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第八幕: 釣り

バグア=なんか新人の身体を乗っ取ってた噛ませ犬。

「……くそっ」


 薄暗い部屋で、壮年の声が憎々しい響きとともに空へと掻き消えていった。がりがりと神経質に頭を掻き、手元にある四角い魔道具――魔法を用いるための簡易的な触媒のことだ――を勢いよく地面に叩きつけ、金属の破片を床にぶちまけた。


「『アルタ』、状況を報告せよ」


 自らの襟元を摘まみ、胸襟を整えるような仕草で通信機器に触れて起動させる。業務的な連絡に、しかし声を返すものは誰一人としていない。『ガータ』 『スルタ』についても同様だ。


「ああクソ……いったいどうなってやがる」


 先ほどから、なにかがおかしい。歯車の一つ欠けた時計のように、どこか違和感のある異様な空気が、男性の周りに充満しているのがひしひしと感じられる。

 かたかたと、不気味で不規則な音を立ててひっそりと故障を伝える、そんなほの暗い雰囲気だ。


「……バグアの奴がヘマさえしなきゃ、こんな損な役回りなぞしなかっただろうに」


 唾を吐き、侮蔑と失望の混ざった目で、先遣隊として潜入していた一人の兵士の死を嘲る。

 最後に()()()()にマークを付けたことこそ誉められど、その他の行動があまりに浅慮かつ短絡的で思わずため息を漏らしそうになるほどだった。


 事実、こうして焦燥感に駆られつつ機器を弄ることは想定外も甚だしい。たかが女二人に、なぜこの自分がこうまで追い詰められて……。


 いや、違う。なにかが違う。じくじくと感情を刺激する異物感が身体の内側を這い回り、自分の思い違いを冷や汗とともに熟考する。


 あらゆる可能性を吟味しろ。何か、見逃していることはないか。あり得ないと切り捨てたリスクは本当にあり得ないのか?


 魔法まで用いて、目を充血させながら頭を回転させる。自分の指示を、バグアの行動を、全て脳裏に浮かべ、不審な点を……。


「――アルトは、何をしている?」


 唯一、通信を繋がずに単騎送り出した暗殺者……バグアと自分の信頼を勝ち取るほどの実力と、傭兵としての矜持を持ち合わせたあの金に忠実な男のことが不確定要素として浮かび上がる。

 そうだ、あいつには偵察を任せて、あわよくば……という体で任務を命じたはずだ。もし危機に陥ったとしても、あいつの実力ならば容易に抜け出し、こちらに戻り情報共有する頭があるはず……それが、未だ戻らず音信不通?


「ああくそ……確認するしかねぇか」


 未だ光点として女二人の位置を知らしてくれる魔法でざっと状況を確認し、低層ならば安全に潜れると踏んだ男は、ひっそりと準備を始める。

 唯一死の雰囲気だけは感じられないまま、男は苦い顔で外套を羽織り、単身隠れ家から発った。



 *



「……あ、来ちゃったんだ? そこそこ頭が切れると踏んでたのに」


 つまらなそうな表情で、腰掛けた木の枝から身を乗り出す少女。それに反応するように、傍らの従者が青い瞳をすぼめて、


「一刻半……時間内です。賭けは私の勝ちでございますね。……ちなみに、私たちの位置を特定する術式はこっそりと上層に固定しておりました。恐らく、この男は私たちが低層には居ないと踏んで足を運んだのでしょう」


「げ、そんなの負けるに決まってるじゃん……ズルいよ」


 ……何が、起こっているというのだ。


 男の思考は無理解に埋め尽くされ、悠然と佇む目の前の化け物二人に何のアクションも起こせなかった。

 その空白が、自らの命運を分けるとも分からないまま、ただ理解不能に自意識を漂白される。


「じゃ、ゲームオーバーだね。コンティニューできるかは神様次第だけど……君じゃ無理かな」


 少女がごく自然な動作で腕を前に伸ばし、掌を男へ向ける。


 それだけで十分であった。


 白色光が男の目を焼き、視界を奪う。瞬時、死の気配に全身が粟立ち、間を置かずに自らの肉体が空中に投げ出される感覚を味わい、遅れて神経を焼ききるような根源的な痛みが走る。


「あ、がぁ……」


「……無様ですね。少し、こういった輩のことを過大評価していたようです。手も足も出ないとは」


 肉が潰され、血が吹き出る湿った音が残響を伴って世界樹の内部に響く。発生源が自らの腕だということに気づけないほど錯乱している男は、ともすれば幸せだったのかもしれない。


 なにも知らないまま、感じないまま殺されるのは、きっと最も楽な……。


「ああ、そうはさせませんよ。罪は償われるべきものです。ただ犯され、それで安穏とするほど世界は優しくありませんとも」


 ぱちん、という乾いた音が、最早意識をなくそうとしていた男の耳朶を打ち、男の狂気を掻き消してしまう。


「……あ?」


 漏れでた声は、きっと気づきの声だ。


 全身の悲鳴に、焼けるような痛みに、終わらない苦痛に殺され続ける男の精神が、しかし決して死ねない矛盾への糾弾だ。



「せいぜい苦しみなさい。それが私たちの未来への手向けです」



 *



「どうだった?」


 転がる男の肉体を眺めている従者に聞くと、「上々です」との頼もしい声が返ってくる。


「やはりこういった立場の人間は多くの情報を持っていますね。大方、狙いと手段が読み取れました」


「狙い? 異形を使って利権をー、以外に何かあったの?」


「いえ、手段はそうですが……重要なのは目標のようですね」


 知的好奇心の溢れる目から推察するに、ジュアにとってかなり興味深い秘密を持っていたのだろう。興奮冷めやらぬといった様子で言葉を続ける。


「蟻どもを用い、世界樹を食い破る……。それの目指すところは世界樹を弱らせる為でなく、どうやら『上層への道を作り、深奥に隠された神具を得る』為だそうです。事実、蟻たちは中心部から上層へ続く空洞を作り続けているようで。私たちが対処したのははぐれた個体たちだったのでしょう。……私ですら知りえなかった知識をこいつらが持っているのは癪ですが」


「神具……? どういうものなの?」


 なんとなく字面から凄そうなものだという推測こそ立てられど、それを得たところで何になるのかが理解できない。ここまで大がかりなことをして手に入れたいものとは……?

 疑念にジュアが新たな知識に嬉しそうな無表情をこちらに向けて、



「『生命』の要素の外部タンクです。それも無尽蔵の。……これを用いれば、確かに人族の身でも単身で国の一つ滅ぼすことも容易くなるでしょう。帰ってルーレリアを問い詰めましょうか」

今回やられた人はイメージで言えば宮廷魔術師くらいの実力。

でも人間だからこの世界のパワーバランスについてこれてない。可哀想。

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