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第6話 潜在症例

夜の都会は静かだった。

あまりにも静かで、息を潜める者たちには却って耳障りなほどだった。


玲司は紗世の手を引きながら、裏道を縫うように走っていた。

心臓の鼓動が徐々に鼓膜を叩き始めていたが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。


……追われている。

それは確信だった。


研究機関の一部――加賀谷たちが、玲司たちの動きを明らかに掌握していた。だが今は逃げることが最優先。紗世はすでに息が上がり、足もふらついている。


「このままじゃ……まずいな……」

短く息を吐いた玲司の頭に、ある地図情報が浮かんだ。研修時代、コロナ禍における感染症対策の講義で紹介された、旧・感染症モニタリング施設。


“夜間医療観察拠点・第9号”――

新型コロナウイルスのパンデミック当時、濃厚接触者や後遺症患者を経過観察するために稼働した仮設の医療ユニット。現在は閉鎖されたと聞いていた。


玲司はスマホで施設名を検索しながら驚いた。今も、細々と稼働している。


《夜間ストレスケア支援・睡眠外来受付中》

受付時間:19:00〜翌5:00


「……生きてるのか、こんな施設が。」


選択肢はなかった。安全を求めるには危険すぎるが、今は紗世を休ませる場が必要だった。


施設は、都心の外れの古いビルの地下にあった。

小さな看板に「明石町ナイト・ケアセンター」と書かれた建物の入り口は、一般の通行人には気づかれにくい。照明は落ち着いた電球色。明らかに“夜”に配慮された空間設計が施されている。


中に入ると、思いのほか清潔だった。簡素な受付カウンター。誰もいない待合スペース。奥に控えめな診察室の灯りが漏れている。


玲司が受付のチャイムを押すと、しばらくして白衣を着た女性スタッフが現れた。


「ようこそ。おふたりとも、お疲れのようですね。問診票をご記入ください。順番にお呼びしますので。」

笑顔の中に、どこか無機質な印象が残る。あくまで、事務的。


問診票に紗世の症状を記入する……

「夜になると覚醒感が高まり、逆に昼間は著しい疲労感」

「最近、嗅覚や視覚が過敏になっている」

「微熱が続く」

「空腹を感じる頻度が異常に高い」


玲司は、書きながら背筋がひやりとした。

これはただのストレスや睡眠障害ではない。明らかに、紗世と酷似した“初期感染反応”だ。


ふと周囲を見渡すと、他の患者が二、三人、ソファに座っていた。

全員が無言。

目は泳ぎ、落ち着かない様子。中には水を繰り返し飲む者や、指先を何度も揉み込んでいる者もいた。


玲司の目に、共通項が浮かび上がってくる。

体温の低さ。視線の鋭さ。瞳孔の反応異常。

医学生としての直感が叫ぶ――これは「病人」ではない、「変異者」だ。


診察を終えた紗世が、待合に戻ってきた。


「大した検査もされなかった。熱を測って、少しだけ血を……で、様子を見ましょうって。」


玲司はその“血を取った”という点に反応する。


「どこに、何のために、送っているんだ?」


だが、それを問う術はなかった。

この施設は、生き延びるために利用する場。真実を暴くには早すぎる。


そのとき、診察室の奥の管理端末がちらりと見えた。

画面にはこう表示されていた。


《対象番号:#SY-87》

バイタル監視中/自律神経反応:異常域/感染指数:要経過観察

転送先:第7解析ラボ


玲司の目に、そのファイル名が映る。


——NOAH_Protocol/潜在症例リスト


玲司は目を見開いた。


「ここも……やっぱり、つながってる……」


明石町ナイト・ケアセンター……それは避難所などではなかった。

Project NOAHが生きている証。感染者を泳がせる“生きた観察装置”だった。


彼らは、すでに囲いの中にいた。

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