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ずっと書きたいと思っていた和風ファンタジーです。長編として執筆していましたが、あまりに構成が下手だったので、短編集としてお読みください。
「ねえ、聞いてるの? ちょっとお菊」
「あ、うん」
電話越しに聞こえる母の声に、菊子は我に返った。
もう、とため息混じりに不満を零す母は、きっと頬を膨らませてぷりぷりと怒っているのだろう。
記憶の中にある可愛らしい母の姿を想像してしまい、菊子はこっそり笑んだ。
「それじゃあ、このまま話を進めてもいいのね?」
「……うん、いいよ。悪い人ではなかったし」
つい先日、菊子はお見合いをした。
提案してくれたのは父だった。菊子の父は大手会社に勤めており、経営に携わる人事を担当しているらしい。だから三十路を迎えてもなかなか結婚しようとしない娘を心配して、社内で有望な人材を結婚相手にどうかと勧めてくれたのだ。
紹介してくれた相手は、普通の人間の男だった。彼が優しい人柄であることは菊子にもすぐわかった。ずっと緊張している菊子が話しやすいように、彼は終始気づかってくれていたからだ。自分より年上だったが、菊子もまた、彼が時折見せる照れくさそうな笑顔を少しだけ可愛いと思った。
好きだった。
好きになれると思った。
内気な自分に対し、根気強く何度もデートに誘ってくれる人だ。
相手にその気があるのはわかっている。
でも木皿菊子は他人と関わることが苦手な、根暗で臆病な性格の人間だから。
だから気づかないうちに、逃げ道を探してしまった。
迷いがあるから、菊子はその男の魅力に惹かれたのかもしれない。
俯いていた視界に入ったのは、ラベンダー色のソムリエエプロン。次に、ネイビーのコックコートと、七分袖から伸びる引き締まった腕。高身長ですらりとしたその体躯を辿れば、満月のように美しい金色の瞳が自分を捉えている。とても秀麗な顔をした男だった。
――女はイケメンに弱い。
どこかの誰かが吐き捨てた言葉が脳裏を過る。
その通りかもしれない。でも、それだけではない、とも思った。
「ようこそ、たまゆらへ。あなたは運のいいお客様ですね」
落ち着いた声と、穏健な態度。
それがあまりに親しみやすくて、心地良いと感じたのだ。
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