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10.市場

 翌日、昼食前にティハがアニョウの小屋へやってきた。

「アニョウ、お昼済ませた?」

 ティハは断りもなく扉を開けての第一声だった。

「そこはお邪魔しますや、こんにちはじゃないのか?」

 アニョウは床で腕立て伏せをしながら答える。

 腕を大きく広げ、大胸筋を鍛える腕立て伏せだ。床ギリギリまでゆっくりと体を上下させ、瞬発性ではなく、持久性を上げるための鍛錬方法を実践していた。

 そのまま体を上下させたまま、アニョウは顔だけをティハに向ける。

 ティハは、普段着の迷彩服ではなかった。白を基調としたワンピースを着ていた。逆光で体の線が透けている。

 アニョウは、それだけを確認すると腕立て伏せを再開する。

「異議有り。」

 ティハの声に少し怒りが混じる。

 ―はて、俺は何か悪いことをしただろうか?ああ、昼食を食べたかの返事をしていなかったか。―

「昼飯だったな。まだだ。腕立てをあと五十回済ませたら食べる予定だ。」

「はあ、アニョウだもんね。もういいよ。じゃあ、私が作るよ。」

 残念そうな声でティハは答える。

 ―答えを間違えたのか?解せぬ。―

「任せる。食材は自由に使ってくれていい。」

「了解。ちなみに料理の出来に関してのクレームは一切受け付けておりません。」

「栄養が取れれば問題ない。」

「はあ、面白みのない答えだなあ。もうちょっとユーモアやウィットを含ませた方がいいよ。」

「俺はイギリス人じゃない。そういうのは期待するな。」

 ティハはため息を付きつつ、アニョウの横を通り過ぎる。

 ワンピースがひるがえり、ふわりとした空気の流れがアニョウを包む。その空気には柑橘系の香りが含まれていた。

 奥でティハが棚を漁り、食材を共同炊事場へ持ち出して行った。

 アニョウは腕立ての回数をこなしていなかったが、終了させ、全身を濡れタオルで拭き始める。この集落にシャワーなんてしゃれた物は無い。

 ―しまった。トランクス一枚しか履いてなかった。これがティハの不興を買ったか。

 いや、俺が悪いんじゃない。勝手に入ってきたティハの責任だ。後で怒ってきても俺の責任じゃない。―

 アニョウは身支度を整えると集落の共同厨房へと向かった。


 ティハは集落の女達に交じり、厨房に立っていた。

 周囲が継ぎ接ぎの多い普段着を着ている中、白いワンピースのティハは目立っていた。

 ティハは集落の女達と仲良く会話をし、笑顔がこぼれていた。

 ―どうやら、俺が声をかける隙は無いようだな。―

 そう判断したアニョウは、厨房に備え付けられている八人掛けのテーブルの一つに腰かけた。

 既にテーブルには先客がおり、一家族が昼食をとっていた。集落の人口は少ない。皆が顔見知りであった。

 席に着いた瞬間、家族の父親が声をかけてきた。名前までは覚えていない。

「ティハの奴、気合が入っているな。アニョウ、今日のバザーに一緒に行くのか?」

「ああ、そうだが、なぜ分かった?」

 父親は、大きな口を開けて固まった。そして、首を左右に振り、両手を大きく広げ、肩をすくめた。

 その後、アニョウの背中をやさしくポンポンと叩くと家族団欒に戻っていった。

 ―分からぬ。何が言いたいのだ。解せぬ。―

 アニョウはティハへと視線を向ける。手にしているのが包丁ではなく、使い慣れたサバイバルナイフというのが違和感だが、楽しそうに会話をしている。

 周囲の女性が手を貸しているため、おかしな料理は上がってこないだろう。

 アニョウは集落の広場へと目を向ける。薄汚れた白いテントが三つ立てられていた。その下で商人達が持ち寄った商品を手際よく並べていく。

 これが今回のバザーの主役なのだろう。なかなかの商品数の様だ。

 この中からお気に入りや嗜好品を探すことになるのだろう。ティハが買い物にかける時間を考えると長い護衛になりそうだった。

 だが、アニョウには、もっと気になることがあった。

 バザーの周囲に七人の目つきの鋭い男達だ。肩から下げたスリングには、細長く見慣れぬ曲面で構成されたサブマシンガンP90がぶら下がっていた。

 素人が見れば、銃だとは気づかないかもしれない。銃の特徴である突き出た弾倉とグリップが無く、つるっとした塊に穴が二つ開いているようにしか見えない。

 ―P90だと。また特殊な武器をぶら下げてやがるな。

 貫通力と非貫通力を両立し、取り回しは良い。だが、専用弾に専用弾倉。一般ルートには流れないはず。それでも制式化しているということは、取り扱いできるルートを持っているということか。弾薬費も高くつくだろうに。

 西側のマフィアか?いや、マフィアだからこそ、撃ち合いになることが少ないのか。ならば弾薬費は気にする必要はないか。

 弾は小さくて軽い。携行重量が軽くなるのはメリットか。後、狭い車内への持ち込みやビル内での撃ち合いにも向いているな。

 そう考えれば、P90で正解なのか。

 バザーの商隊を護衛してきたのが、そのマフィアの様だ。

 マフィア達は、周囲だけでなく商人達にも警戒の目を配っていた。どうやら、ただのバザーではなく、危ない商品も運んできたのであろう。

 バザーを隠れ蓑にした武器売買だろうか、それとも…。―

 アニョウがマフィアに気づかれぬ様に探っていると香辛料の匂いに鼻が刺激された。

「お待たせ。豆の炒め物だよ。簡単でごめんね。」

 アニョウの前にティハが皿を置く。豆と野菜と干し肉を一緒に炒めた郷土料理が載っていた。数種類の香辛料の香りが空腹を誘う。

「いや、待っていない。旨そうだ。ありがとう。」

 ティハが差し出すスプーンを受け取り、向かいにティハが座るのを待つ。

 だが、アニョウの予測は外れた。ティハの選択は、向かいではなく隣であった。

「さあ食べて食べて。」

 ニコニコとアニョウに勧める。

「では、いただこう。」

 口に入れると香辛料の辛みが広がるが、辛すぎるということは無い。豆も柔らかく、丁寧に下処理をしたことが分かる。

「うん、旨いな。」

「えへへ。いただきま~す。」

 ティハもスプーンですくった豆を口に放り込む。ワンピースを着ているが上品さは無い。食べ方は普段と変わらず、健康的だ。それがティハらしく、アニョウの顔がほころんだ。


 食事後、早速アニョウはティハに手を引かれ、バザーへと引きずられた。

 余程、バザーを楽しみにしていたのだろうか。

 アニョウの興味はティハやバザーに向かず、マフィアに向いていた。

 現在のところ、マフィア達は周辺警戒で済ませている。特に何かをするでもなく、煙草を吹かしている。

 集落の中心からルウィンがバザーに近づくとマフィア達の動きが変わる。四人がバザーに残り、三人がルウィンへと近づく。

 その後、ルウィンとマフィアは集落の中心へと消えていった。

 ―やはり、バザー以外にも目的があったか。武器の取引か。鹵獲品はこの為か。それがレジスタンスの資金源か…。なるほど。―

 ティハが手を引っ張り、アニョウの意識をバザーへと引き戻す。

「何か気になる物あった?」

「そうだな、このピアスはどうだ。」

 アニョウは、目の前にあった四角くカッティングされた小さな黒水晶のピアスを指差した。

「可愛いけど地味じゃないかな。」

「光にも反射せず、密林の中でも目立たない。つまり、戦闘中でもつけられるが。似合うと思ったが駄目か?」

「あ、へえ~。ふ~ん。そうなんだ。なるほどねえ。そうか、そうか。うんうん。」

「気にいらなかったか?」

「ううん、逆。たった今、とても気に入った。」

「店主、これをくれ。」

「毎度。」

 店主は小さな白い布で丁寧にピアスを包み、ティハへと手渡した。

 手を伸ばしていたアニョウは、手持ち無沙汰になる。

「俺が買ったんだが。」

「お届け先は間違いないでしょ。」

 店主がニヤニヤしている。

 ―確かに日頃から世話になっているから、その礼だと考えていた。間違いではないのだが、本人が手渡すべきではないのか。解せぬ。―

 モヤモヤしたまま、代金を支払う。隣でティハが布を広げ、ピアスに目を輝かせていては返せとは言えない。

「はい、確かに。指輪もありますぜ。旦那。」

「残念だが、今ので手持ちの金は無くなった。」

「それは残念。じゃ、次のバザーで待ってまさあ。彼女さんを大切にね。」

「ああ、無論だ。バディだからな。」

 ―何当たり前のことを店主は言っているのだ。命を任せる仲だぞ。人間関係を大切にするに決まっているではないか。―

 平然と答えるアニョウ。だが、隣のティハは大人しくなり、俯き、モジモジしていた。

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