第2話 隠された真実
玲司は自室の薄暗いデスクに座り、志村貴之博士から送られてきた暗号化されたデータを睨んでいた。データファイルは高度なセキュリティで保護されており、簡単には開けそうにない。
「これ、どうやって解くんだ……?」
独り言を呟きながら、玲司は専門書を取り出し、解読ツールの作成を始めた。コンピュータにはそれなりに詳しいが、ここまで厳重な保護が施されたファイルを扱うのは初めてだった。
数時間の試行錯誤の末、ようやくファイルの一部を解読することに成功した。そこには、NeoSerumの基礎研究データや臨床試験の結果が詳細に記載されていた。しかし、その中の一節が玲司の目を釘付けにした。
「NeoSerumの基幹機能における予期せぬ変異現象の記録」
「変異因子α:宿主の免疫機能を最適化する過程で、血液中の特定成分に依存する傾向を発現。吸血行動を誘発する可能性あり。」
玲司の心臓が跳ね上がった。
「吸血行動……? 冗談だろ。」
彼は何度も文章を読み返したが、意味は変わらなかった。NeoSerumにはウイルス抑制効果のほかに、特定の条件下で宿主を吸血衝動に駆り立てる変異因子が潜んでいるというのだ。
さらにデータを読み進めると、志村博士の手記が記録されていた。
「NeoSerumの変異因子αは、極限状態に置かれた細胞環境で進化的適応を示す。これは偶然の産物ではない。外部からの圧力が存在するのか?」
「政府との共同開発の段階で、いくつかの不審な試料が提供された。誰がこれを混入させたのかは不明だ。」
玲司の頭の中で、いくつもの疑問が渦巻いた。NeoSerumは本当に人類を救うためだけに作られたのか? 政府はこの変異因子の存在を知っていたのか?
翌朝、玲司は研究室に向かいながら昨夜のデータのことが頭から離れなかった。通勤電車の窓から見える街並みは、一見すると平和そのものだが、彼の目には不気味な静けさに覆われているように感じられた。
研究室に着くと、彼は周囲の目を盗んで研究データベースにアクセスした。NeoSerumに関する情報をさらに掘り下げようとしたが、ほとんどのデータがアクセス制限されていた。
「やっぱり……何か隠されている。」
玲司はつぶやいた。
そのとき、背後から教授が声をかけてきた。
「おや、志村君。熱心に調べ物をしているようだね。」
玲司は一瞬動揺したが、平静を装い振り返った。
「ええ、NeoSerumに関する追加資料を探しているんです。」
教授は意味ありげな笑みを浮かべた。
「君も気になっているんだね、あのワクチンのことが。でも注意したほうがいい。あまり深入りすると、戻れなくなるかもしれないよ。」
その言葉に、玲司は背筋が凍る思いだった。教授が何を知っているのかはわからないが、NeoSerumにまつわる秘密が彼の思っていた以上に深いことを感じ取った。
その日の夜、玲司は自宅で再び資料を見直していた。手記の最後のページには、志村博士の切実な思いが綴られていた。
「玲司へ――もしこれを読んでいるなら、君に託したい。この世界には真実を知る勇気を持った者が必要だ。NeoSerumがもたらす未来を君の手で変えてくれ。」
玲司は深く息を吸い込んだ。叔父の言葉は彼にとって重すぎる責任だったが、同時に逃げることは許されないと感じていた。
「真実を知る勇気……俺に、それがあるのか?」
その夜、玲司の胸に一つの決意が芽生えた。NeoSerumの秘密を暴き、吸血ウィルスが人類にもたらす未来を自らの手で切り開くと。