15.本気
「おえっ」
込み上げてくる吐き気。
これは転移、されたのか?
あのネコミミ魔族が光るキューブを回転させた途端、飛ばされた。
なんだあのキューブは。まるで『帰還宝石』みたいだけど、所有者ではなく特定の相手を強制的に飛ばしている時点で機能は異なるようだ。
おまけに吐き気もするから、ダンジョンに渡るゲートに近いもののようだ。おそらくダンジョン内限定の──いや、今はそれどころじゃないか。
「ぐるる……」「がるる……」「ごるる……」
周りには数十体のエネミーの姿。★1のダンジョンだから小鬼タイプしかいないけど数が多い。どうやら雑敵部屋に飛ばされたみたいだな。
だけどそのことはどうでもいい。雑敵がいくら集まったところで雑敵でしかない。
問題は──ソフィがたった一人で残されたことだ。
彼女は〝不殺の誓い″があるから相手を攻撃できない。絶体絶命のピンチのはずだ。しかも相手は魔族。
パーティの仲間のピンチには、すぐに駆けつけて助けなければならない。
それが冒険士の矜持だ。
「仕方ないなぁ……まいっか」
全力で。
全速力で。
ソフィの元に駆けつける必要がある。
であれば──出し惜しみはしない。
「久しぶりに本気を出すか」
俺は額に巻いていた魔力制御の額飾りを取る。
最初からフルパワーでいくぜ。
「雷導四式──《雷染》」
ドギャバガンッ!
部屋中に迸る電撃。次の瞬間には周りのエネミーたちが消滅する。
俺の最大火力である広範囲殲滅型雷撃──《雷染》を食らったら、小鬼程度では存在できないだろう。
「悪いな、お前たちを相手してる暇はないんだ。雷導五式──《雷存》」
続けて雷力を使った〝身体強化″で全身に雷を纏う。
これで通常の数倍の速度を出すことができる。明日筋肉痛になりそうだけど、仕方ないさ。今はスピード重視だからな。
邪魔するエネミーに雷撃を繰り出しながらソフィの元へと急ぐ。
俺は──ひと筋の稲妻となった。
◇
デストが飛ばされたのは、ライと同様にエネミーがみちみちと満ちた部屋であった。
『デストローイ』
デスト、いやローレライン・アマステリア・ティア・アストライアーは思う。
まずいわ、ソフィさんが一人になってしまった。
今のままでもエネミーを撃退をすることは可能ですが、時間がかかりすぎます。
ソフィさんは攻撃をしません。ですから一刻も早くソフィさんの元に駆けつける必要があるのです。
『デストローイ(こうなっては仕方ないわ)……』
ユリウス従兄さまとの約束を破ってしまうことになるけれど仕方ない。
大切な、数少ないわたくしのおともだちのピンチなのだから。
ここで力を使わないで、いつ使うというのでしょう。
──いきますわ。本気を出しましょう。
『デストローイ!(〝──絢爛たる王者の血よ、今こそ目覚めよ″)』
ローレラインの心の声に『凶狂騎士の黒甲冑』が応えるかのようにミチミチと音を立てる。
『──デストローイ(〝王家の舞踏会″──《典雅なる舞踏》)』
ローレラインの全身が光り輝き、バルチナセル王国の王家の血筋のものだけが持つ〝天恵″が発動する。
その正体は──桁違いの、とてつもない〝身体強化″。
『デストローイ!(解き放て、破壊衝動)!』
暗黒の鎧を身に纏ったローレラインが剣を振るうと、衝撃波が悍ましい音とともに炸裂し、大量のエネミーを文字通り粉砕する。
あとには──魔石すら残らない。まさに殲滅。
死を撒き散らすローレラインの舞踏により──エネミーたちは一気に駆逐されていった。
「デストローイ(さぁ、急ぎますわ。ソフィさんが待っていますから)」
力強く一歩足を踏み出すと、地面が陥没し──ローレラインは猛烈なスピードで弾き飛んでいた。
目指すは──おともだちの元へ。
◇◇
「あちゃー、飛ばされたかぁ」
周りを大量のエネミーに囲まれながら、プリテラは焦った様子も見せずにため息を吐く。
「こっちのモードだと超古代魔導器が使いにくいんだけどなぁ……仕方ない、本気を出すか」
プリテラはネックレスの赤い宝石に触れる。
「発動せよ──『転換』」
赤色の宝石は青色へと輝きを変え──。
「まったく、チェリッシュじゃないね。でもさっさと行こうか」
すらりと背が伸び笑顔を浮かべた青年が姿を表す。
プリテラ──いや【七色の勇者】ステラードは髪をさらりと指で解く。
今や彼の腕や足には、複数の宝飾具が装着されている。その全てが超古代魔導器なのだ。
「それじゃあデストじゃないけど邪魔者を殲滅しようかね。とりあえずはこいつでいくか、左手に宿りし──《粉砕の巨人》」
ステラードの額に奇妙な紋様が浮き上がり、同時に左腕に嵌っていた腕輪が輝き始める。
浮き上がった──蒼白い巨大で半透明な腕。
ステラードが持つ七つの超古代魔導器が起動したのだ。
「──巨人圧帯撃! ふんっ」
どがぁん、という破裂音とともに、部屋を埋め尽くされていた大量のエネミーたちが文字通りぺっちゃんこに潰される。恐ろしいまでの破壊力だ。
「……デストローイ、なーんちゃって。やっぱり超古代魔導器の攻撃は美しくないなぁ。プリテラのときは可愛らしく可憐にならないとね」
ステラードが腕を下げると、半透明の巨大な手は消える。
「さて、ボクも急ごうかね。まあライたちがいるから大丈夫だとは思うけど……念のため急いでおこうかな。ソフィちゃんのことが気になるし。なにせあの子は──ボクの力を以てしても、全く底がつかめなかったからね」
ステラードはイヤリングに触れて新たに別の超古代魔導器を稼働させると、空気を切り裂きながら──凄まじいスピードで前に飛び出したのだった。
◇◆
「雷導一式──《雷斬》」
雷撃で作った刃がエネミーを10体ほど同時に切り裂き焼き尽くす。
後ろで魔石とかがドロップしてるけど、残念ながら拾っている暇はない。勿体無いけどいまはソフィが優先だ。
「この扉は──ついたぞ!」
小一時間くらいは駆けただろうか。ようやく見覚えのある扉に辿り着く。
間違いない、ソフィと魔族エイシェトがいる広間に繋がる扉だ。
すぐにギフトを解除してサークレットをつけると、ライヴァルトから冒険士ライに戻って扉を開ける。
「ソフィ! ……えっ?」
俺の目に──信じられない光景が飛び込んできた。
信じられない。
理解できない。
なんでこんなことが──。
「ソフィちゃん!」
『デストローイ!』
バタン! と扉が開く音がしてデストとプリテラも広間に飛び込んできた。
だが二人も目の前の光景を見て絶句する。
なぜなら──。
ソフィが。
ソフィが──。
「……思ったより遅かったですね、ライさん。それにプリテラさんにデストさんも」
──優雅に座ったまま、紅茶を飲んでいた。
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