けていた。

 そんな中で取る夕食は、村人が作った硬い黒パンだけであった。

 本来は硬い筈なのだが、布製のリュックに放り込み、布巾で包まれた村人お手製の黒パンは雨をしっかりと吸い込んでいた。

 硬い黒パンは、スープや乳につけながら、柔らかくしつつ食べる。だが、アニョウ達が食べる黒パンは噛みしめる度に水を溢れさせ、歯ごたえを失いフニャフニャであった。

 だが、アニョウ達は文句の一つも愚痴をこぼさず、黙々と雨が降り注ぐ中、侘びしい夕食をとっていた。

 雨の中、泥水に沈み、待機を続けたことでアニョウ達の覇気は雨に洗い流されていた。

 移動も立ち上がることもできない状況で大人しくしていた。数時間も居れば当然、尿意も催す。

 そこに男女の区別は無い。平等に訪れる。雨に冷やされた体は尿意に襲われる。アニョウは伏せた姿勢のまま、ズボンを履いたまま尿を放つ。一時的に股が温かくなるが、雨がすぐに熱を奪い去る。同じ様にルウィン達も放っている。ゆえに今下半身を沈めている泥水はルウィン隊の尿が混じりあっていた。

 汚いとか不潔などと言ってはいられない。敵に見つかれば、作戦参加中の千人以上のレジスタンスの命が危険に晒される。

 ゆえにティハもリトルも女性でありながら、照れることなど一切なく、躊躇いなくアニョウ達と同じ行動を取っていた。

 戦争は人間の尊厳さえも簡単に奪う。そんな些細な羞恥心で命を失う訳にはいかない。簡単に捨てることができる恥など、戦場には存在しない。即座に放棄されるのだ。

 それがレンジスタンスとはいえ、軍人のあるべき姿の一つであった。

 我慢するのは、半日だけのことだ。これで病気になるようなことはまず無い。

 ジャングルの雨季に慣れた地元民は傘を差さない。普段から雨に濡れる。ゆえに風邪をひく可能性すら考慮に入っていなかった。

 そんな悪辣な環境の中、待機の時間は終わろうとしていた。


 夜が更け、まもなく、作戦開始の時刻だった。

 アニョウ達の正面には鉄条網が境界線を描き、その奥に高さ十メートルほどの簡易的監視塔が立てられていた。

 監視塔は鉄骨を繋げて高さを稼ぎ、頂上に鉄板を敷き、四方をトタンで囲っただけの粗末なものだった。

 だが、常に交代で二人の兵士が立哨し、周囲を監視していた。

 ただ、前線基地が建設中ということもあり、電気が来ていないことが大きな弱点となっていた。サーチライトも無く、兵士が手に持つか弱い光の懐中電灯だけが監視塔の上でユラリユラリと揺れていた。恐らく、光量不足で地上まで届いていないだろう。気休めに過ぎないはずだ。特に雨粒により光は乱反射し、普段以上に地上を照らすことはできないだろう。

 それがこの足元が悪い中での作戦実行する判断基準の一つとなった。

 突入するためにもう一つ邪魔な物が鉄条網だった。

 ペンチで一本一本切っていては、時間がかかり敵に気づかれる。だが、無理に突き切ろうとしても幾重もの棘が服に絡みつき、身動きを取れなくさせる。

 だが、鉄条網は単純な方法で無力化できる。分厚い絨毯が一枚あれば良いのだ。無論、それに類する物でも良い。分厚い布地であれば問題なかった。

 今回はルウィン隊の一人であるネズミを思わせるミョーが絨毯をロール状に担いでいる。

 他のレジスタンスの隊も絨毯を準備している。

 鉄条網の上に絨毯を広げるだけで、無効化できるのだ。尖った棘は絨毯の分厚さを貫通できず、絨毯の重みは鉄条網のたわみを圧し潰し、平らかにする。

 ただ、鉄条網に絨毯を広げるだけで簡単に布製の橋ができるのだ。

 高圧電流が流されていれば、この方法では絨毯が燃えてしまい、橋を造ることはできなかっただろう。

 だが、建設中の前線基地にそこまでの電気容量は無い。その心配は不要であった。


 突入の時間が来た。ミョーは監視塔の根本付近の鉄条網へとゆっくりと忍び寄る。そして、背中から絨毯を下ろし、ロール状になっていた絨毯を空中に静かに

 放り投げた。

 絨毯のロールは綺麗に解かれ、鉄条網に覆いかぶさる。これで突入口は一瞬で完成した。アニョウとリトルが同時に身を起こし、走り出す。

 迷うことなく絨毯に足を踏み入れ基地内へと駆け込む。多少、鉄条網がしなり、地面としては頼りないが、通過する分には十分な成果だった。

 監視塔に二人は取り付くと梯子を軽快に登っていく。音を一切立てず、雨に濡れて滑りやすくなっているにもかかわらず、的確に監視塔を登る。

 二人は合図もなく、同時に監視塔の床下で一旦止まる。雨音の中、耳を澄まし、敵の音を聞き分ける。二時方向と十時方向に一人ずつ。こちらに背を向け地上まで届かない懐中電灯の明かりを向けている。アニョウは親指で二時方向を指差した。リトルは十時方向を人差し指で指し、頷いた。

 二人は監視塔の頂上の床を滑る様に敵兵士の背後へと音もなく滑らかに進む。そして、いつの間に抜いたのかコンバットナイフで喉を掻き切った。敵兵士の喉元から赤い噴流が監視塔の外へと飛び散る。口をパクパクさせているが、声は出ない。餌を求める魚の様だ。二人はそのまま兵士達を蹴落とした。

 致命傷を与えたのは間違いないが、高さ十メートル、ビルの三階以上に相当する。恐らく、止めをさせただろう。

 他の監視塔でも同じ様な光景が繰り広げられているだろう。中には不意打ちに失敗する者も居るだろうが、現在のところ銃声は起きていない。

 アニョウとリトルは、監視塔の梯子を滑る様に降りる。革手袋をしている為、摩擦熱で火傷を負うことは無い。

 最初から準備していた。

 二人は下で銃を構え、周辺警戒をしていたティハ達に再合流する。視界の隅に四肢があらぬ方向に曲がりピクピクと痙攣をしている兵士が映る。だが、アニョウ達はその様な者は存在しないかのように建設中の基地建物へと走り出す。その兵士が生き残る可能性はないのだ。

 視界の開けた広場の様な基礎工事現場にボーっと立っていることは危険以外の何物でもない。

 遮蔽物を求め、建設中の建物に駆け寄る。四方八方からも同じ様な影が建物を目指し、走っている。レジスタンスの味方だ。他の隊も監視塔を無力化し、進撃してきたのだろう。


 ここからは、火器使用が解禁される。ルウィン隊は格闘戦を得意とするアニョウとリトルがいる為、極力無音行動を取る予定だが、他の隊は銃弾を盛大に撒き散らすことだろう。

 盛大な花火が上がる前に基地内に潜入したい。ルウィン隊の足が更に速くなる。

 近くの入口に張り付き、中の様子を伺う。静かだ。寝静まっている様だ。

 入口をミョーがゆっくりと開け、隙間から中を伺う。どうやら廊下の様だ。

 灯火管制をしているのか、単なる消灯時間なのか照明は点いていない。敵の姿も感じられない。単純に電力不足なのかもしれない。

 アニョウ達は廊下に滑り込み、入口を静かに閉じる。

 ここからは、気が重い作戦の開始だ。

 虐殺時間だ。

 見つけた人間を速やかに確実に静かに屠っていくのだ。

 そこに善悪の判断を入れる余地は無い。

 後悔をすることも許されない。

 ただただ、捜索、発見、殺害を繰り返す。ルウィン隊の全員がコンバットナイフを引き抜く。

 出会い次第、誰彼構わず、ナイフを突き立てるのだ。それが女子供であろうとも…。

 皆に覇気が無いのは、雨の中で待機していた為ではないのかもしれない。

 これから行う己の行動に自信が、誇りがもてないからなのだろうか。

 さあ、虐殺時間だ。

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