第18話「閉ざされた出口」
施設全体が低いうなりを上げた。
壁に埋め込まれたランプが赤く点滅し、けたたましい警報が響く。
「――制御不能個体、南棟にて発生!」
「鎮静チーム、至急展開!」
職員たちの叫びが飛び交う中、玲司は紗世を抱き寄せた。
彼女の顔は蒼白で、唇が小さく震えている。
「紗世……しっかりしろ」
応えはない。だが、その胸の奥で微かな脈動が赤く光を帯びるのを、玲司は見た。
――X-0との“共鳴”。
背後から冷静な声が響いた。
「やはり始まったな」
振り返ると、志摩が現れていた。
黒いスーツに銀縁眼鏡、その姿は騒乱の中でも微動だにせず、すべてを掌握しているようだった。
「……紗世をどこへ連れて行く気だ」
玲司は睨みつける。
志摩は淡々と答えた。
「選別だ。彼女はX-0の“鍵”になれる。共存の未来を開く唯一の核だ」
「それは実験動物にするってことだろ!」
「違う。これは人類の進化だ。弱さでは何も護れない。彼女が選ばれれば、感染者も非感染者も――その狭間を超えられる」
志摩の言葉は正論の仮面を被りながらも、冷たく突き刺さる。
その時、紗世の耳元で小さな声がした。
「……いや……行きたくない……」
玲司は強く抱き締めた。
「聞こえただろ。彼女は“人間”だ。お前の計算式じゃない!」
志摩の表情がわずかに揺らいだその瞬間。
背後から忍び寄る影が玲司の腕を引いた。
「こっち」
振り向けば柚月だった。
淡い栗色の髪が揺れ、目だけが鋭く光っている。
「……裏に非常口がある。私も出たいんだ。手伝う」
玲司は一瞬ためらったが、紗世が弱く呟いた。
「……外の空気、吸いたい……」
その言葉が決断を促した。
玲司は柚月の示す通路へと走り出す。
背後では、警備兵たちの足音が近づいていた。
地下の暗い廊下を抜けると、鋼鉄の扉が現れた。
【非常用搬出口】――赤い文字が塗られている。
「ここだ!」
玲司が取っ手を引くが、重いロックがかかっていた。
柚月が息を呑む。
「特別なカードキーがないと開かない……志摩が持ってる」
玲司は歯を食いしばった。
あと数秒で追っ手が来る。
その時、腕の中の紗世が目を開いた。
赤い光がその瞳に揺らぎ、声が重なる。
『……オマエ ニ マカセル』
玲司の全身に震えが走った。
それは紗世の声であり、X-0の声でもあった。
「……紗世?」
彼女の指先が扉に触れる。
次の瞬間、電子ロックが一斉に火花を散らし、扉が低い音を立てて開き始めた。
玲司は目を見開く。
「……まさか、制御を……!」
背後から兵士の怒号が響く。
「止まれ! そこから先は――!」
玲司は紗世を抱え直し、柚月と共に闇の通路へと駆け込んだ。
閉じゆく扉の向こうで、志摩がモニター越しにその背中を見つめていた。
静かな声が、無人の監視室に落ちる。
「ようやく“試練”を選んだか……」
赤いランプの明滅だけが、彼らの逃走を祝福するかのように瞬いていた。
――彼らの「脱出編」が、ここから始まる。




