16.仕方ないですね
ソフィさん、あなたは……
なんでソフィは余裕ぶっこいて紅茶なんて飲んでるわけ?
しかも座っているのは──。
「ぐぎぎ……にゃ……」
なぜが下着姿で人間椅子ならぬ魔族椅子となったエイシェトの上。
って下着!?
「ちょっとライってば魔族にまでエッチな目を向けて……」
「いやしてないって! 誰だって驚くだろ!」
プリテラさん、ウソを拡散するのはやめてください!
「ソフィ、いったい何が……」
「それがですね。エイシェトさんがどうしても椅子になりたいと言うのですよ」
「言ってにゃ……いいえ、言いましたにゃ! あにゃしは椅子になりたいにゃ!」
「ついでに言うと、さっきのはちょっとしたイタズラだったそうです」
「そうですにゃ! 出来心でついイタズラしちゃったにゃ! だから【魔燼女王】様には絶対に言わないで欲しいにゃ! 反省してるにゃ!」
【魔燼女王】って確か『七不可触』の一柱である〝現・魔族の女王″だよな。
いや言われなくてもそんなヤツ知らないしチクるつもりもなかったけど……なんでこんなことになってるんだ?
「少しお話を聞いてみると、エイシェトさんはまだ子供でちょっと功名心がありすぎて暴走したらしいのです」
「そのとおりにゃ! 皆に黙ってあにゃし一人でやったにゃ! だから許して欲しいにゃ」
「私としてはどうでも良いのですが……どうしますか? とりあえず下着姿になってますが裸にひん剥きますか?」
「にゃっ!?」
いや剥かなくていいけどさ。
「だってよ、どうするリーダー?」
プリテラさん、都合の悪い時だけ俺にリーダーを押し付けないでくれよ。
でもなぁ、ソフィに踏まれて涙ながらに許しを乞う魔族を見てると居た堪れなくなるんだよな。年代的にエテュアと重なるし。
「プリテラはどうなんだ?」
「別にソフィも無事だし、リーダーが良いならボクはかまわないよー」
「デストは?」
『デストローイ』
どうやら二人とも気にしてないようだ。
だったらまあ……いっか。
「わかったよ、もう悪さをするなよ」
「にゃーー! ありがとうございますにゃーー!」
「でもさっきのキューブ、あれは」
「あれは魔族の研究所からあにゃしが勝手に持ち出した魔族の極秘研究にゃ! だからここは見なかったことにして欲しいにゃ!」
王立魔導研究所に勤めている俺には分かる。あれはかなりヤバいものだ。正体が不明な存在だが、人の知識ではまだ辿りついてないものだろう。
ここで見過ごしていいものか──。
「ライさん、ここはお互いのために見なかったことにするのが良いと思いますよ」
「え?」
「下手に魔族に目をつけられたくないですよね」
ソフィの言う通りだ。
別に俺は英雄になりたいわけじゃない。ましてや魔族と人との間に諍いの種を蒔きたいわけでも、過去の大戦を繰り返したいわけでもない。
ただ、いち冒険士として、このシルバリオンサーカスで楽しくストレス発散したいだけなんだ。
「……エイシェト」
「にゃ?」
「帰っていいよ、もう悪さはするなよ」
「ありがとうございますにゃーー!」
泣いて喜ぶエイシェト。
泣くほどなら、こんな変なことしなきゃいいのにな。
「ではエイシェトさん、ごきげんよう。──あなた、わかってますよね?」
「わかってるにゃ! あにゃしは何も言わないにゃ!」
「もう2度と悪いことはしちゃメッ、だよー」
「もう金輪際こんなことはしないにゃ! 魔族に二言はないにゃ! それではみなさんさようならにゃーー!」
「待ちなよ、このマントを着てくれ」
「にゃ!?」
さすがに妹くらいの歳の子がそんな格好をしてるのは見てられないや。
「まあライってば紳士!」
『デストローイ』
「ありがとにゃ! 恩に着るにゃ!」
頼むから恩よりも服を着てくれないかな。
……まいっか。
◆◇◇◆
恐ろしいにゃ。
酷い目に遭ったにゃ。
エイシェトはライに渡されたマントを羽織り、泣きながらダンジョンから脱出していた。
「あいつら何者にゃ! とんでもないにゃ!」
エイシェトには信じられなかった。
あのダンジョンを僅か1時間足らずで走破するなんて、上位冒険士クラスじゃないとありえない。
しかも──。
「あのエネミーボックスを全員あっさり突破してくるにゃんて信じられないにゃ。あの数を殲滅するだけで1時間はかかるにゃ」
それを3人が3人とも突破してきた。
「上位冒険士か、それ以上の……とんでもないパーティにゃ」
だがエイシェトにはあの3人以上に恐ろしい存在がいた。
「なによりあいつは、ソフィは──」
こんなに恐ろしい目に遭ったのは初めてだった。
エイシェトは先ほど起こった恐ろしい現実を思い出す。
──身震いと恐怖と共に呼び起こされる記憶を。
◇
「エイシェトさん。あなたは魔族姓が〝サーティーフォー″ということは、34階位──男爵級ですね。ちゃんと上の許可を取って来てるのですか?」
「にゃにゃっ!? ……にゃんでそんなことを知ってるにゃ!?」
「その様子だと、どうやら許可は取ってないようですね」
「う、うるさいにゃ! そもそもあにゃしは魔族のために動いているんだにゃ! 虫ケラは黙ってるにゃ!」
「私は虫ではありません。バッタと一緒にしないでください」
「何でバッタにゃ!?」
オホン、と咳をして気持ちを整えるエイシェト。
「……そのまえにソフィ、貴様はあにゃしに全部ゲロ吐くにゃ。にゃんで──そんなに魔族のことに詳しいにゃ?」
「私はいろいろと勉強しているのです」
「そんなの理由にならないにゃ! 言う気がないなら……痛い目に遭うにゃ!」
ジャギン、とエイシェトの爪が伸びてソフィの喉元へと突きつけられる。
「おやおや……ピンチですね」
「今更ビビっても遅いにゃ、舐めた態度取ったことを後悔するにゃ」
「これは……私の命の危機です。仕方ありませんね」
「何が仕方ないにゃ?」
「私は母親から〝生き物を傷つけてはいけない″と約束をさせられています。それはもう──強い強い〝約束″です。破ると命の危機に陥るくらい」
「貴様……なにを言ってるにゃ?」
「ですが、例外があります。私の命の危機に関わるときです。そのときは──許可が出ます」
「な、なにの許可がでるにゃ?」
「相手を攻撃する許可です」
……ビキッ。
ビキキッ。
「な、なんの音にゃ?」
「仕方ありません、仕方ありませんね。なにせ私の命の危機なのですから」
バキッ。
バカバキバキ。
「ちょ、な、なに──」
「本当は私、ずっと我慢していたのです。パーティの皆ばかりが暴れて──本当は私も暴れたいのに」
「あんたなにを──つ、ツノ!?」
「でも仕方ありません。母親は言いました。『あなたは我慢を覚えなければなりません。人の世界で学んでくるのです。これは──あなたへの愛であり罰である』と」
「あんたの母親って何者!? しかも翼まで生えてきた!? ってことはあんた──あんたも魔族ッ!?」
「だからずっと我慢していたのです。ですが──命の危機であれば仕方ないですよね?」
エイシェトは聞いたことがあった。
魔族の国である魔界にいる、とんでもない怪物のことを。
あまりに強すぎ、破壊的であるがゆえに母親である【魔燼女王】ですらも手を焼いていた──恐ろしい存在。
確かその名は──。
「あんたまさか──【殲滅魔姫】ソフィアセレーネ!?」
『私のことなどどうでも良いではないですか。さぁ……少し遊びましょう』
遊ぶ?
とんでもない。
虐殺の間違いだろう。
なにせ目の前にいるのは──。
「その姿、ドラゴ──」
『すぐに壊れないでくださいね、つまらないので』
「ひぃぃぃぃ、おたすけーーー!!」
気がつくとエイシェトは涙を流しながら土下座していた。
徹底して無抵抗を貫いた。
服も脱いで降伏をアピールした。
「ごめんにゃさい! あにゃしが悪かったですにゃ! 本当にごめんにゃさい! もうしません許してくださいにゃー!」
『……つまらないですね、もっと抵抗してくださいよ』
「抵抗なんていたしません! わにゃしが間違ってました! お願いですから命だけは助けてくにゃさーい!」
「……どうして服従するのですか。もっと私に害意を向けてもらわないと──遊べないじゃないですか」
だが結果としてエイシェトの対応は正しかった。
己に害意を向けるものには抵抗できる。逆に言えば──無抵抗の相手は傷つけられない。
それがソフィに与えられたルールだったのだから。
「あんな恐ろしい目、2度とゴメンにゃ」
這々の態でダンジョンから脱出したエイシェトは魔界へと舞い戻る。
おそらく自分が暴走した行為を全て暴露することになるだろう。結果、酷い罰が待ち受けているに違いない。
それでもまだマシだとエイシェトは思っていた。
あんな恐ろしい──魔族随一の狂獣と、2度と対峙したくないと思っていたから。
続けて第一部ラストになります!




