第1話 希望の新薬
地球規模で猛威を振るったウイルス感染症「CRV-23」の流行が収束したのは、NeoSerumワクチンの成功によるものだった。開発者である志村貴之博士は、世界中から称賛を浴び、その名は「救世主」として歴史に刻まれた。しかし、それは誰も予測し得なかった新たな悲劇の始まりでもあった。
玲司は医大の講義室で教授の話を聞き流しながら、数年前のことを思い出していた。CRV-23のパンデミック時、彼はまだ高校生だった。感染症の恐怖に怯え、外出を控える日々の中で、叔父である貴之博士のテレビ会見を何度も見た。
「NeoSerumワクチンは完全に安全で、全人類を救う力を持っています。」
当時の彼はその言葉を信じ、希望を抱いた。しかし今、医学生として科学の厳しさを学ぶ中で、その希望はどこか疑わしいものに思えてきていた。
講義が終わると、玲司は研究室に向かった。彼は貴之博士の影響を受けて医学の道を選び、感染症の研究を志していた。研究室では、CRV-23の後遺症に苦しむ患者のデータ分析が行われていた。その一環として、玲司はNeoSerumがどのようにウイルスを抑制したのかを学んでいた。
研究室の隅で、教授が玲司に声をかけた。
「志村君、君の叔父さんのNeoSerumには今でも謎が多い。あの短期間でワクチンを完成させた経緯は驚異的だよ。君も志村博士のようになりたいのか?」
玲司は一瞬、言葉に詰まった。
「はい……でも、叔父のような成果を出すのは簡単ではありません。」
教授は笑みを浮かべたが、その目にはどこか憂いが宿っていた。「あのワクチンの全貌を知る者は、実際にはごくわずかだ。私も研究してみたが、何かが隠されている気がしてならない。」
その言葉は玲司の胸に重くのしかかった。NeoSerumの恩恵で救われた人々がいる一方で、数年前から一部の感染者に奇妙な変化が起きているという噂が絶えない。吸血衝動や、常人を超えた身体能力。都市部での暴力事件や失踪者の増加は、単なる偶然とは思えなかった。
その日の夜、玲司のスマホに一通のメールが届いた。送り主は叔父の志村貴之博士だった。
> 件名: NeoSerumに関する真実
本文:
玲司、君がこのメールを読む頃には、私はもう動けないかもしれない。
NeoSerumには重大な欠陥がある。いや、欠陥というよりも……「意図しない進化」だ。
これ以上詳しくは書けない。今すぐこのアドレスにアクセスし、資料を確認してくれ。
君だけが頼りだ。
玲司は驚きと恐怖で息を呑んだ。叔父からの突然の連絡。そしてその内容。資料へのリンクをクリックすると、見慣れない暗号化されたデータファイルが表示された。彼の手が震える。
「これは……一体何なんだ?」
玲司は知らないうちに、NeoSerumがもたらす闇に足を踏み入れていた。そしてそれは、彼の人生を一変させる最初の一歩だった。