風谷さんが佐藤くんを引き当てました
私は生まれつき、くじ運が最悪だった。
商店街のくじ引きでは白玉にしかお目にかかったことがない。
誰よりもたくさんポケットティッシュを持っていることが、私の唯一の自慢だ。
更におみくじでは今年で17年連続『凶』を引き当てるという快挙……いや、不快挙を成し遂げた。
私が子どもの頃から神社で働いていたベテランのおばちゃん巫女が今年、通算17回目の大ハズレを手繰り寄せ絶望していた私に、やり直しを許可してくれた。
そうして私、風谷 心音は……人生で初めて『課金』と『リセマラ』に手を染めたのであった。
おみくじの結果を塗り替えようという、神に対する最大級の冒涜行為を働いた私に手渡されたのは……『大凶』の二文字だった。
そして新学期を迎えた今日、またしても私のくじ運の悪さと大凶パワーが猛威を振るうこととなった。
「バウバウ!! バウバウバウ!! バウバウ!!!」
席替えで学校一の変人、佐藤 本太郎くんの隣を引き当てるという、最悪の形で。
【風谷さんが佐藤くんを引き当てました】
「……佐藤くん、いま授業中」
「バウバウバウ!! おっと、これはこれは! 僕の最寄りの女子生徒であり、血で血を洗うくじ引き大戦争を勝ち抜きハイパー学級委員長ニストに就任した、ここねちゃんさん! 元気でやっとる?」
「ええ、ここねちゃんさん元気でやっとるよ。佐藤くんには遠く及ばないけどね。それより何でさっきからバウバウ言ってるの?」
「空腹でトチ狂ってしまいそうが故に、闇雲に吠え続ければ誰かがボクを犬と勘違いしてビーフジャーキー的な物体を恵んでくれるのではと思い至った次第」
「そうなんだ、すごいね。でも机の上におすわりしながら大声で吠え散らかすのはやめた方がいいと思うな」
「どうして授業中に吠えてはいけないのだホワイ!?」
「なぜならみんなの迷惑になってしまうからだよビコーズ」
今は古文の授業。
先生は耳の遠さでは校内で右に出るものがいない、そんなヨボヨボのおじいちゃん。
佐藤くんがいくら騒いでも叫んでも喚いても吠えても、ピクリとも反応せずに授業を続けている。
クラスのみんなも『佐藤はこういうヤツだ』という認識が骨の髄まで染み付いてしまっているのか、佐藤くんの奇行には知らん顔。
まるで『授業中に机の上で大型犬の真似をしてビーフジャーキーを募集する』のが、ごく当たり前の光景であるかのように。
「空腹でトチ狂うって……まだ一時間目だよ。朝ご飯、食べてこなかったの?」
「ラーメンを30ヘクトパスカルほどしか」
「そうなんだ、佐藤くんも朝は麺派なんだね~。あっ、前からプリントが回ってきたよ」
「受け取るか永久に放置か、究極の二択だこと」
「あー……前の人の手がプルプルプルプルしちゃってるから前者でいこう」
「ところてんにも引けを取らぬ弾力だなぁという率直な感想を抱く朝のひととき」
私は代わりにプリントを受け取り、佐藤くんの机にそっと置いてあげる。
「うおぬっんん!? 唐突に紙切れがボクの卓上に! 結構なお手前だわね風谷さん!! 話は変わるが早くライオンの物真似してくれよ」
「がおー。ほら、席順的にそろそろ佐藤くんが指されると思うから、しっかり先生の話を聞こうね」
「てんびん座の人間同士をてんびんに乗せたらどちらに傾くのかを解き明かす旅に出たいからたくさんバイトしてお金を貯めねば」
「頑張ってね。でも今は授業に集中しよっか」
佐藤くん、見た目は普通なのにどうしてこうも次から次へと奇天烈な発言が飛び出してくるんだろう。
やっぱり大凶だ。よりにもよってどうして私が佐藤くんの隣に……。
「う…………うぅ……………」
未だに席替えの結果を受け止め切れずにいると、横から小さな唸り声が聞こえる。
見ると、佐藤くんが直立した状態でわなわなと震えていた。
どうやら私の予想通り、おじいちゃん先生に指名されてしまったみたいだ。
「うぅっ…………う…………漆塗り…………理事長…………漆塗り…………理事長…………漆塗り…………」
パニックのあまり一人しりとりを始め、そしてあっという間に無限ループに陥ってしまった佐藤くん。
配布されたプリントを見る。佐藤くんが当てられているのは、本文のとある箇所を現代語訳する問題だ。
「佐藤くん、そこの訳は『私はあなたのことを、ただ遠くで眺めているだけで良かったのに』だよ」
たまらず小声で助け舟を出すが、彼には届いていない様子。
教室を沈黙が包み込む。
佐藤くんは顔面を冷や汗でカチコチにしながら、チェーンソーのように震えまくった唇をゆっくりと開いた。
「もっ……『もしもこの世に降り注ぐ雨が全てコーンポタージュに変わる日が来ようものなら、それはきっと天国でトウモロコシの生産量が爆発的に跳ね上がったということだろうよ』!!」
仮定法を交えた高度な回答が後期高齢者に容赦なく浴びせかけられる。
数秒の静寂の後、おじいちゃん先生が『よく頑張ったね。聞かなかったことにしてあげるから座りなさい』と嗄れた声で告げた。
「うっ…………うわあああああああああああああああああああんっぴ!!!」
問題に答えられなかった佐藤くんは、机に突っ伏してガリガリゴリゴリと泣き叫んでいる。
「机を噛み砕きながら号泣を押っ始めないで佐藤くん。あながち間違ってなかったと思うよ、うん」
「ううっ……ぐすん……風谷さんに慰めポイントを5進呈。100ポイント溜まると0からやり直しだから気を付けろや」
「わぁうれしい~。ほら、私がお昼に食べようと思ってたビーフジャーキーあげるから早く泣き止んで」
「うおおおお!! なにこれ!?」
「一秒前に紹介した通りビーフジャーキーだよ」
「マジなの!? やったああ!! ところでこれはなに!?」
「聞いて驚かないでね、実はそれビーフジャーキーっていうんだよ」
「ありゃそうなのね! では名も知らぬ食べ物よ、我が口の中へ!!」
授業中にも関わらずハイテンションで名も知らぬ食べ物を貪り倒す佐藤くん。
うん、改めて実感した。
やっぱり私、この人のことが好きだ。
去年この高校に入学して、同じクラスになったときからずっと気になっていた。
独創的かつミステリアスな雰囲気。
常人には理解できない難解すぎる発言のオンパレード。
そして何より人目を気にせず常に自分を表現できるフリーダムさ。
全てが愛おしい。そりゃもう愛おしいですとも。
想いは強まるばかりだ。誰かこの胸の高鳴りを止めてくださいマジで。
もっともっと佐藤くんのユーモアを間近で感じたい。
もっともっと佐藤くんの暗号みたいな発言で頭がおかしくなりたい。
でも、もしこんな17年連続『凶』の女が近付いたら。
天真爛漫に、幸せに生きている佐藤くんまで不幸になってしまうかもしれない。
だから……
だから…………
私はあなたのことを、ただ遠くで眺めているだけで良かったのに。
あなたのハツラツとした笑顔と摩訶不思議な言動を遠くから眺めて、元気をもらうだけで良かったのに。
どうして、隣の席なんかになっちゃったんだろうね。
「うんまっ……ワタリガニのチョコレートケーキみたいな味がしよるわこの……えっと…………食品名をド忘れした今日この頃」
「ビーフジャーキーだよ佐藤くん」
「あっ思い出した!! ニートピーポー!!」
「ニートピーポーもう一本あるから食べる? ほら、食べカスが凄まじいからこれで拭いて」
余るほど持っているポケットティッシュを佐藤くんに手渡す。
「はうあっっっ!! 息ができない!! アイウィル窒息死!! いったい何事!?」
「鼻と口にこれでもかと言わんばかりにティッシュ詰め込んでるからじゃないかな。ぜんぶ取り出せばいつもみたいに呼吸できると思うよ」
「ほんとだ!! ご無沙汰してます酸素!!」
あーもう反則級にかわいいなちくしょう!! 佐藤くんかわいいなちくしょう!!
おっと、いけないいけない。
口をギュッと結んでいないと、佐藤くんの一言一言で思わず笑みが溢れそうになる。
これ以上、私は佐藤くんと仲良くしちゃいけない。
分かってる。
分かってる、けど。
「佐藤くんってさ……いま好きな人とか、いる?」
「ルーク」
「そうなんだ、いいよねルーク……タテとかヨコとか強いし。それじゃあ人間では?」
「ビショップ」
「あー、確かに人間だよねー。ナナメとか強いし。じゃあじゃあ、女の子ではどう……かな?」
「いや女の子クイーンしかおらんやんけ!! なんかやたらと戦闘力あるアイツ!! チェス開発者に枕営業したとしか思えんでな!!」
「……そうだね、私もそう思う」
やっぱり佐藤くんとの言葉のキャッチボールは楽しいな。えへへ。
でもきっと佐藤くんは、こんな素っ気ない態度しか取れない女と話してても、つまんないだろうな。
「しかし、もしチェスのコマ共を除外するのならば……ここねちゃんさんは割りと上位に君臨せし女」
「ひゃえっ!? あっ……えっと…………ど、どうして?」
「ここねちゃんさんはとんでもなく変な子だから安心する、的な? ボクは普通の子よりも変な子の方がずっと好ましい!! バウバウ!!」
「…………そっか」
「ここねちゃんさん、どこか幸せそうなお顔を少々? 変な子と言われたのに、どうしてそんなおみくじで大吉でも引き当てたかのような表情なんだホワイ?」
「…………なぜならここねちゃんさんのくじ運が最高だったからだよビコーズ」