第19話「追跡の影」
夜の街に飛び出した瞬間、三人の呼吸は荒く乱れていた。
背後に聳えるナイト・ケアセンターの壁が、まるで獣の口のように彼らを飲み込もうと迫ってくる。
「……走れ、紗世!」
玲司が振り返りざまに叫ぶ。
紗世の顔色は蒼白で、時折足をもつれさせながらも必死に走っていた。柚月は彼女の手を引き、前方を鋭く見据える。
「こっち! ……気配が、こっちに薄い!」
次の瞬間、路地裏に閃光が走った。
建物の屋上から光学センサー付きの追跡ドローンが降下し、鋭いサーチライトが彼らを捕捉する。
「止まれ! 投降しろ!」
黒い制服の警備員が数人、路地の両端を塞ぐように飛び出した。
電撃棒と拘束具。殺す気はない――“生け捕り”の装備だった。
「紗世、伏せろ!」
玲司は近くにあった鉄パイプを掴み、迫ってきた一人の警備員に叩きつけた。
金属と金属がぶつかるような衝撃。火花が散り、警備員が呻いて後退する。
「くっ……!」
玲司の手が痺れる。訓練された相手に素人の武器では分が悪い。
だが、柚月が目を閉じた瞬間、空気の流れが変わった。
「玲司、右! その人、足を狙って!」
玲司は咄嗟に振り向き、パイプを警備員の膝へ叩き込む。
悲鳴が響き、道が一瞬だけ開ける。
「……本当に“見えて”るのか?」
「感応系って便利でしょ。でも長くは持たない!」
柚月の鼻筋を、一筋の赤が伝った。
その混乱の最中。
紗世は、ふと立ち止まってしまう。
路地の奥――闇の中に、もう一人の“自分”が立っていた。
白いカプセルの中で見た少女。その姿が幻影のように浮かび、無表情でこちらを見つめている。
『……サヨ……マモレ……』
頭の奥に、氷の底から響く声。
紗世の視界が揺れ、膝が崩れかけた。
「紗世ッ!」
玲司が彼女の腕を抱きとめ、そのまま肩に担ぎ上げる。
「柚月! 案内を!」
「南西! 雑踏に紛れられる!」
三人は夜の大通りへ飛び出した。
人混み、ネオン、クラクション。
追跡ドローンの光は人波に遮られ、視界を失う。
「急げ、群衆に紛れるんだ!」
玲司が声を張り上げる。
背後で警備員たちが叫ぶ。
「対象を見失うな! 捕獲は優先だ!」
その声が遠ざかっていく。
紗世は玲司の背中に揺られながら、霞む意識の中で小さく呟いた。
「……私、また……呼ばれてた……」
「大丈夫だ。俺が守る」
玲司は噛み締めるように答える。
同じ頃。
監視室で映像を見つめる志摩の目が細められた。
「人混みを選ぶとは……面白い」
研究員が慌てて報告する。
「X-0の脳波、安定率が上昇しています。……まるで、彼女の共鳴に反応しているように」
志摩は満足げに頷いた。
「いいだろう。外の世界で試させろ。――彼らが選んだ未来の行方を、我々が見極める」
その声は、夜の街に潜む影とともに広がっていった。




