第六幕: ルーレリアとの距離感
「ラーアが世界樹に悪さをしてる、ってのは前々から分かってたんだ」
ルーレリアがぱん、と手を叩くと、机の上に板状の食べ物――たしか、煎餅というやつだ――が受け皿と共に現れる。一つ摘まんで軽い音と共に咀嚼し、ごくりと飲み込んでから、
「それも、魔法を使ってね。何重にも隠蔽術式を重ねて、その上『キャスト』でのカモフラージュもしてたけど……『神の目』は全部お見通しってね!」
掛詞のつもりなのだろう、ばちりとウィンクをして憎たらしい笑顔と共に横ピースをしてくる。ジュアが後ろ手にぱちりと指を鳴らすと、ルーレリアの頭上に文字通り『稲妻』が落ちた。「ぎゃんっ!」と悲鳴と煙をあげ、涙目で抗議の視線をジュアに向ける。
「ん、んん。んで、その悪さの内容だけど……君たちが見た、異形とも繋がるね。『世界樹を食い荒らす』って表現しとこうかな?」
参っちゃうよねー、と茶化した態度でルーレリアが肩を竦めると、ジュアが合点がいった様子で「ああ……」と吐息を漏らし、
「蟻型の異形にしていたのは、言ってみれば『シロアリ』ということですか。蛍は光源でしょうか?」
「そうだろうね。無理矢理哺乳類を変化させたから、夜目が効かないんだと思う。あ、ラントスって呼ばれてたけど、実際は全く別の生き物だよ。あいつらよりかはちっちゃいし凶暴じゃないからね」
「……ちなみに、ちょっと気になったんだけど……。魔法、って、ほんとにあの魔法?」
夢物語や英雄譚に出てくる、あらゆることを解決する奇跡の業。それが存在するとは聞いていたが、いざ目の当たりにすると信じられないという気持ちのほうが勝った。
私の疑問に、二人とも「うーん……」と渋い顔をして、
「実際、語弊があるとは思うよ。ラーアも研究がどうたらー、って仰々しく言ってるけど……結局は、『キャスト』を弄してるだけだね」
「原理としては、『キャスト』に必要な要素――『無形』等を『キャスト』により個別に集め、さらに『キャスト』を用いて変換して別の均一物質にし、それを燃料に術式を組んでいる、というわけです。確かに『キャスト』ではありませんし、今までできなかったことができるようにもなりましたが……燃費は最悪ですし、使い手を選びますしで欠陥品というのがふさわしいでしょう」
まさかの酷評である。そんなにうまい話がそうそうと転がっているわけがない、ということだろうか。
「まあ、そんな欠陥品だけど、人の嫌がらせには長けてるんだ。肉体の作り替えもそうだし、さっき新人君の身体を『食べた』って言ってたのも精神の上書き……いや、記憶は残るから乗っ取りかな? そんな傀儡とか偵察とかを利用するときにうってつけなんだ。さらにたちの悪いのが、『キャスト』じゃないから多くの人は見抜けないところだね」
「じゃあ、『食い荒らす』、って言ってたけど……どうして、そんなことを?」
私の疑問に、「大体あたりはついてるよ」と手を振って、
「大方、利権狙いさ。世界樹を崩壊させ、私の力を削いでから乗っ取って、お自慢の魔法で世界樹を修復、あるいは支配する……確かに、それだけで人族と魔族のライフラインを握れるから、勢力拡大にはなるだろうけど……まあ、結果は君たちが一番知ってるんじゃない? なんで知ってるのかは知らないけどさ」
「枯れた世界樹……なるほど、奴らは失敗したのですか。……というか、私はいいですけどリーベ様の記憶を覗き見るのは止めてください。怒りますよ」
「君が記憶の閲覧を許してくれたらそうするけどねぇー。まあ、ほんとにヤバイとこは覗いてないから大丈夫だよ」
「な、っ……ルーレリア? どこまで……見たの?」
かあっと熱くなる顔をなんとか抑えて、震える声とフラッシュバックする記憶にさいなまれながら問う。そんな私に「大丈夫だよ!」といい笑顔で答えて、
「思春期だけど雷が怖くて仕方なく父親と添い寝したこととか、ジュアにおねしょで怒られたとか、全然大きくならない胸を寝る前こっそり――――とか、全然見てないから! 大丈夫だとも!」
「っ、――『無形』っ!!」
指先に『無形』の要素を集めて、銃の要領で射出する。ジュア直伝の『事象を書き換える』力を持つ不可視の弾は、しかしルーレリアに当たることなくすり抜けて、背後の壁をどことなく趣のある彫刻へと変貌させるに留まった。
「まだまだだね、リーベちゃん……少なくとも『無形』を無効化する術式を無効化する術式でも組まないと、格上相手には……ひぐぅ!?」
「いいかげんにしなさい。おいたが過ぎますよ」
いいかげん痺れを切らしたジュアがぱちんと指を鳴らすと同時にルーレリアの頭が爆発し、ファンキーな髪型を形成させる。
ぷすぷすと煙を上げるルーレリアに、赤い顔のままため息を吐いて、
「……ジュア、記憶って消せる?」
「委細承知しておりますとも。『神の心臓』に『忘却』の要素がありました。これならば神であるルーレリアの記憶すらも弄ることが可能なはずです」
あ、もう調査してたんだ……。この辺の手の早さは流石というべきである。
「ちょ、ちょっと、ジュア? 洒落になってない、なってないから……あ、ちょ、ごめん、ごめんって! だから止め……っ、あ――――――」
*
「……どこまで話したっけ?」
ルーレリアがそこそこ真剣な表情でううんと頭を悩ませ、「ああ、世界樹のその後までか」と呟き、直後に噛み合わない記憶に首をかしげる。
「あれ? リーベちゃんの……ジュア、いつの間に防護術式を張ったんだい? しかも手に入れたばかりの『神の心臓』を駆使して……」
「卑劣漢対策です。これならばいくらあなたといえども干渉は不可能でしょう」
「いや、確かにそうだけど……その強度の術式は、ジュアといえど数時間くらい……」
しばらく言葉を探して、口を開閉し、きゅっと結んで、
「まぁいいか! ジュアだしね」
……思考を放棄した適当な言葉に、私はルーレリアとどうやって接していけばいいか大体掴めた気がした。
ルーレリアは一応神様です。
あと魔族は早熟なので、五、六歳で思春期を向かえます。