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14_嫉妬:裏


 腹の底に嫌なものが渦巻く。黒い感情が頭の中を塗りつぶしてしまいそうだ。


 ねえ、フィオナ。僕の大事な姉さま。

 どうして王子を「ミカエル」なんて名前で呼んでいるの?


 ◆◇◆◇


 正直、ずっと不満だった。フィオナのデビュタント。


 僕がいけないのに、着飾ったフィオナがたくさんの人の目にさらされるなんて。

 僕が踊れないのに、可愛いフィオナがよくわからない誰かと踊るなんて。


 どうしてフィオナは年上なんだろう?

 同い年か、せめて年下であれば僕も行けた。こんな日も一緒にいられたのに。


 王族がデビュタントの令嬢と踊るという習慣は知っていた。だから毎日のように王子たちが謎の病で寝込むように祈り続けていたけれど、神は聞いてはくれなかった。

 僕は一生神を信じないだろう。


 なぜ王子たちの体調不良を願ったのかって?

 フィオナが体調を崩して苦しい思いをするのはかわいそうじゃないか。



 さすがに出かける際には嬉しそうにしていたフィオナが、帰ってきた時にはいつもより少しつまらなそうな顔をしていて。帰りを迎えた僕を見ていつも以上に嬉しそうに顔をほころばせたとき。

 ああ、フィオナはきっと、僕に会いたくなって、デビュタントは退屈だったんだ。そう確信して、神を許してもいいかととても気分がよくなった。


 踊ったはずのダンスを上書きしたいと夜の月明かりの下にフィオナを誘って、とんでもなく可愛い笑顔を浮かべたフィオナが「やっぱりリオンが一番可愛くて一番素敵だなあって思って」なんて言うから、心臓が痛くて痛くて嬉しくて苦しくて、まともに立ってさえいられなくなりそうだった。


 王宮の話を聞かせてくれるフィオナも可愛くて、今日一日の不満が洗い流されていく。


「そうそう、今日のデビュタントのお相手はミカエル第二王子殿下でね。私とも踊ってくださったわ」


 その一言を聞くまでは。



 ……は?フィオナ、僕の可愛い姉さま。どうして「ミカエル第二王子殿下」なんて名前で呼んでいるの?


 そんなに親しくなったの?ダンスを踊っただけで名前を呼ぶようになんてならないよね?どこかに座ってゆっくりお話でもした?まさか、可愛い笑顔を振りまいてやったりしたの?王子殿下に?


 僕のフィオナなのに?


 腹の底に嫌なものが渦巻く。黒い感情が頭の中を塗りつぶしてしまいそうだ。


 知っている。この感情は「嫉妬」だ。



 月灯りの下で見るフィオナは極上の可愛さだ。

 デビュタントの白いドレスも良く似合っていて、まるで月の妖精のよう。


 じっと見つめて、目に焼き付ける。今日のフィオナを忘れないように。いつでも思い出せるように。



 もちろん、分かっている。フィオナは僕のことが一番可愛くて、一番大好きで、一番大切だって。

 一番だなんて言っても、二番も三番もそれ以降もない。僕か、僕じゃないか。それしかない。

 さすがに家族は別枠だけど、それは許すよ。


 フィオナが僕を特別に思っていることは僕も分かっている。


 それでも、嫉妬が止められない。フィオナの全ては僕が欲しい。



 そんな僕の心の内なんて気づきもせず、続けてフィオナは少し恥ずかしそうにはにかんで言った。


「ミカエル殿下、ダンスもすごくお上手だったわ。たくさんのご令嬢を相手にするためにきっとたくさん練習したのよね。さすが王族!だけど……私、途中でリオンのことばっかり思い出しちゃった。ミカエル殿下に失礼だよね」


 ──ああ、フィオナはこうやってすぐに僕を喜ばせる。

 だけど、今日はばかりは嬉しいだけの感情ではいられない。


 フィオナは知らないんだ。

 僕を「可愛い」って思っている時のフィオナが、どんな顔をしているか。

 あんな顔を見たら、誰だってフィオナに恋に落ちてしまう。


 いつだったか、「僕以外の前でその顔を見せないでね」と伝えたことはあるけれど、きっとどういう意味で言ったかなんて分かっていないだろう。


 ダンスの最中に僕のことを考えたなんて嬉しいけれど、その時、フィオナはどんな顔をしていたの?

 どんな顔を第二王子殿下に見せたの?


 会ったこともない王子様のことをどんどん嫌いになっていく。



 ダンスの足を止めて、フィオナに抱き着く。

 こうできるのは、きっと僕だけ。


 フィオナの首元に顔を埋めて、甘えて見せると、フィオナはくすぐったそうに笑って撫でてくれるんだ。

 このままこの白くて細い首に噛みついたら、フィオナはどんな反応をするのかな。


 だけど、それはまだ早いかな。


 僕は弱くて泣き虫なフィオナの可愛いリオンだから。


「姉さま、僕とずーっと一緒にいてね?」

「もちろんよ!姉さまは、リオンとずっと一緒にいるわ」


 何度目か分からない約束の言葉に、何度目か分からない返事が返ってくる。


 こうやって何度も何度も何度も何度も約束を重ねて、絶対に逃げられないように。

 まあ、フィオナはきっと僕から逃げようだなんてしないし、もし万が一逃げたくなったって、逃がしてなんてあげないけれど。


 だってフィオナが言ったんだよ?

 ずっと僕の側に居るって。


 約束は守るためにあるのだから。



「それにしても、王子殿下は本当に邪魔だな……」


 フィオナは僕に夢中で、思わず零した小さな呟きは聞かれなかった。


 王子殿下もそうだし、フィオナが学園に通う様になったら、色々と考えることが増えそうだ。


 まんまとフィオナと一緒に眠る権利を勝ち取って、ベッドに入ると、抱き着いてお休みの挨拶をする。


 灯りはもう落としている。

 暗くて見えないふりをして、いつもより唇の近くにキスをすると、フィオナが一瞬固まったのが分かった。


 びっくりしたのかな?嬉しいな。

 だけど、もっとびっくりしてほしい。

 

 フィオナの感情全て僕のせいであってほしい。



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