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事故か自殺か殺人か

 バスを降りると、途端に蒸し暑い空気が身体を包み込んだ。カンカンに熱を放つ太陽は今年もオゾン層を突破し、この本州最北端にある青森の地を、気温30度まで温めている。バス車内のクーラーはあまり効いてる気がしなかったが、どうやら外気温が高すぎただけのようだ。額から、うなじから、脇の下から、全身のありとあらゆる毛穴が大量の汗を放出し始め、厚めに塗った日焼け止めが流されやしないかと心配になる。

 私の名前は東南アズマミナミ。青森市内にある小学校に通うごくごく普通の小学5年生である。今日は趣味で書いている小説のイメージ作りのためにバスで1時間のところにある廃墟にやってきた。首から下げたタオルで汗を軽く拭い、ショルダーバッグを開けて中から塩タブレットを取り出し2,3個口にほおりこむ。小学生の体は代謝がえげつないので、夏場は頻繁に水分と塩分を補給する必要がある。

 よし、と一息つき、歩き出す。限界集落だからか休日の昼間なのに人の気配がない。この暑さだ、お年寄りは家にこもっているだろうし、若者や子供たちは町まで遊びに行っていることだろう。まぁ、それにしたって静かすぎるが。

 昔何かを売っていたであろうシャッターの下りた元商店や何を祀っているのかわからない祠を横目に見てしばらく歩く。すると奥のほうに森が見えてきた。木々に囲まれればこの暑さも多少マシになるだろうと思い少し急ぎ目に歩く。

 森に入るとやはり木々が太陽を遮ってくれずいぶん涼しく感じる。道路はコンクリートがひび割れ、その隙間から根性たっぷりの雑草が生えている。ずいぶんデコボコで歩きづらいし、落ち葉だらけで少々汚いが、まぁほとんど人が通らない道だ。仕方ない。

 森の中をしばらく歩いていると、右へ曲がる道がみえてきた。その道は砂利道になっており、道路側とは比べられないほど雑草が生い茂っている。田舎少女のプライドと気合いでその道を突き進むと、錆びて朽ち果てた門だったようなものの残骸が現れた。根元から折れてしまい地面に寝そべってしまっている。これでは人どころか車ごと敷地に入れる。足元にだけ気を付けながら私はそれを跨いだ。


 敷地に入ると、途端に木々が開け、広場が現れる。事前に調べた情報では5000ヘクタールの面積があると言っていたがそれが東京ドーム何個分なのかは知らない。その広場の中央にポツンと7階建てのビルが建っている。壁には蔦が絡みつき、窓ガラスは割れて中は大荒れである。台風のあと見たいだ。

 私はショルダーバッグからカメラを取り出す。廃墟に特段興味はないが、写真を後で眺めることで物語にアイデアが浮かぶ。こともある。だからこうして廃墟の写真を撮っているのだ。

 私はいろんな角度で撮ったり、後ろに回ったりして撮りまくる。中に入って撮っても見たいがさすがに危険が危なそうだからやめておく。いくら何でもTシャツに短パン、スニーカーという超ラフな服装でがれきの山に突貫するほど私は馬鹿じゃない。30分ほどかけてパシャパシャするといい写真がたくさんとれた。今夜はこれを眺めてアイデアを絞り出そう。

 少し疲れたから敷地を出て近くの倒木に腰掛け、写真の確認をする。およそ100枚。これだけあればなんか思い浮かぶだろう。などと一人で物思いにふける。


「こんなところに女の子一人とはずいぶん珍しいですね」


突然声がした。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!!!!??????」


自分でもびっくりするくらいびっくりした。完全に油断していたとはいえ、こんなにびっくりできるとはびっくりだ。バクバクする心臓音を聞きながら声のしたほうを見ると、どこのかわからない制服を着た女性が腹を抱えて笑っていた。


「いや、びっくりしすぎでしょwwwwwwくぁwせdrftgyふじこlpって実際にいう人初めて見ましたよwwwww」


私は一人大笑いを続ける胡散臭い人物を見たままゆっくりと退路を確保する。たぶんこの人は関わっちゃダメな奴だ。こういう人は背中を見せて逃げようとすると追いかけてきて襲ってくる性質があるから、このようにあとずさりするのが有効なのだ。よく手を広げて自分を大きく見せて威嚇するのが有効と言っている人がいるが、それは逆に相手の闘争本能を煽る危険があるためやめたほうがいい。


「あぁ!待ってください!逃げないでください!私は怪しい人じゃありませんよ!」


「怪しい人はみんなそういうんです。」後ずさりを続けながら私は言う。


「待ってくださいよ!ごめんなさい!笑いませんから!ちょっと待ちましょう!」


制服のその人がこちらに近づいてきた。ひぇ。


「休日の真昼間に制服のままで一人廃墟にいる人物を怪しむなというほうが無理では?」


一部飛んできたブーメランは気にしない。だって小学生だもーん。


「わかりました!自己紹介しましょう!」


そいつはそういうとその場でクルリと周り、いいとこのお嬢様が舞踏会でするようなお辞儀をした


「私の名前は如月弥生キサラギヤヨイ。見ての通り超絶美人なJKです。以後、お見知りおきを。」 


スカートの襞を両手でつまみ、少し持ち上げきれいなお辞儀をした。私は如月を眺める。ショートに揃えたボーイッシュな茶髪系の髪、目は紫系の色。八重歯がちらと見えた口元に高い鼻。よく見ると身長もそこそこありそうで、まぁ端的に言うと確かに美人である。


「東南と申します。よろしくお願いします。」


私は一応自己紹介をしてお辞儀をする。


「東さんですね、よろしくお願いします!」


如月はずいと近づき手を差し伸べてきた。急激な距離の接近。私は一歩下がる


「なんで避けるんですか!自己紹介したじゃないですか!」


如月が足をだんだんして抗議する。いや、そんな地団太踏まれても。つうか本当に地団太踏むやつ初めて見た。


「知らない人についていくなと言われてるので。」

「むぅ、ずいぶん徹底していますね。今の小学5年生はそんなに徹底されているんですねぇ」


今も昔も小学生の扱いは変わらんだろうに。ん、ちょっとまて?


「如月、今私のこと小学5年生と言いましたか」

「はい、言いましたよ?」


え、なんだこいつ、本当にやばい奴なのか。私は後ずさりする


「あれ!?待ってください!なんで逃げようとするんですか!?私何かしましたか!」」

「あの、私、年齢を言った覚えはないんですが、なんで私が小5だと知っているんですか」

「あぁ。なんだ、そんなことですか。ちょっと推理しただけですよ」

「推理?」

「はい!といっても、そんな大げさなものではありません。まず、貴女のその服装です。最近の小学生はマセて居るとは言われますが、それでも子供は子供。夏はTシャツに短パンという人は多いです。しかもこんな森の中に入るのにそんな恰好をする人はそのほとんどが小学生でしょう。ただ、ラフな格好をするにも、6年生になるとやはり見た目気を使い少しはおしゃれをするものです。しかし、貴女のその恰好は小4にしてはしっかりしています。小6にしては子供っぽいけど小4にしてはしっかりしている。つまりあなたは小学5年生です!QED。」


なるほど。なんかそれっぽいことを並べているが、つまりあてずっぽうということだろう。言わないでおくけど。「で、何か用ですか」


「いえ、用事というのはないのですが、こんなところに一人でいる小学生が珍しいなと思っただけです。何をしていたのですか?」


まぁ、確かにこんな廃墟の近くに小学生一人でいるのは珍しいかもしれない。私は警戒を解く。限りなく胡散臭いが悪い人じゃなさそうではある。


「そこの廃墟の写真を撮っていました。私は趣味で小説を書いているので、そのイメージ作りをしていました。」


私が言うと、如月の目がきらりと光った「ほう!小説!どんな奴ですか?」

「推理小説です。といってもあまり本格的なものは書けませんが。」

「ほうほう!推理小説!いいですねぇ!でしたらちょっと、私の出す推理問題に挑戦してみませんか?」


推理問題?ずいぶん面白そうな響きである。まだ昼過ぎだし、小説のいいネタになりそうだ。それにどうせ今日の私の用事は終わっている。


「推理問題ですか、面白そうですね。いいでしょう、付き合ってあげます。」

「お!いいですね!では早速始めます。これは実際にあった事件を問題にするために加筆修正したものです。すでに解決した事件ですから、警察が出した結論を正解としますでは始めます。」


 昔々、といってもそんなに何十年も前の話ではありません。ほんの10年前後のお話です。あるところにある建設会社がありました。その建設会社は別におおきい建設会社じゃありません。従業員は50人くらいなのでまぁ、普通の中小企業です。

 さて、ある日、この会社の社長と従業員の合わせて4人が、とある7階建てビルの屋上にやってきました。そのビルの屋上には転落防止のフェンスが着いているのですが、そのフェンスが壊れてしまい、人が転落する恐れがあるためそれを修理しにきたのです。4人は屋上に到着すると早速作業の準備を始めました。

 さて、平和に作業をしていた時でした。まもなくお昼休みに入るので、社員の一人が、社長を呼ぼうと振り返りました。すると、そこに社長の姿がありません。その社員は首をかしげます。あれ?さっきまでそこにいたよな?自分の手を止め社長が作業していたはずの場所に行きます。あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。社長の姿はありません。

 その社員はほかの二人にも声を掛けました。社長を見なかった?いや、見てない。どこ行った?3人でキョロキョロウロウロ。ふと、1人が修理中のフェンスから下を覗きました。

 その目線の先、およそ19m下の地面に、変わり果てた社長の姿がありました。発見した人はびっくり仰天。腰を抜かしつつ2人に救急車を呼ぶように言いました。救急車はスグに到着。しかし、社長は既に亡くなっていました。その後、警察が来て、捜査を始めました。

社長の死因ですが、転落した際の衝撃によって頭部を強打しており、それが直接的な原因でした。落下時についたとされる体の損傷は次の通りです。私はお医者さんじゃないので正式名称じゃない場合もあるかもしれませんがご了承ください


頭蓋骨後頭部陥没・頚椎骨折・寛骨骨折・大腿骨頸部骨折・脛骨折・踵骨折


この他に、背中側に擦り傷や内出血が見られました

ちなみに、社長の体は頭をビル側にし、仰向けで地面に倒れていたそうです



「以上が大まかな概要になります。では、シンキングタイムスタートです!尚、質問はいくらでもしていいですが、分からない場合や正解に関係ないものは分からないと言います。それから、聞かれた事にのみ答えますので、ご注意を」


ふむ、思ったよりちゃんとしてる。私は探偵よろしく顎に手を当て考える。「ちなみに、警察はスグに結論を出したのですか?」


「うーん、スグという訳ではありませんが、そんなに時間をかけたわけでもありません。せいぜい1ヶ月程でしょうか」


1ヶ月。どんな結論でも断定するのにそこそこ時間がかかったようだ。


「わかりました。とりあえず殺人の線は無さそうですね。事故か自殺で考えて良さそうです。」


私が言うと、ほうと驚き目を見開く「その根拠は?」


「ビルの屋上から転落死した社長、現場には作業員が3人、時間が日中。正直、警察なら当然真っ先に殺人を疑うでしょう。そして調べるはずです。特に殺人の疑いが強ければ、しつこいほどに調べます。3人も容疑者がいて、たった1ヶ月で結論が出せるとは到底思いません。ですから、殺人の線は考えなくていいと思います。」

「例えば、3人が共謀し口裏を合わせていたとか?」如月が反論する

「そうなればそれこそ捜査に時間がかかると思います。また、3人のうちのだれか一人だけが犯人だとしたら逆にスグに結論が出ていたと思います。」


そう説明すると、如月は満足そうにニコニコした。正しいかどうかは言ってこないがどうやら全く的外れでも無さそうだ。

さて、そうなると事故か自殺か、どちらかに絞ってよさそうだ。とはいえそれが難しいのだが。何せ警察ですら結論を出すのに1ヶ月かかったのだ。


「とりあえず、警察が事故、自殺と考えた根拠を聞いてもいいですか?」

「はい、勿論です。まず、警察が事故と考えた根拠ですが、先程概要で伝えた通り4人はフェンスを修理しに来ていました。実はこの修理の作業中、4人とも安全帯やヘルメットなどをつけていなかったのです。また、当時は非常に気温が高く、熱中症になりやすい環境でもありました。そして何より、 社長は朝の集合から作業中に至るまでいつもと全く変わった様子がありませんでした。しかも死亡する2ヶ月先にまで予定が入っていたのです。これから自殺をしようという人間が、直前までいつも通り仕事が出来るだろうか。しかも、予定まで入れて。これが事故と考えた根拠です。

次に自殺と考えた根拠ですが、この会社、1億円位の赤字があり、倒産寸前でした。しかし、社長が亡くなった事により死亡保険でその赤字を帳消しにする事ができました。ちなみに、保険金の額はちょうど必要だった1億円。保険自体は社長が会社を立ち上げた時に入っていたもので、金額も会社の業績に合わせて上げていたのでそれ自体は不審点はありません。ただ、この直前に銀行が融資を打ち切っており、金策に相当苦労していたようです。」


なるほど、事故の要因も自殺の根拠もしっかりあるわけだ。ただ、今聞いただけだと事故の印象が強い。確かにこれから死のうとする人が従業員に悟られないほど普通に仕事をするとは思えない。


「因みに、保険金は満額で支払われたんですよね?」

「はい、社長はこの保険会社と長年取り引きしており、従業員は勿論、車両や器具等のあらゆる保険をこの保険会社で契約していました。また、担当者が社長の古い知り合いだった為、事故、自殺に関わらず満額が支払われました。」


うーんなるほど。保険金から結論を出す事は出来なさそうだ。ちょっとまとめてみよう。


社長は屋上から転落死した。従業員は社長が落ちたところを見て居なかった

作業中、安全帯等をしていなかった

会社は赤字があり、倒産寸前だった

死亡の2ヶ月先まで予定を入れていた

死亡保険1億円がちょうど必要な金額だった


こんなもんか。他に聞いてない事はあるだろうか。いや、無いはずだ。少なくとも、これだけの情報にプラスアルファで警察は結論を出したのだ。警察に出来て私に出来ない事は無い。多分。

とはいえ、結論がどっちつかずになってしまう。という事は、まだ私が手に入れてないプラスアルファの情報の中に確信があるのだろうか。と、ここでふと疑問が浮かぶ。


「そういえば如月、そもそも何故警察はこんなに詳しく調査したのですか。状況からしたら警察としては事故で処理してしまおうと思うはずですが。」

「ああ、それはですね、保険会社が事故か自殺かしっかり調査して欲しいと依頼したからです。結果としては、お得意先だったから結論に寄らず満額は支払われましたが、何せ1億円という金額ですから、あくまでもきちんと真実を知った状態で支払いたいという想いがあったのでしょう。」

「ちなみに、通常の顧客が自殺をした場合、保険金は満額支払われますか?」

「いいえ。通常は20~100%のペナルティがあります」


なるほど。私は腕を組んで考える。これはもしかして。だが、これだけでは根拠に、乏しい。これぞという決め手がほしい。警察は他にどんな情報を使って結論を出したのか。うん?警察?もしかして


「如月、警察が調査したということは、司法解剖したんですよね?」


私が聞くと如月はニッコリ頷く


「はい、勿論です。その結果が概要の時に説明した身体の損傷部分です」

「もしかして、その損傷部分。特に下半身は左右で損傷してませんでしたか?あと、寛骨(かんこつ)って腰骨の事ですよね」

「はい、寛骨から下の骨は左右両足に損傷が見られました。というか、寛骨の事よく知っていましたね?その通り、寛骨は腰骨にあたる部分です」


やはりか。私は如月の説明を聞いて頷く。「結論が出ました。」

「おや、急ですね」如月が驚き顔をする

「はい。この問題、分かる人が見れば簡単に答えに辿り着けるようになってますね。初めから必要な情報が全て出ていました。」

「ほう。では、説明をお願いします」


私は答えを語り始めた


結論としては、社長は自殺です。根拠としては身体の損傷の仕方があります。

まず、事故死または殺人だった場合を考えます。7階建てのビルから落ちたとすれば身体の姿勢はほぼ頭が下になります。つまり、地面に初めに激突するのは頭になります。それなのに下半身の損傷が妙に多かったです。ただ、これだけでは例えば空中で回転しながら落ちたかも、と考えることも出来ます。その結果下半身が先に地面に激突した。ただ、それでは不自然な損傷のしかたをしています。

それは、下半身が左右両方に損傷を負っていたと言う部分です。体制を崩して落下して居ますし、不慮の事故や殺人であれば空中でひと暴れあるでしょう。そうして落ちたなら損傷は左右どちらかに寄るのが普通です。極めつけは、寛骨、つまり腰骨を損傷していた事です。

この骨は、大変太く、頑丈に出来ており、直接衝撃を加えなければそう簡単に砕けるようなものではありません。その骨が砕ける程の衝撃が加わったという事は、社長はほぼ直立のような形で落下したと思われます。自殺すると覚悟を決めた人が飛び降りる時、頭から行かず、立ったまま落ちる人がほとんどです。そして、覚悟を持って飛んだわけですから空中ではほとんど姿勢が変わりません。社長は、両足から地面に激突し、下半身を砕き、勢いのまま後頭部を強打し、亡くなったと推察されます。

さて、自殺としたら、2ヶ月先に予定を入れたり、直前まで普通に仕事をしているのは随分不自然に感じます。なぜそんなに面倒な事をしたのか。それは保険金が満額支払われなければならなかったからです。

必要だった負債額は1億円。保険金も1億円。満額支払われなければ必要額に届かなくなってしまいます。しかし、自殺してしまえば、ペナルティがあります。満額で支払われたのはあくまでも保険会社の独断であり、当然、社長は知らなかったわけです。ですから、満額を手に入れる為に直前までいつも通り過ごし、自殺するつもりなどサラサラない、といったように見せかけてそして当時決行しました。

結論として、社長は自殺。その根拠は身体の負傷位置が自殺以外ありえないから。


「……と、以上が私の回答ですいかがでしょうか」

「お見事です!まさに完璧な回答です!東さん、頭良いんですねぇ!」


パチパチ、というよりぺちぺちとした音の拍手をして如月が言う。うーん、絶妙に癪に障る。


「ちなみに、これ、実際の例を元にしたものなんですよね?現実の方で会社はどうなったんでしょうか?」

「ああ、その会社は負債を返すことが出来、社長の奥さんと娘さんが会社を引き継いで今も経営してるようですよ」


そうか。社長が命を懸けて守ったものは今も残っているようでほっとした。


気がつけば太陽が少し傾いている。どうやら思っていたより夢中になっていたようだ。自分のスマホで時間を確認すると、午後の便までもうすぐになっていた


「やばい、もうこんな時間ですか。私は帰ります。中々面白かったです。ありがとうございました」


私はぺこりお辞儀をしてその場を立ち去ろうとする


「あっあっ、待ってください!正解のご褒美をあげましょう」

「別にいらないです」

「まーまー、そう言わず」


如月はそう言うとずいと近づき、私の手のひらになにか乗せてきた。


「飴ですか??」私は訝しげな顔で如月を見る

「それしか手持ちがありませんでしたメンゴメンゴ」


顔の前で手を合わせて如月が言う。いや、今どきメンゴメンゴなんて言う人いないだろ。まぁいいや。突っ込むのがめんどくさい


「ありがとうございます。貰っておきますね。では私はこれで。」


私は踵をかえし、その場を去ろうとする


「はい!私も楽しかったですよ、また会いましょう」


如月の声が背中にあたる。もう一度挨拶がてらお辞儀くらいしてやろうと振り返る

そこに、如月の姿はなかった。あれ、と周りを見渡すが、人が通れる所はないし、隠れられる所も特にない。


「あれ、如月?」


私が呼びかけた言葉は風に吹かれた木々のせせらぎにかき消された。私は握った手のひらを見る。そこにはしっかりと飴玉があった

変なのと首を傾げその場を後にする。帰り道中、貰った飴玉を口に放り込むと、パインの味が口に広がった。たまたまだろうが、私が一番好きな味だ。


バス停に到着すると、向こうからちょうどバスがやってきた所だった。ギシギシプシューっと音を鳴らしながら私の目の前に止まると、バタンとドアを空けてくれた。

座席に座り、口の飴を転がす。如月弥生。あいつ何者だったんだろうか。


ポケットの中で、飴玉の殻がカサカサと音を立てて揺れている

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