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12/26

12.新人

 バザーから二ヶ月の間にアニョウが所属するルウィン隊は、政府軍の歩哨所の二つを潰し、勢力範囲を微力ながらも広げていた。

 その原動力になったのは、ティハの怒りが発端だった。

 アニョウの小屋に刺さっていた見慣れたサバイバルナイフは、ティハの物で間違いなかった。

 夜遅くまでアニョウの小屋で帰りを一人寂しく待っていたらしい。無論、本人に直接聞いたわけではない。

 隣人の親父がコッソリとアニョウに教えてくれたのだ。

 翌朝にはサバイバルナイフをティハに返したのだが、無言で受け取り、そっぽを向かれてしまった。

 仕事に関しては、私情は挟まず、完璧にバディとして働いてくれたので、アニョウとしてはクレームを入れる必要は無い。

 一週間、ティハはアニョウと必要最小限度の会話しかしなかった。ルウィンに対しては、無視に等しかった。

 ただ、ティハの怒りの矛先はこの二人にだけ向き、他の者に対してはいつも通りの振る舞いであった。

 どうすれば、良いのかアニョウには分からなかった。だが、単純なことだったのだ。


 隣人の親父と世間話をしている時に言われたのであった。

「なあ、アニョウ。ティハに正面から謝ったのか?」

「なぜだ?俺は軍務に従った。何も軍規違反をしていないはずだ。」

「それだ!アニョウらしいな。こういう時は謝るものなんだよ。それが家族円満の秘訣だよ。」

 親父がアニョウの顔の中心をビシッと指を指す。

「そうなのか?では、とりあえず済まんと言っておこう。」

「おいおい、それだと逆にもっと怒るぞ。」

 親父は大げさに首を振る。

「なぜだ?」

「ティハが、何に対して怒っているか理解しているか?それを理解していないと逆鱗に触れるぞ。」

「つまり、表面的な謝罪は怒りを増すということか。理解した。つまり、早く終わらせるという約束を守れなかったことが悪かったのだろうか?」

「二人の間でどんなことがあったかまでは、俺は知らねえよ。その辺をよく考えて謝罪しろよ。

 対応を間違えたら、俺たちも居心地が悪いんだ。爆弾の解体と同じで、女心は理詰めじゃ永遠に理解できないからな。その点を十分に気をつけろよ。」

「忠告を感謝する。」


 そして、翌日、ティハの前にアニョウは立っていた。

 前夜に何が悪く、どこでどの様に謝罪をすべきかのシミュレーションを数パターンしていた。

 その結果、早朝の誰もいない訓練前に二人きりの状態で謝罪をするべく行動を起こしていた。

 予定通り集落の外の訓練に使用している広場には二人しかいない。

 ティハは無表情でアニョウを見つめている。その目に、怒りも悲しみ浮かんでいない。まるで感情を表していない綺麗な人形の様だ。

「おはよう、ティハ。」

 アニョウが朝の挨拶を交わすが、ティハは何の反応も示さない。微動だにしない。

「俺なりに色々と考えてみた。だが、俺には人生経験が無い為、正解と思えるものが何か理解できなかった。」

 アニョウは一度口を閉じ、ティハの顔色を伺う。感情に変化は無い様だ。時限爆弾の解体と同じく正解を一歩一歩導いていくしかない。

「あのナイフは、私は怒っていますというメッセージで良いだろうか?」

 ティハに変化は無い。変化が出るまで慎重に言葉を選びつつ話しかける。

「怒りの元は俺が約束を守らなかったことではないだろうか。

 早く帰ると言った。だが、現実は深夜まで商談に付き合い約束を反故にした。

 誰かに遅くなるとメッセージを伝えればよかったのだ。

 そして、その日のうちにティハのもとに訪問すればよかった。

 一言、待たせて済まなかったといえばよかった。」

 気が付けば、ティハの視線がアニョウの眼球へと集中していた。

 アニョウの背中に一筋の冷や汗が流れる。隣の親父が例えた時限爆弾の解体は正しかった。たった一つしかない正解の道筋を辿っている。

「俺は記憶喪失に甘えていた。知識からティハがどの様な感情を抱いているか導くべきだった。

 すぐに戻れなくて悪かった。ティハを悲しい気持ちにさせて悪かった。俺の落ち度だ。

 心から謝罪する。」

 アニョウのシミュレーションはここまでだ。あとはティハがどの様な反応を示すか分からない。人の機微を知識で判断するには難しい。

「くくく。」

 ティハは俯き、口元に右手を当てた。

 ―怒っているのか?笑っているのか?俺には理解できない。―

「あははは、ごめんごめん。ふふふ。」

 ティハが涙を浮かべながら笑っていた。どうやら、アニョウは時限爆弾の解体に成功したようだ。

「まさか、そんなに真剣に悩んでいると思わなかったよ。ただ、ごめんの言葉だけを待ってたのに普段通りの態度だもん。つい大人げない態度を取っちゃった。

 アニョウ、私もごめんね。そうだよね。記憶喪失で感情が低いもんね。人の喜怒哀楽が分かりにくいよね。

 もっと、アニョウの気持ちが理解できるように努力するよ。私の態度を許して欲しい。ごめんなさい。」

 ティハはアニョウへ勢いよく抱きついた。

 アニョウは避けることもカウンターを撃つこともできたが、それは控えた。

 ―恐らくここは受け止めるが正解なのだろう。人の機微は難しい。―

 アニョウの胸に埋められるティハの顔。髪からは先日と同じ柑橘系の香りが鼻をくすぐる。

 ―ティハは温かくて柔らかいな。だが、この後はどうすれば良いのだろうか。―

 アニョウはそう思いながら、ティハにされるがまま、訓練が始まるのを待つことになった。

 和解するまで一週間かかり、その後のティハは非常に機嫌が良く、やる気に満ち溢れていた。

 ちなみに黒水晶のピアスは、バザー以降、常にティハを飾っていた。


 それから七週間後、マフィアとの取り決めをした兵士一名が到着した。

 その兵士を送り届けたマフィアの一個小隊は集落に宿泊することもせず、上層部と軽く打ち合わせをしただけですぐに引き上げていった。

 ルウィン隊の五人は、レジスタンスの指揮所に集められた。

 指揮所には数人の兵士が無線やパソコンを使い、各部隊の動きを壁の大画面のモニターに反映させていた。

 そのモニターの脇に事務机が置かれ、レジスタンスのリーダーであるアウンが腕を組んで座っていた。

 その横には幼い少女兵が直立不動で立っていた。

 見た目は十代前半。背は低めでほっそりとした身体つきをしていた。

 顔立ちは現地の者ではなく、東アジア系であった。中国か日本だろうか。

 髪は短く切り揃えられ、迷彩服に身を包んでいた。

 武器は所持していない。

 レジスタンスが、信頼がない者に武器を持たせるわけがなかった。

「ルウィン隊五名、来ました。」

 隊長であるルウィンが報告を上げる。

「よし、では紹介しよう。商会から選任されたリトル・スプリングだ。

 少女と言ってもよい容姿だが、シールズの選抜訓練と同等の訓練をただ一人、商会の護衛で達成した強者だ。舐めてかかるなよ。

 アニョウは全力で持てる技能を見せつければいい。教える必要は無い。勝手にリトルが盗むというのが商会からの説明だ。今日からルウィン隊で面倒を見てやれ。期限は定めていない。アニョウが教えることは無いと判断した時点で終了だ。」

「了解しました。リトルをルウィン隊に組み込みます。戦闘における死傷は不問に間違いないですな。」

「ああ、再確認している。こちらが責任を負うことは無い。自由に戦術に組み込んでよい。

 商会からは、殺すことは不可能だと自慢されたよ。」

「それほどの自信があるということですか。分かりました。遠慮なく使わせて頂きます。」

「では、リトル。自己紹介をしてくれ。」

 アウンの言葉にリトルと呼ばれた少女が一歩前に出た。

「リトル・スプリングといいます。この外見ですけれど、十八歳の大人です。子供扱いだけは止めて下さいね。

 紹介されました通り、シールズ相当の訓練をすべて首位で踏破しました。体力と目には自信あります。

 好きに使って下さい。よろしく。」

 リトルは、訛りはやや強いが、現地語で話した。コミュニケーションに困ることは無さそうであった。

 ティハがアニョウの脇腹を小突き囁く。

「生徒が可愛い子で良かったね。」

「俺はロリコンじゃない。」

「ロリコン?」

「ロリータコンプレックス。十代前半の少女性愛者のことだ。」

「彼女、十八歳だよ。大人だよ。私と同い年だよ。」

「俺はティハが良い。」

 アニョウは堂々と答える。

 ―以前の失敗は繰り返さない。もう数か月も寝食と戦闘を共にしてきたバディだ。背中を安心して任せられるからな。バディを選ぶならティハ一択だ。―

 と考えているアニョウの横でティハは顔を下に向け耳を赤くしていた。

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