いつもツンツンしている義妹が実は俺にベタ惚れだということを、義母がバラしてきた!?
「ただいまー」
「もう! こんな時間までどこで遊んでたのよ晴太くん! どうせまた友達の家でゲームばっかしてたんでしょ!」
「っ!?」
家に帰るなり開口一番、義妹の結愛がいつも通りプリプリしながら文句を言ってきた。
完全に図星なのでなんと言っていいかわからず、「アハハハ」と乾いた笑いで誤魔化すことしかできない。
「もう! 来年は受験なんだから、浪人しても私は知らないからねッ!」
「わ、わかったよ。今から勉強するって」
「フンッ!」
頬をプクーと膨らませながら、ドタドタと自室に戻って行く結愛。
父親の再婚で結愛が義妹になって早や半年。
何故か家族になった当初から、結愛は俺にだけは常にあんな態度を取っており、俺は未だに結愛との接し方に四苦八苦していた。
俺の帰りが毎日遅いのも、家で結愛と顔を合わせるのが気まずいからなのだが、そんなこととても本人には言えないしなぁ……。
どうしたものか。
「うふふ、晴太くん、ちょっと今いいかしら?」
「え? あ、はい」
その時だった。
義母の雪子さんが、いつものミステリアスな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
いかにも妹系の可愛らしい容姿をしている結愛とは対照的に、母親の雪子さんはまさに美魔女。
何人もの男の人生を狂わせてきたと言われても余裕で納得する妖艶さに満ち溢れており、俺は正直雪子さんのことも若干苦手だった。
「ごめんなさいね、いつも結愛が失礼な態度を取って」
「あ、いや、その……」
これまたなんと言っていいかわからず、目を泳がせる。
「でもね、あの子も本当は素直ないい子なのよ」
「あ、はぁ……」
「その証拠を今から見せるわね」
「……は?」
証拠?
「はい、これ」
「?」
雪子さんはスマホの画面を俺に見せてきた。
そこには自室の机で項垂れている結愛の動画が映っていた。
「これはついさっき、晴太くんが帰って来る前に私が撮った動画よ」
「はぁ」
いったいなんのために?
『結愛、ちょっと今いいかしら?』
『あっ、ママ。なんで動画なんか撮ってるの?』
『うふふ、愛する娘の成長記録を残しておきたいだけよ。それよりも、随分落ち込んでるじゃない。何かあったの?』
『……うん。今日も、晴太くんの帰りが遅くて……』
――!
……結愛。
『ねえママ、私って、晴太くんに嫌われてるのかな?』
画面の中の結愛は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんな!?
俺はラノベの表紙に載ってるレベルの美少女が妹になって戸惑ってるだけで、全然嫌いなんかじゃないよッ!
む、むしろ、結愛のことは、ぶっちゃけメッチャタイプだし……。
好きか嫌いかで言ったら、好きよりの好きよりの好きよりの好きだし……!
『うーん、どうかしら? なんなら晴太くん本人に訊いてみたら?』
『そ、そんなの絶対無理ッ! もし本当に嫌われてたら、私、生きていけないもん……』
ゆ、結愛――!?
『うふふ、結愛は、晴太くんのことが大好きだものね』
『……うん』
…………は?
――な、なんだとおおおおおおおおお!?!?!?
『中学生の時に、晴太くんに助けてもらったんだっけ?』
『そうなの! 雨の日に傘を忘れて私がバス停で立ち往生してたら、通りすがりの高校生が、「これよかったら使って」って、傘をくれたの!』
『それが晴太くんだったのよね?』
『うん! あの日から、晴太くんは私のヒーローだった。晴太くんと同じ高校に入りたくて、受験勉強も頑張ったんだもん』
……あ、思い出した。
そういえば昔、そんなこともあったっけ。
まさかあの時の女の子が、結愛だったとは……。
どうしていつも結愛はボロボロのビニール傘を使ってるのかずっと疑問だったけど、あれ、俺があげた傘だったのか……。
『じゃあ晴太くんが義理のお兄ちゃんになって、さぞかしビックリしたわね?』
『そりゃそうよッ! いつも学校で遠目から眺めてるだけだった憧れの人と、一つ屋根の下で一緒に暮らすことになったんだよ!? 昭和の少女漫画かってのッ! もう晴太くんを目の前にしたら未だにテンパっちゃって、どうしてもあんな態度を取っちゃうの……。ママ、私、どうしたらいいかな?』
『うーん、そうねえ。あっ、噂をすれば影。晴太くんが帰って来たみたいよ』
『――! わ、私、出迎えてくる!』
『うふふ、いってらっしゃい』
動画はここで終わっていた。
あまりの衝撃的な事実に、まだ頭が整理できない……。
まさかあの結愛が、俺のことを……。
「私も本当はね、こんな野暮なことはしたくなかったのよ」
「雪子さん……」
ニコリと微笑む雪子さん。
「でもね、あの子は若い頃の私に似て不器用だし」
不器用??
雪子さんが??
にわかには信じられない……。
「それに晴太くんもお父さんに似て超絶ニブいし、このままじゃ下手したら一生好転しないと思ったのよ」
「あ、ああ……」
まあ、その点についてはなんも言えねえっす……。
多分雪子さんも、父さんと付き合うにあたっていろいろ苦労されたんですね……。
「だから私は結愛の母親として、恥を忍んでお願いするわ。どうか晴太くんのほうから、結愛に歩み寄ってはもらえないかしら?」
「……」
雪子さんは少しだけ眉を下げながらはにかんだ。
――お義母さんにここまで言われたんだ。
ここで断ったら、男じゃないよな。
「……わかりました。善処します」
「うふふ、ありがとう」
俺はふうと深く息を吐いてから、結愛の部屋へと向かった。
「ゆ、結愛、今ちょっといいかな?」
「っ!? 晴太くん!?」
結愛の部屋をノックしながら、ドア越しに声を掛ける。
ドタドタという足音が聞こえ、程なくしてドアが開かれた。
そこには頬を染めた結愛が、あわあわしながら立っていた。
「な、ななななな何よ急に!? 晴太くんのほうから私の部屋に来るなんて、めめめめめ珍しいじゃない!?」
壊れたMDコンポみたいになってるけど大丈夫か?(今の若い子にMDコンポって通じるかな?)
「ああ、うん、別にこれといった用事があるわけじゃないんだけど――結愛の顔が見たくなってさ」
「んなぁッ!!?」
あれ??
今の言い方はいろいろとマズくないか、俺??
途端に結愛の顔が、耳まで真っ赤になった。
「は、はあああああああ!?!? 藪から棒に何を言い出すのよこのスケコマシ大明神はッ!!」
「スケコマシ大明神???」
結愛のほうこそ自分で何言ってるかホントにわかってる??
「もう! いつもそうやって晴太くんは私の心をハリケーンコングロマリットしてくるんだからッ!!」
「ハリケーンコングロマリット????」
知らない単語がどんどん出てくる!
「もう! 晴太くんなんか知らないッ!」
「あっ」
結愛は乱暴にドアを閉めてしまった。
俺はしばらくその場で立ち竦んでいたものの、結局どうしていいかわからず、トボトボと自室に戻って項垂れた……。
「うふふ、晴太くん、ちょっと今いいかしら?」
「――!」
10分ほどすると、ノックの音と共に、ドア越しに雪子さんから声を掛けられた。
先程の結愛との歩み寄りは散々な結果に終わったので非常に気まずいのだが、無視するわけにもいかず、恐る恐るドアを開ける。
そこには雪子さんが、意味深な笑顔を浮かべながら立っていた。
こ、これはひょっとして、怒ってらっしゃる、の、かな……?
「晴太くんと結愛がコンビを組めば、キングオブコント優勝も夢じゃないかもね」
「あ、はぁ……」
多分ですけど、それって皮肉ですよね?
「でも大丈夫、私に任せてちょうだい。早速二の矢を放ってきたわ。これを見てちょうだい」
「え?」
雪子さんはまたしてもスマホの画面を見せてきた。
そこには例によって、自室で項垂れている結愛が映っている。
『うふふ、今度は何があったの結愛?』
『ママ!! 私どうしようッ!! うっかり晴太くんの前で、ハリケーンコングロマリットって言っちゃったッ!!』
既に結愛は半泣きだ。
大丈夫、俺はハリケーンコングロマリットの意味は、微塵もわかってないから。
『あらあらそれは大変ね』
『嗚呼……、晴太くんに私の気持ちバレちゃったかな?』
ごめん。
結愛の気持ちは雪子さんから聞いてもう知ってるんだ(迫真)。
『うーん、それは大丈夫だと思うけど。じゃあこういうのはどうかしら? 次晴太くんと二人で話す機会があったら、中学生の時に傘をもらったのは自分だって言ってみるの。そうしたらそれがキッカケで、二人の距離も縮まるかもよ?』
『そ、それだよママ!! 流石ママ!! エキセントリック参謀本部!!』
エキセントリック参謀本部????
もう俺のユーザー辞書はパンパンだよッ!
……動画はここで終わっていた。
「と、いうわけだから、今度はさりげなく結愛に傘の話題を振ってもらえないかしら?」
「わ、わかりました……」
よし、やってやる……!
次こそやってやるぞぉ……!
これは絶対に、フラグじゃないからなッ!?(誰に言ってるの?)
「あー、結愛、たびだびごめん」
「っ!? 晴太くん!?」
再度結愛の部屋をノックしながら、ドア越しに声を掛ける。
例によってドタドタという足音が聞こえ、程なくしてドアが開かれた。
そこにはハアハアしながら既にいっぱいいっぱいの結愛が立っていた。
早くも雲行き怪しくなってきたな!?
「な、ななななななんなのよ何度も!? 晴太くんってもしかして、レイドボスドタキャンエンジョイ勢なんじゃないの!?」
うんそうだよ。
俺はレイドボスドタキャンエンジョイ勢だよ(迫真)。
――落ち着け俺。
ここで焦ったらさっきの二の舞だ。
さりげなく。
さりげなく傘の話題を出すんだ――。
「そ、そういえばさ、結愛がいつも使ってる傘ってさ、あれもしかして、昔俺があげたやつだったりする?」
「んなぁッ!!?」
生まれてきてごめんなさいッ!!!
俺は人類史上最大のバカ野郎ですッ!!!
結愛の顔は、ペンキをブチ撒けたみたいに深紅に染まった。
「は、はあああああああ!?!? ななななななんのことかしら!?!? どうしてそんな発想が出てくるのかクエスチョンダイヤモンドだわッ! 確かにあの傘は私が大大大好きな人からもらったもので私の一番の宝物だし、高校受験で辛かった日々もあの傘のお陰で乗り越えられたし、満月の夜はいつもあの傘を抱きながら寝てるけど、全然晴太くんとは微塵も関係ないからッ!!」
満月の夜はいつもあの傘を抱きながら寝てるの????
どういう行動原理なのそれ????
……くっ、申し訳ありません雪子さん。
どうやらまたしても俺は、なんの成果も!! 得られませんでした!!
「うふふ、とうッ!」
「「っ!!?」」
その時だった。
雪子さんがスマホを床に滑らせてきて、それは俺と結愛のちょうど中間辺りに止まった。
『うふふ、結愛は、晴太くんのことが大好きだものね』
『……うん』
「「――!!!」」
遂に痺れを切らせたエキセントリック参謀本部が、強硬手段を取ってきたッ!!
「ぴぎゃああああああああッッッ!!!!!! ここここここれは違うの晴太くんッッ!!!! これはママが勝手に、アバンギャルドパリコレセーターしただけでッッ!!!!」
結愛は髪の毛まで真っ赤に染まった。
アニメとかではたまに見る表現だけど、それ実現可能だったんだ????
…………ふぅ。
本当に情けねーな俺。
お義母さんにここまでしてもらわないと、覚悟が決まらないなんて――。
「――結愛、俺の話を聞いてくれ」
「……え?」
途端、ポカンとした顔になる結愛。
ふふ、結愛は本当に表情豊かで、可愛いな。
「俺は――結愛が、好きだ」
「――!!」
見開いた結愛の瞳が、水の膜で揺らぐ。
「だから俺と――付き合ってくれ」
「あ……、あ……、嘘……。噓よこんなの……。これはきっと、ドリームパシフィックオーシャンに違いないわ……」
「いいや、これはドリームパシフィックオーシャンなんかじゃないよ。――ホラ、俺は本物だろ?」
「っ!!」
俺はそっと、結愛のことを抱きしめた。
「ふ、ふぐ……! もう……! 晴太くんの、スケコマシ大明神んんんんん……!!!」
結愛はワンワン泣きながら、そんな俺のことを抱きしめ返してくれた。
ああ、確かに俺は、スケコマシ大明神なのかもしれないな――。
「うふふ、おめでとう二人共。これはお祝いよ。とうッ!」
「「っ!!?」」
雪子さんは再度床を滑らせて、俺たちの足元にタバコの箱くらいの直方体を投げてきた。
――見ればそれは、よくコンビニとかで売っている、ゴム状の製品であった。
お義母さんんんんんんんッッッ!?!?!?
「もう! ママのエロティックインダス文明ッ!!」
「うふふ」
うん、間違いなくお義母さんはエロティックインダス文明ですよ(迫真)。
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞し、アンソロでの書籍化が決定いたしました。
もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のリンクから作品にとべます)