14.一番乗りじゃなかったの?
冒険士協会を出た俺たちは、早足で『渡船場』にやってくる。
ダンジョンの入り口である『渡船場』は今日も大賑わいだ。
だけど俺たちは脇目も触れずゲートに向かい、いつものように係員にチケットを渡してダンジョン【探究洞穴】へと入宮する。
「未踏のダンジョンが俺たちを待ってるぜ!」
「どんなお宝がゲットできるか楽しみだね!」
「汚れたりしないといいのですが」
『デストローイ』
ゲートを潜った瞬間、毎度お馴染みの軽い吐き気──ほんとこれ、どうにかなんないかな。
「どれどれ、どんなダンジョンかな……うわ広っ!」
「なんかだだっ広い場所だね」
「他になにもありませんね」
『デストローイ』
飛んだ先は、天井も高い空洞。
広さはちょっとした広場くらいはあるかな。
だけど他に何もない。ただ広いだけ。エネミーも宝箱も何も見当たらない。
離れた場所に見える壁には、いくつかの扉を確認できる。
なんだかダンジョンの中心部のような場所だな。何でこんな場所に飛ばされたんだ?
「ぬふふふっ……やっと来たにゃん、下等生物たち」
「ん?」
おや、誰かいるぞ。
目を凝らすと、人の姿が確認できる。
「もしかして先客か?」
「えー、独占だと思ってたのに。ところであなたはだぁれ? どこのパーティの子かな?」
『デストローイ』
「お待ちください、みなさん。あれは人ではありませんよ」
ソフィの一言にギョッとして足を止める。
人ではない? 虫……でもないよね。
ぱっと見た感じ、普通の女性冒険士に見える。
大きくて切れ長な瞳。歳の頃は俺たちと同じくらいか。
ただ、その頭に見えるのは──ネコミミ?
「え、ソフィちゃんあれは何なの?」
「プリテラさん、あれは──〝魔族″です」
「にゃー、よく分かったにゃ。下等生物にしては褒めてあげるにゃ。そう、あにゃしは魔族。魔族のエイシェト・サーティーフォーにゃ」
魔族──マジかよ。
「魔族とか初めて見たわ、ネコミミじゃん」
「ほんとだネコミミだ! 可愛いだね」
『デストローイ』
「ネコミミじゃないにゃ! これはサーバルにゃ!」
サーバルもネコも一緒じゃね?
「ライ、魔族って確か──人ならざるものに変身する能力を持ってるんだよね」
「なるほど、だから語尾がにゃんなのか」
『デストローイ』
プリテラの言う通り、魔族は人と外見はよく似ているけど、決定的に異なる要素が幾つかある。
その一つが──変身能力。
魔族は魔獣に変身する能力を持っているらしい。目の前のエイシェトはサーバルと言ったか。
本当かどうかは分からないけど、昔読み聞いた物語では王級の魔族──魔王はドラゴンになることも出来るそうな。
「下等な人ごときが魔族に対して偉そうな口を聞くんじゃないにゃ。あにゃしを舐めるにゃ。あにゃしは強いにゃ」
そして魔族は個体数が少ない代わりに、人よりも遥かに多い魔力を持っている。
ようは人よりも圧倒的に強いのだ。
どれくらい強いかというと──魔族の女王が【七不可触】のひとつに数えられるほどに。
【七不可触】──人が近寄ってはならない七つの存在。
国を一つ滅ぼす可能性すらある人類の脅威。
ようは魔族ってのはそれくらいヤバいってことだな。
「ふふふ、あにゃしのことがわかってビビったかにゃ」
ただ魔族はほとんど人と関わらないと聞いていたんだが……。
「で、その魔族のエロスさんが何用で?」
「エイシェトにゃ! やっぱり舐めてるにゃ!」
魔族はダンジョンドグマを習得することができないと聞いたことがある。だからダンジョンに魔族がいること自体が不思議なんだけど……。
「なぁに、貴様たち下等生物にはこのあにゃしの実験台になってもらおうと思っているにゃ」
「実験台?」
「ああ、あにゃしが開発した──《ダンジョンキューブ》の実験台にゃ!」
エイシェトの手にあるのは──青く輝くキューブ体。
その中心に見えるのはもしかして〝ダンジョンコア″?
「もうこのダンジョンへの入り口はあにゃしが閉じたにゃ。この後は誰も入ってこれないにゃ」
「ってことは、ダンジョン漁りたい放題!? 超ラッキー!」
「んなわけないにゃ! 貴様らはこのダンジョンに閉じ込められたにゃ! だから助けは来ないにゃ!」
「助け、ですか。あなた相手に助けなど必要とは思えませんが」
「むっきー! 小娘あんたむかつくにゃ! あにゃしとやり合う気にゃ!?」
「いえ、私はいきもの不殺の誓いをしていますので無理ですね」
「そんな訳のわからない誓いとか知らないにゃ! やっぱりあにゃしのことを舐めてるにゃ! 猫科だけど舐められるのは嫌いにゃ!」
「別に舐めてなどいませんよ。相手にしてないだけです」
「むっきーーっ!!」
あのー、ソフィさん?
魔族をあんまり刺激しすぎるのは良くないのでは……。
ただでさえあなたの毒舌は破壊力抜群なので……。
「ま、まあいいにゃ。どうせこれからあにゃしは貴様らで遊ばせてもらうとするにゃ。おいそこの女、名は何というにゃ?」
「私のことですか?」
「ぐっ……目がなんか怖いにゃ。睨むのやめるにゃ。そうにゃ、三つ編みおさげでメガネをかけた貴様のことにゃ」
「ソフィです」
「ではソフィ、貴様は魔族の怖さが全く分かっていないようにゃ。だからこれからあにゃしがたっぷりとマンツーマンで教えてやるにゃ。他の奴らは──あにゃしの実験台になるにゃ!」
エイシェトがカチリ、と青いキューブを回す。
とたんに俺たちの体が光りだした。
「なっ!?」
「え、なにこれなにこれ!」
『デストローイ!?』
「さあ……愚かな虫けらたちはダンジョンの端まで飛ばされるがいいにゃ! そしてがんばってここ──ダンジョン最奥部に戻ってくるにゃ。1時間以内に戻れなければ──このソフィという生意気な小娘の命は危ないかもしれないにゃ!」
「なっ!? ソフィ!」
ヤバい、身体が半透明になってきてる。
これは──転移されてる!?
俺は慌ててソフィに手を伸ばす。デストやプリテラもだ。
だけど俺たちの手は届かずに──ソフィだけを残して全員がその場から飛ばされてしまったんだ。
◆
他のメンバー全員が飛ばされ、二人きりとなったソフィとエイシェト。
エイシェトはニヤニヤ笑いながら顔から伸びた長いヒゲを手で伸ばす。
「にゅふふ。さぁ、貴様だけ残したにゃ」
「みなさん……飛ばされてしまいましたね」
絶対的なピンチのはずなのに顔色ひとつ変えないソフィ。
「なんでビビってないにゃ? 頼りになる仲間が来るにはしばらく時間がかかるにゃ」
「おやおや、困りましたね……」
「困ってももう遅いにゃ。泣き喚いてあにゃしに土下座するにゃ。さもなくば──裸にひん剥いて恥ずかしい目に遭わせてやるにゃん」
エイシェトの目が──鈍く光った。
もしよろしければ、ブックマークや感想、評価などしていただけると、とっても嬉しいです!




