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11.商談

 アニョウとティハはバザーを巡る。三軒しかない小さな小さな市場だ。それでも密林の中にある集落では貴重な娯楽だ。

 次に来るのは数か月後だろう。村人達も久しぶりの買い物に余念がなかった。

 村人達も思い思いに新しい服や調理器具等の実用品、嗜好品として酒や煙草を買っていた。ここから一番近い地方都市へ行くだけでも未舗装路を半日以上車で走らねばならない。それも政府軍とレジスタンスが睨みあう最前線の中をだ。

 民間人だろうと道路に埋められた地雷は牙をむく。

 機械は定められた通りに動作する。そこに善悪の判断は入らない。スイッチが入れば、爆発する。それだけだ。

 兵器はシンプルなほど安く確実に動作する。軍が欲する武器は、安価でどの様な状況でも間違いなく動作する武器なのだ。

 そんな便利な地雷は、主要道路に大量に埋設され、地雷埋設地図が無ければ道路を通行できない。

 そんな危険な道路を通って地方都市まで命をかけて買い物に行く物好きは存在しない。

 必然的に不定期に訪れる国境を不法に越境してくるマフィアの息のかかった商人たちのバザーに頼ることになる。

 食料は自給自足できているが、調味料や調理器具は自給できない。多少、値は張るがバザーで買う方が命をかけることに比べれば、安い物であった。

 そんな政府の戦略により、必然的に密林に点在する集落はレジスタンスを好意的に迎える土壌が形成されていた。


 ちなみに、アニョウの様にアクセサリーを買うのは珍しい。だが、一定の需要があり、利益率が良いため、必ず出品される様だ。あと、運送時に嵩張らないというのも出品される理由の様だ。

 ティハが暑い中、腕を絡ませてくるのが鬱陶しかったが、さすがにそれを拒むことはできなかった。

 記憶がなく、感情の起伏が乏しいアニョウでも理解はできる。

 ―これを暑いからと振りほどいたら、頬を殴られるのだろうな。―

 経験や感情ではなく、知識でその様に判断していた。

 アニョウに喜怒哀楽の感情はある。しかし、その表現レベルはかなり低い。男であれば可愛い少女に腕を組まれれば、鼻の下を伸ばすのだろう。

 しかし、アニョウには喜びや照れるという感情は湧かない。事実として認識するだけだ。性欲が無いとしか思えない。

 現に保護されたからの数か月、アニョウは女を欲したことは無い。無論、男もだ。もしかすると、戦闘による運動で性欲が消化されているのかもしれない。

 その代わり、人の気配、悪意、殺気には敏感となった。おかげで視界の悪い密林での戦闘に敵より先制攻撃を加えるなど有利に動けていた。

 二人がバザーを冷やかして楽しんでいると背後から小さな気配が近づいてくるのを感知した。

 ―数一つ。敵意無し。気配の大きさから子供か。―

 あどけない男の子がアニョウのもとへと駆け寄る。

「アニョウ、ルウィンが呼んでいるよ。」

 アニョウの腰あたりまでしか身長のない男の子が告げる。どうやら、メッセンジャーとしてやって来た様だ。

「えぇ~。アニョウは私が先に護衛で雇ったのに…。報酬だって先払いしたよ。」

「報酬を?貰ったか?覚えがないのだが。」

「お昼ご飯、作った。」

 アニョウは目をつむり、こめかみを人差し指でグリグリと押し回す。

 ―そうか、あれは報酬だったのか。てっきり、日頃の感謝の印だと思っていた。人の機微は難しいものだな。ティハが好意を持っていると勘違いしなくて良かった。―

 などとアニョウは思いつつ、男の子に答える。

「分かった。すぐに行く。どこに行けばよい?」

「診療所だって。アニョウ分かるよね。」

「ああ、最初に世話になった場所だからな。」

「ちゃんと僕、伝えたからね。ばいばい。」

 言いたいことを言い終わると男の子は走って戻っていた。どうやらバザーに興味がわく歳ではない様だ。もう少し大きくなれば、欲しい物でも出てくるのであろう。

 ちなみに、横から怒りの気配をヒシヒシと感じる。優しく絡められていた腕が関節技に変化していた。

 肘関節を逆方向へと曲げてきている。しっかりと決まっているのだが、いかんせん筋肉量の違いが関節技の効果を半減させていた。

「そろそろ手を離してくれないか。」

「やだ。」

「しかし、ルウィンが呼んでいる。」

「私が先だもん。護衛依頼したもん。報酬も払ったもん。」

「要件を極力早く終えるようにしよう。遅くなった場合は、ルウィンに損害を請求しろ。」

 ようやくティハが肘関節を開放する。固められていた腕に自由が戻る。同時に熱さが去り、涼しく感じた。

「これ貸しだから。大きな貸しだから。」

「俺は借りていない。ルウィンに付けろ。」

「ううう、隊長から取り立てるの難しいよ。だから、アニョウが借りて。」

「そのまま、ルウィンに伝えておこう。だから、ルウィンに付けておけ。」

「分かった。もう着替えてくる…。」

 そう言うとティハはトボトボとバザーを離れていった。

 その背中には、小さな悲しみと静かな怒りが共存していた。


 アニョウは集落の中にある診療所の前に立っていた。

 その扉の前に二人のマフィアが立っており、人が近づかぬ様に威嚇をしていた。

 もっともアニョウにとっては、威嚇とは感じられない。鳩がアホ面でホーホー言っているのと変わりなかった。

「手前はなんだ。ここは貸し切りだ。」

 マフィアの一人が扉の前に立ち塞がる。

「ルウィンに呼ばれた。帰っていいなら帰るが。」

 アニョウは面倒くさそうに答える。

「お前の名は?」

「アニョウ。」

「聞いている。入れ。」

 マフィアは横にずれ、もう一人のマフィアが扉を開ける。

 アニョウは二人の間を堂々と進み、診療所の中に入った。


 診療所の中には、四人の男が机を囲み座っていた。

 ここの主である医者であるチー。

 この集落のレジスタンスを取り纏めるリーダーのアウン。

 アニョウが属する部隊長のルウィン。

 そして、上座に見知らぬスーツを着た白人の男が座っていた。

 ―この暑いジャングルでスーツを着てくるなんてイカレている。マフィアのボスか?いやいや下級幹部か。こんなジャングルの奥地に来るんだからな。―

 紺色のシングルのスーツに黒い革靴。茶系のネクタイ。

 中肉中背。赤い髪をオールバックに流すと同時に大量の汗も流している。

 年の頃は、40代半ばだろうか。

「ふむ。君がアニョウ君か。出会えてうれしいよ。私はコマス・ヘブリーだ。

 君達と商売をさせてもらっている商社のエリアマネージャーだ。まあ、座り給え。暑いだろう。冷たい飲み物を用意しよう。アイスコーヒーで良いかね。」

 コマスと名乗った男は、空いている椅子を指差し、アニョウに座ることを勧めた。

 アニョウはルウィンへと視線を送る。ルウィンは小さく頷いた。

 それを確認するとアニョウは黙って座った。

 すぐに保温タンブラーに入れられたアイスコーヒーが用意される。

 アニョウは表面がツルリとしたタンブラーを鷲掴みし、ゴクリゴクリと喉の渇きを潤す。

 ―苦い。砂糖は入っていないな。貴重品だからだろう。―

 アニョウはタンブラーをテーブルに戻し、話を待つ。アニョウは話す言葉を持っていないからだ。

「たばこは呑むかな?」

「いや、吸わん。」

「そうか。さて、アニョウ君。君は戦闘においてかなり優秀だと聞いた。教えてくれないかな?そのノウハウを。私の護衛に反映させたいのだよ。」

「すまないが応えられない。ここの三人からも聞いていると思うが、俺には記憶がない。どの様に習得したかがわからない。ゆえにノウハウを伝えることができない。」

「では、戦闘訓練を護衛達につけることは可能かな。」

「技術的には可能だ。俺の日々の訓練の真似をしてもらうだけだ。しかし、俺には決定権がない。」

「なるほど、この三人が言う通りの人物像だ。では、誰に許可を取れば良いかな?」

「俺にはわからん。誰が俺の人事権を握っているか知らんからな。」

「では、お三方に聞こう。アニョウ君を借り受けたい。貸してもらえるだろうか。無論、報酬は出す。」

 チーとルウィンがアウンへ視線を向ける。どうやらこの地域のレジスタンスのリーダーであるアウンが人事権を持っているようだ。

「俺は報酬内容によっては貸しても良いと思っている。ただし、軍事訓練はこの集落で行い、アニョウには通常業務もこなしてもらう。戦力を減らすマネはしたくない。」

「アウンさんの意見は分かったが、それでは私の護衛が居なくなってしまう。私がこの場に留まり続けることはできないことは理解してくれるね。」

「無論です、コマスさん。護衛の代表の一人をこちらに派遣して頂き、ノウハウを蓄積後、本拠地にて指導していただくというのはどうですか?」

「ふむ、コーチを養成するわけですか。それも有りでしょうが、その方法を取るのであれば成功報酬ですね。」

「成功、失敗はどの様に判断するつもりです?ノウハウを蓄積しても教育に失敗したと言われれば、こちらに確認する方法がありませんよ。」

「コーチの養成完了で成功としましょう。コーチがノウハウの伝授に失敗しても、それはこちらの人選ミス。そちらに何の落ち度もない。それを失敗扱いにはしませんよ。何せ、今後の商売にも差し支えますからね。」

「では、その方向で契約を結びましょう。」

「良い商談になりました。」

 アウンとコマスが握手を交わす。

 ―つまり、俺は売られたわけか。面倒なことだ。―

 アウンがこちらに座り直す。

「アニョウ、聞いていた通りだ。君にはコマスさんの部下の一人に戦闘技術を仕込んで欲しい。」

「俺はここの軍事キャンプで皆と同じ訓練を受けているだけだが。」

「ああ、知っている。ティハが監督しているのもな。」

「では、ティハに指導をさせる方が良いのでは?俺は記憶がないため、人の機微が分からない。壊してしまう可能性がある。」

「ティハの指導は、一般人には良い。だが、アニョウ。君はそれ以上の訓練をどこかで受けているようだ。その技術を指導して欲しい。」

「記憶にないことは教えられない。見て盗んでもらうしかない。」

 アニョウがそう言うとアウンは黙り込み、考え始めた。

 しばしの静寂。小屋の外からバザーではしゃぐ村人の声が遠くに聞こえてくる。

 その静寂を取り払ったのはマフィアのコマスだった。

「ふむ、こういうことだね。キャンプでの訓練だけでなく、アニョウ君の軍事行動にも追随し、実際の戦闘に参加すればよいだけのことだね。」

「俺は構わない。だが、死傷率の高い最前線が俺の持ち場だ。あなたの部下の生死に責任はもてない。あと、作戦上知られたくないことも上層部にあるのではないか?」

「アニョウ君の心配ももっともだ。私の大切な護衛が死亡すれば、君の身に何かが起きるかもしれないと考えているのだね。なるほど、君は頭の回転が速いのだね。ますます、君のことが気に入った。部下の生死は不問だ。負傷しようが死亡しようがそれは部下の責任だ。アニョウ君およびレジスタンスに責任を追及しない。これでいいかい。」

「俺は構わない。上層部の判断に任せる。俺は命を拾われた恩がある。少しでも返すだけだ。」

 アニョウの背中に冷たい汗が流れる。戦場にお荷物を持って行けと言われているのだ。だが、断る雰囲気ではないことは理解できた。

 ―俺は何とかなるが、バディであるティハに負担をかけるな。バディを解消した方が良いのだろうか…。―

 アニョウがそう考えているとアウンがコマスへと話しかける。

「そんな条件で本当によろしいのか。アニョウの動きについていけるには腕利きの護衛ではなく、デルタやグリーンの様な兵士が向いてます。そんな護衛がいるのですか?」

「なるほど、そちらの方向の人材を寄こせば良いのですね。了解です。できるだけ若く活きの良いのを寄こしましょう。」

 と、アニョウの前で細かい打ち合わせが始まる。

 どうやら、この契約で何かしらの軍事的恩恵をレジスタンスが受けるらしい。それの代価がアニョウの技術だった。

 アニョウは退席することなく、この話し合いをしっかりと聞いていた。

 この話し合いの帰結点がアニョウの戦場での行動を決定する。そういうことであれば、退屈な話し合いも最後まで付き合わなければならないだろう。

 予想以上の重荷を背負わされる可能性もあるのだ。

 こうして退席するタイミングもなく、話し合いは長時間続いた。

 アニョウが自室に引き上げた時、部屋の机に見慣れたサバイバルナイフが深々と刺さっていた。

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