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雪は嫌いだ

作者: 白湯

駄作。多分面白くはない。

私は今日、先輩に告白しようと思う。

校門の前で先輩を待ちながら、誰にも届かない心の中で私はそう決意を決めていた。

同じ様に決意を決めてから出来ずに幾日か経ってしまったが、今日が期限だろう。先輩はもう受験期の目の間で、ここを逃せば結果が良かれ悪かれ先輩の邪魔をしてしまう。

だから今日こそ勇気を出そうと思っていたのだけれど......。

「なんでこうなるかなぁ」

目の前に広がる世界は一面の白色に染まっている。

つまりは信じられない程の吹雪で、頬に勢いよく小さな氷の塊がぶつかってくる。手が悴んでしょうがない。

私の人生の大事な場面ではいつもこう。雪はこういう日にはいつだって邪魔してくる、だから雪は嫌いだ。

でも多分、こんな吹雪の日に告白すればきっと記憶に残るだろう。雪国の生まれの私たちなら、多分お似合いの日なんだろう。

そんな風に無理矢理自分を鼓舞して起き上がらせる。ここを逃せばきっとまた勇気を出すことはないだろうから諦めて今日決行する他ないんだ。

「はぁ......」

「どうしたの?溜息なんかついて」

雪のせいか怒りのせいか、顔を真っ赤にしながら溜息をついていると、急に後ろから誰かが声をかけてくる。その声の持ち主を私はずっと知っていて、今も待ち望んでいた。

「わ、先輩!急に話しかけないでくださいよ!」

驚いて上げようとした声を喉元で飲み込んで、何もないような顔で返事を返す。

「ごめんごめん、いっつも驚くのが面白くてさ」

「私をなんだと思ってるんですか〜?」

少し小突くとけらけらと笑いながら彼はそう謝ってくる。

同じ様に真っ赤に染まった彼の笑顔を見ていると、さっきまでの気分はどこかに消えていく。やっぱり彼の事が大好きなのだろうとまた自覚させられる。

「大事な後輩だよ、さ 行こうか」

頭をぽんぽんと叩かれて彼は歩きはじめる。彼の長い足ならきっと私よりも速く歩けるだろうけど、私に合わせて歩いてくれている。こういうところがずるいんだ。

「先輩、こういうの誰にでもしてるんでしょう?」

「してないよ、お前にだけさ」

恥ずかしくないのかこの人は、こんなテンプレな返しに胸が高鳴っている私も私なんだけど。

こんな風に胸を高鳴らせているわけにもいかないんだった。ここからバス停に着くまでの少しの間だけしか告白のチャンスはないんだから。

「ねぇ、先輩」

「なんだ、どうかしたか?」

「す...好きな人とかいるんですか?」

駄目だ。足を一歩踏み出すだけなのに、その一歩がどこまでも果てしない。

「好きな人〜?秘密だよ秘密、教えてやんない」

色々なことが頭の中を逡巡する。好きな人を隠すってどういうことだろうか。好きな人がいるのか、いや私が好きだからかもしれない。

いやそんな事はどうでもいい、人の気持ちなんて考えたって分からない。なら当たって砕けるしかないだろう。

「先輩っ......」

ああもうどうしてなのか、言葉がどうにも出てこない。言葉が喉につかえて息が出来ない。

「なんだよさっきから?何か言いたいことがあるなら言えよ」

さぁ言うんだ私、ここしかないんだ。言うしかないんだよ。出せよ勇気。

詰まった呼吸を押し流す為に、ふっと軽い深呼吸をする。

「先輩よく聞いて下さい」

私はようやく覚悟を決めて、吹きすさぶ吹雪の中で凍えた体を奮い立たせて彼の目の前に立ち向かう。

彼もきっとこれから告げる言葉には気付いていて、どこか覚悟を決めたような目をしていた。

「好きです、付き合ってくれませんか?」

色々伝える言葉は考えていたけれど、全部吹き飛んでしまってどうしようもなく平凡だ。でも私が伝えたい気持ちはきっと、きちんと届けられただろう。

彼はその言葉を抱き留めて、どう言葉を返すべきかと頭の中で思案しているようだった。

その時間は多分数秒にも満たなかった。だけども、私の中ではその時間が長く長く引き延ばされていく。

ここを過ぎればきっと、私達の関係は大きく変わってしまうだろう。自分で踏み出したはずなのに、この時間がいつまでだって続けば良いと思ってしまう。

だけどもそんな時間は当然そう長くは続かない。自分の中では数分にも、数時間にも感じられたその時間は彼が自分の中で言葉を紡ぎ終わったことでようやく終わる。

彼はそうして重く閉ざした口を開いた。

「そうか、お前が勇気を出してくれたことは分かる。でも俺はお前の気持ちは受け取れない。色々理由はあるけどさ、ごめん」

頭が真っ白になる。

受け取れない、ってどういう意味だろうか。実はオッケーって意味があったりしないかな。いや分かってる、分かってるんだよ、そんな訳はないって。

でもどうしても彼に別れを突きつけられた事を、私の心は理解をしたくなかった。

思わず立ち止まってしまって、先輩も少し立ち止まってから私を置いて歩き出す。きっとそれは先輩なりの気遣いで、その気遣いがどうして心に染みてしまう。

儚く潰えた恋心に灯った灯火は、そう簡単に消えはしないらしい。

ぼんやりとしている内に彼はもう遠く離れていった。吹雪のせいで姿は薄ぼんやりと見えども、顔なんかは見えもしない。

それでも鮮明に顔が思い出せて、ようやく涙がこぼれだす。頬を流れ伝う涙は、これまでの思い出の鍵を開けていく。鍵が1つ開くたびに、どんどん涙が溢れだす。先輩と初めて会った思い出も、一緒にお祭りに行った思い出も、皆で花を見た思い出も。先輩と交わしたひとつひとつの言葉だって昨日のことのように鮮明に思い出す。

それは私の手からぼろぼろとこぼれ落ちて、もう必要の無いものなんだという現実を突きつけられる。

より一層涙が溢れ出す。既に失ってしまった思い出を見ながら何十分もただひたすらに泣き続けた。

いくらだって泣けそうな気がしたけれど、涙はいつの間にか枯れてしまって、気持ちは未だに落ち着かない。されど流石にこのままいる訳にはいかないと言うことに気付く。俯いたまま鉛のように重い足を無理矢理動かして、バス停へと歩き出す。その時間はまた、無限にも続くように感じられた。

長い長い旅路を歩いてバス停へとようやく着いた。

そこには彼に姿はない、私が泣いている間に去っていってしまったらしい。

先輩が居たはずの空間をぼおっと眺めながら、1人の寂しさに凍える。吹雪をしのげる建物なんてない吹きさらしの中で雪は一層強くなる。

吹き荒ぶ風と雪の中、身を震わせるとなんだか少し、雪が暖かく感じる。そんな暖かい雪が自分を包みこんでくれているみたいで、少しだけ慰められたような気分になる。

心にぽっかりと空いた穴を雪が少しずつ埋めてくれる。

それでようやく俯きながら前を向くことが出来た。

「ありがとう」

1人寒空の下で誰にも届けるわけでもない感謝が口をついて出る。きっとこれは雪に対する感謝で、それでいて彼に対する別れの言葉なのだろう。

ほっと一息つくと同時に、バスが丁度現れて窓から白い世界を眺めながら、その日は帰路へと着いた。家に帰って泥のように眠ったことを覚えている。

次の日登校するのがなんだか億劫だったけれど、噂の1つだって立っていなくってクラスでは何事もなかった。ただ1つ違ったことと言えば、その日から彼と帰ることも、話すことも一度だって無くなってしまった事だろうか。けれど、彼の生活も私の生活も1つも変わることはなくって、それがなんだか悲しくて傷付いたりもした。

そんな風に傷心を引きずっている内に彼の卒業を見送ってしまって、私も彼の記憶をどこかに抱えたまま卒業を迎えた。

卒業してからの日々は想像していたよりも中々に忙しいもので、そんな日々の中で一生の傷だと思っていた彼の記憶は、徐々に薄れていった。

それから数年経って、今や私も会社員だというのだから人生とは簡単なものなのかもしれない。

珈琲の煙を燻らせながら、そんな風に埃の被った思い出を開いて感傷に浸る。

「あんたそんな優雅に珈琲飲んでる場合じゃないでしょ」

皿洗いをしている母親の声がキッチンから響いてくる。

その声で一気に現実へと引き戻されて憂鬱な気分を取り戻してしまった。

「やめてよお母さん、楽しいところだったのに」

こんな朝から会社へと行かなくてはいつまで経ってもなれることはなく、悲しい気分になってしまう。

そんな憂鬱を紛らわせるために珈琲を啜る。

「あんたほっといたら遅刻するじゃない」

時間は8時を回るところだから言われるのも仕方がないか。ずずっと珈琲を啜りきると、勢いよく椅子から立ち上がる。

「わかってるよ!もうちゃんとしてますから!」

会社員ももう2年目なんだから、そんなへっぽこなミスはしない、それに今日は大事な会議の日なのだからましてそんなことはしない。したのは1年目に何度かだけだ。

少しだけ背伸びをして買ったブランドのバッグを背負って、ハンカチとティッシュをポケットに放り込む。

「いってらっしゃーい」

母親の言葉を背に受けて少し急ぎ足で玄関の戸を開く。目に飛び込んできた世界に驚愕する。

外は一面の白で、一寸先は闇とはこの事を言うんだろう。

見たことが無い位の吹雪だ、と思ったと同時に段々と記憶の底にこびりついたいつかの記憶が段々と浮き出してくる。こんな大雪は確か、先輩に振られた時と同じ。

思わず苦笑いが出てしまう。

今の自分にとっては懐かしいだけの記憶になってしまったが、この思い出はあの頃の自分には重たかった事をよく覚えている。

あんなものはちっぽけだったのだろう。何度だって出会いも別れも訪れる。きっとこれだけ雪が降っているのだから今日も何かが訪れる。

今日も訪れる大事な場面を想像するなら、きっとそれは白い世界の中だ。

そんな白い世界はどうあれ自分を受け入れてくれるんだろうけど、それでもやはりうんざりとする。

雪が運んでくる出会いにちょっとばかりの感謝と不満を込めて、少し晴れやかにこう呟いた。

「あぁ、やっぱり雪は嫌いだ」

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