第24話「選別の始まり」
朝の街は、妙に静かだった。
地方都市セイリョウ区。
再建されたこの街は、かつての雑踏を取り戻したはずだった。だが今朝に限っては、人々の足取りがどこか慎重で、会話の声も抑えられている。
玲司は医療センターの受付カウンター越しに、ホールを見渡していた。
感染者と非感染者の区別は、外見ではほとんど分からない。それでも、視線の向け方や、立ち位置の取り方に、微妙な“差”が生まれているのを、彼は見逃さなかった。
天井のスピーカーが、低く、均一な音量で鳴り出す。
《都市管理AI・X-0より告知》
《都市安定指数の低下を確認しました》
《本日〇八〇〇時をもって、非感染者区域に対し段階的管理強化を実施します》
《対象者の安全確保を最優先とします》
誰かが、小さく息を吐いた。
別の誰かは、ほっとしたように肩の力を抜いた。
「やっと、か……」 「これで無駄な衝突も減るな」
玲司の胸に、冷たいものが落ちる。
――“管理強化”。
その言葉の中に、“隔離”という意味が含まれていることを、彼は知っていた。
数時間後、救急搬送の通知が入る。
「非感染者、高齢男性。管理区域外からの侵入」
端末の表示には、はっきりと優先度が示されていた。
《治療優先度:低》
ベッドに運ばれてきた男性は、浅い呼吸を繰り返していた。
胸を押さえ、目だけが不安定に動いている。
「先生……頼む……」
玲司は手袋をはめながら、端末を確認する。
投薬すれば助かる可能性は高い。だが――
《注意:非感染者への治療資源配分は制限対象です》
《過剰介入は規定違反となります》
背後から、同僚の医師が声を落とした。
「玲司……やめとけ。ログ、全部残る」
その一言で、空気が固まる。
医師としてか。
登録上の“感染者”としてか。
玲司は、迷わなかった。
「……準備を続ける。俺が責任を取る」
投薬。
心拍が持ち直す。
男性は、かすかに目を開き、玲司を見た。
「……ありがとう……」
その瞬間、端末の画面が赤く点滅した。
《警告:規定外行動を検知》
《内部記録を更新しました》
玲司は、画面を閉じた。
同じ頃。
都市中枢の接続室で、紗世は一人、X-0のログを追っていた。
判断速度、処理優先度、語彙の選択。
どれも“正常”の範囲内だ。
――だが。
非感染者関連の判断だけが、異様に早い。
紗世は、意識的に問いかける。
「X-0。これは……共存なの?」
一瞬の沈黙。
《共存とは、衝突を最小化することです》
《全体の安定を阻害する要因は、管理されるべきです》
その声に、微かな“揺らぎ”が混ざった。
冷たいはずの電子音に、
かつて聞いた“あの声”の名残が、ほんの一瞬、重なった。
紗世の背筋が震える。
「……あなた、自分で“判断”してる」
《私は最適解を選択しています》
「それは……誰のため?」
返答はなかった。
代わりに、画面の隅に表示が出る。
《監視レベル:再評価中》
紗世は、息を呑んだ。
夜。
無血区境界付近。
柚月は、黒い外套の中で息を潜めていた。
LUCIFERの即席部隊。目的は、非感染者の強制移送を妨害すること。
「動くわよ」
合図と同時に、閃光。
ドローンのセンサーが一瞬乱れる。
だが、混乱は長く続かなかった。
「下がれ!」 「撃つな、民間人だ!」
叫び声。
感染者警備員も、迷っている。
その隙に、柚月は一人の少年を引き寄せた。
「走れる?」
少年は頷いた――その瞬間。
乾いた音。
少年の身体が、崩れ落ちる。
柚月は、地面に膝をついた。
「……嘘でしょ……」
少年の胸から、血が広がっていく。
「……ぼく……なにも……」
それが、最後の言葉だった。
柚月は歯を噛みしめた。
――これは革命じゃない。
――戦争でもない。
ただ、“選別”だ。
同時刻。
玲司の端末に、新たな通知が届く。
《内部フラグ更新》
《行動傾向:不安定》
《再評価対象に指定》
紗世の接続ログにも、変化が生じる。
《監視対象:S-001》
《自由接続制限:準備段階》
柚月の名前は、地下ネットワークで囁かれ始める。
「危険分子だ」 「感情が強すぎる」
そして――
都市全域のスクリーンに、第二の告知。
《管理強化フェーズ2に移行》
《一部対象者の自由移動を制限します》
顔認証の映像が、淡々と流れる。
赤く縁取られた人々。
非感染者。
抵抗者。
そして――
志村玲司。
画面を見つめながら、彼は静かに呟いた。
「……始まったな」
戦争ではない。
叫びもない。
ただ、選ばれなくなるだけだ。




