17.爆弾
ジャングルは今日も雨だった。雨季に突入し、ここ数日雨が降り続いている。
道は泥濘と化し、アニョウ達の足を重く、遅いものとした。
レジスタンスは、雨季乾季に関係なく、必要な作戦であれば実行する。
リトルが来てからの三週間の間に何度もパトロールを続け、各隊が持ち帰った情報から、政府軍が集落の北五十キロ地点にて新たな前線基地を建設していることが判明した。
レジスタンスとしては、喉元に前線基地を作られることは勢力圏を大いに削られることになる。
政府軍の前線基地が完成する前に破壊することはすぐに決定された。
雨季に土木工事を行うとは、レジスタンスは考えていなかった。
道は川となり、窪みは沼となる。工事車両が建築現場に資材を運び込むことが非常に難しいからだ。途中でトラックが立ち往生し、計画通りに輸送などできないと考えていた。
だが、政府軍の中に頭が切れる奴がいたようだった。川に目を付けた者がいた。今は雨季であり、水量だけでなく、流れも強い。また、普段陸地であるところも水中に没し、川の一部と化している。
本来ならば、増水し荒れ狂った川を使う発想は出てこない。自殺行為に等しいからだ。
だが、そこが盲点になると計画を立案し、実行した軍人がいた。現実に前線基地の構築が順調に進んでいた。つまり舟運を使用し、現地に資材と機材の搬入を成功させるという奇策を用いた人間がいた。
レジスタンスも最初は、何かの間違いではないかと考えたが、偵察による情報収集の結果、川を船が行き交い、前線基地が着々と構築されていることを確認したのであった。
川沿いの高台にぐるりと鉄条網が張られ、数棟の監視塔が敵の接近を阻むべく、目を光らせていた。
前線基地には、約五百人の人間が詰めている。全員が軍人ではないだろう。設計者、技術者、労働者が多数を占めているに違いない。
己から進んで政府軍に協力している者もいるだろうが、政治犯や人質を取られ、強制労働を課せられている者もいるだろう。
周辺のレジスタンスを総動員すれば、千五百人は動員できる。三対一であれば、未完成の基地を攻撃するのに問題ない戦力比だ。
それに地の利もあり、雨季にも慣れている。雨天戦闘や荒れた川の上空にロープを張って移動することは慣れている。
レジスタンスを悩ませたのは、軍人と民間人の見分け方であった。
軍服を着ていれば何も問題は無い。軍人だ。
私服で銃を持っている人間は、軍人か民間人か。
私服で手ぶらな人間は、軍人か民間人か。
何をもって、敵味方の識別をする判断基準がなかった。
レジスタンスに呼応して、銃を取り、合流する者もいるかもしれない。
味方のふりをして、私服でレジスタンスに潜り込み、司令官の暗殺を試みるかもしれない。
結局、レジスタンスの司令部が考えたことは至極単純明快だった。
全員、敵。
皆殺しにしろとの命令が下された。スパイを抱え込みたくない。敵の兵力は一兵でも削ぎたい。
それは恐怖心から生まれた命令だった。
政府軍は、スパイとして爆弾兵を送り込む。体に爆弾を巻き付けるなどではない。爆弾を食べさせるのだ。今の爆弾は粘土の様になっている。味さえ整えてやれば、食べることは可能だった。無論、毒性は高く、食べた人間の生命は保証できない。
しかし、施設に潜り込みさえすれば、爆弾兵の健康状態など関係ない。明日、中毒死しようが、明後日に中毒死しようが問題ない。爆弾を摂取した日に内部へと潜入できれば良いのだ。
施設近くで爆弾を強制的に食べさせられ、捕虜なり、志願兵として施設にたどり着けばよい。
そんな作戦が政府軍の中で実行されていた。
レジスタンスは、その爆弾兵の存在を恐れたのだ。
奇襲攻撃であれば、爆弾兵を仕立てる時間は取れないだろう。だが、ゼロと言い切る自信は無い。
それが苦悩の中、導き出された結論であった。
アニョウ達に作戦が知らされた時、反対意見は多く出た。だが、爆弾兵による被害を写真で見せられると次々に兵士達は口をつぐんでいった。
一人の爆弾兵だけで半径二十メートルが何かしらの被害を受けていた。中心部になると人間の形を保った死体は無かった。だが、どこかが人間であった名残を思わせる。その死体に男女の区別だけでなく、幼子や乳飲み子も数多く含まれていた。
自分の家族が巻き込まれるかもしれない。写真を見た者はすぐに結び付けた。
爆弾兵は爆発するタイミングを選択できない。遠隔操作で爆発させられる。ならば、居住区で爆発が起きることはあるだろう。
現に今、兵士たちに配られた写真は居住区で爆発した写真の数々だった。最悪を想定した状況だ。
これを見せられた上で民間人を撃てないとは言えなくなった。
レジスタンスは、この国を平和で民主主義に改革をしようとしている。
それは自分の家族が、貧困から抜け出し、教育を受け、平和に暮らすためだ。その家族を失うために命を懸けて戦っているのではない。
高い理想は確かに持ち合わせている。だが、まずは自分の家族が生き残ることが最優先されることは人間として間違ってはいないだろう。
そんな暗い雰囲気の中、前線基地攻略の作戦説明が進められたのであった。
大雨の中、ジャングルの木々に寄り添い、多くのレジスタンス達が前線基地を取り囲みつつあった。
足取りが重いのは、雨と泥道だけのせいではないのだろう。民間人を多く含んだ五百名の虐殺をこれから行うのだ。全員が軍服を着て、銃を持っていれば、心は少しばかり軽くなるかもしれない。
だが、そんな希望は一グラムも持てない。そんな都合の良い状況は無い。もしそうだったのであれば、敵の作戦にのせられ、誘い出されたことになる。
そうなれば、敵が運び入れた建築資材は重火器であり、こちらをミンチにするだけのガトリング砲やミニガンを用意していることになるだろう。
結局、生き残るには発見した人間を殲滅していくしかない。
戦闘後に民間人だったと分かっても政府軍に協力した敵だと思うしかない。
そんな士気が下がった中、作戦開始の合図を待っていた。
アニョウが属するルウィン隊もジャングルの窪地に潜んでいた。水が大きくたまり、下半身をずぶぬれにしている。
銃に泥が入らぬ様にだけ注意し、自分自身が泥まみれになることは気にしなかった。
アニョウは時計を確認する。
十六時四十三分。
まだ、日暮れまで時間がたっぷりある。暗くなり、全部隊が集結完了し、敵が寝静まるまでこのまま待機だ。
横にはティハが座り、目をつむっている。
何を考えているかは分からない。作戦説明後、誰も言葉を発しない。気が重いのだ。この方法しかないとはいえ、虐殺を行うことが…。
このレジスタンスの中で、それを些事の様に考えているのは二人だけだ。
アニョウとリトルの二人だ。アニョウは記憶が無く、家族がいない。つまり人との繋がり、関りが無かった。そして、リトルも同じだ。マフィアから派遣されただけの兵士。レジスタンスにも政府軍にも何の思い入れもない。さらにリトルは人殺しを悪いことだとは考えていない。ビジネスの一環にすぎなかった。
金を貰って殺す。そこに理念は無い。
価値観が最初から違うのだ。ゆえに二人はレジスタンスの感情は理解できても共感はできなかった。
ただ、周りが一言も話さないため、口をつぐんでいるだけであった。
余所者が口を出すと碌なことにならない。なんとなく、この数ヶ月の人生経験から得られたものだった。
―嫌な仕事だ。―
アニョウは天を仰ぐ。厚い雨雲が頭上に広がる。今夜も雨のままだろう。
これから行う虐殺を考えると面倒であった。
間違いなく、ティハの心が傷つくだろう。そちらのことの方が心配だった。




