第三幕: 魔族という存在
「ああ、見えてきたな。あれが俺たちの集落、『リューレ』だ」
世界樹は人族が既に整備しているらしく、なだらかなスロープのような道が螺旋状に作られていた。
それを道なりに下り、地上に着いた後数キロほど歩いたところ、彼の言う集落が見えてきた。
「へぇ……だいぶ規模が大きいんだね。集落って言うから、もっとこぢんまりとしたものかと……」
目の前に広がる風景は、私たちの時代に有った寂れた限界集落とは風貌が異なっていた。
多くの木造の建築物が所狭しと建てられており、奥には数台の風車がゆったりと回転し、安定した生活を得るための最低限以上の豊かさが見てとれた。
予想外ゆえに漏れでた私の言葉に「そりゃあ偏見ですよ」と男――ホークと名乗った人族が返答する。
……ちなみに、彼が私に対して敬語を使っているのはジュアによる影響が大きい。詳しいことは省くが……。
「言葉が悪かったかも知れませんが、俺たちの集落は数百人規模ですからね。世界には数人しか住んでいない集落もあると聞きますが、俺たちの集落はそれらよりかは繁栄してますよ。……まあ、これも世界樹様のお陰ですがね」
「ほう? 世界樹が客引きになっているか……それとも、生活の基盤を安定させる役割を担っているのか?」
すっと自然に会話に割り込んできたジュアに「後者だな」とホークが答える。
「世界樹のお陰で水には困らない。今の時代、それだけでも十分定住する理由に値するが……それ以上に、世界樹がもたらす豊かな食料、そして何より薬の影響が大きいな。王都なんかより、こっちの方がよっぽど人間らしい暮らしができるってもんでね。あっちじゃ金貨三十枚積んでも手に入らない物が、肉との物々交換で手に入るんだぜ?」
なるほど……こっちの方がより原始的な生活をしているのにも関わらず、文化的な面で言えば、繁栄している中央都市よりよっぽど豊かな生活ができるのか。なんだか皮肉だな、と考えたところで、「着きましたぜ」とホークが声を掛けてくれる。
「さて、じゃあ……改めて。ようこそ、歌と緑の集落『リューレ』へ。……歓迎しますぜ?」
こちらへ振り返り、仰々しく胸に手を当て、ゆったりと礼をしてそう言う。
……ホークがその無愛想な顔で精一杯笑顔を作ろうとしているのを見て、思わず笑ってしまったというのも追記しておこう。
*
「うーん……なんというか」
集落の中に入ると、聞かされていた以上の集落の規模に驚かされた。
建築物が円形に立ち並び、中央には大きな広場が整備されていた。ジュアが言うところによると、これは円村という外敵からの襲撃から身を守るのに適した集落の形だという。
広場には多くの屋台が立ち並び、食料や薬などの聞いていたもの以外にも娯楽……書籍や一種のゲームなど、多岐にわたるラインナップは、集落の余裕を感じさせた。
……ただ、道にも屋台にも、人っ子一人いないこの状況を除けば、だが。
「……もしかして、私たち……怖がられてる?」
ちら、と横の家の窓から覗いてきていた人と目を合わす。一瞬でカーテンが閉められ、ただならぬ怯えと関わりたくなさを嫌が応にも感じざるを得ない。
そんな私の言葉に、ホークが「そりゃそうですよ」と髪を掻きあげて呟く。
「……『魔族』、といえば破壊の象徴ですからね。自ら手に入れた安寧を放り出す好き者はこんなところに集まりゃしませんよ」
「……べつに、私たちは理由も無しにものを壊したりしないよ?」
純粋な疑問に、ジュアが「時代の違いでしょうね」 と補足してくれる。
「この時代はまだ魔族が人族に対し幅を利かせていた時です。人族と魔族が交流し始めるのは……ここから、さらに三十年ほど必要なはずです。その辺りが双方衰退し始めた頃だと言われてます故」
「へぇ……あ、そっか。私以外にも貴族がいるんだね」
「そういうことです」とジュアが頷くと同時、ホークがぎょっとした顔でこちらを見てくる。
「……リーベ様って……貴族でいらしたんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ……言ってないね」
私の時代では、貴族イコール私のような風潮が蔓延していたため、名乗っただけで爵位を見せた気になっていた。そうか、他にも貴族がいるのか……。
「……お二人さん、ちょっと宜しいですかな?」
機会があれば会ってみたいな、と考えたところでホークのものでも新人二人のものでもない嗄れた声が私たちを呼んだ。
その声の出所を見ると、腰が曲がり、杖をついた老婆がいつの間にかホークの傍らに立っていた。
「どうしたの? おばあさん」
「いやな、うちの集落のものが迷惑を掛けたとかで、これは礼のひとつでもせねばと思い至りました次第で」
よいしょ、と杖を持ち直してから、右胸に手を当て、ゆったりと礼をする。
「改めまして、ようこそおいでくださりました。私めはこの村落の長を勤めさせていただいております、ルーレリアと申します。よき関係を築ければ幸いでございます」
『キャスト』由来の青い光を瞳の奥に揺らし、慇懃に微笑む表情の向こうに、私は底知れぬなにかを感じずにはいられなかった。
ちなみにリーベ様はまだ十二歳です。魔族の平均寿命は万単位なので……滅茶苦茶若輩です。