東の飛行場の少女 2/3
夢を見ていた。
ような気がした。
夢を見たっていう記憶だけは残っているのに、肝心の夢の内容は覚えていない。それが不思議でたまらない。どうして夢ってものはそういう仕組みになっているのだろう。文句の一つでも言ってやりたい。だってそれが決して忘れてはいけないような、そういう種類の夢だった場合だってきっとあるはずなんだ。
身体を起こそうとしたけれど、全身に痛みが走って起き上がれなかった。特に肩と左腕がひどい。金づちで殴られたような痛み。
どうしてそんな痛みに襲われているのだろうと思ったけれど、すぐにその原因を思い出す。
そうして口から出たのは、安堵の息。
「……生きてる」
生き延びられた。なんとか。
民宿『夏休み』の僕の部屋から見える外の夏の街は、もうすでに日が沈み闇の中に落ちていた。僕がここにいるところを見ると、クリームとソラがちゃんと見つけてくれたらしい。ありがたい限りだ。山の養分にはならずに済んだ。
部屋を見渡す。僕の他には誰もいない。
そう思って窓とは反対側を向いたら、ちょうどその人と目が合った。
「うわぁ!」
「あ、おい」
「いっててててててててっ!」
「寝てなって。まだ痛むだろ」
「は、ハツミさん……」
「あんたが眠りこけているときに医者に診てもらったけど、まあ数日安静にしていれば問題はないとよ」
ハツミさんはぶっきらぼうに、タバコを吹かしながらそう言う。この人はタバコを吸わないと息ができないのだろうか。
「あ、ありがとうございます……」
「それはここまで運んできてくれた嬢ちゃんたちに言いな。じゃあな」
それだけを言い残すと、ハツミさんは僕の部屋から出ていってしまった。入れ替わりでクリームが入ってくる。
「災難でしたね」
「……まったくだよ」
「お身体の方は大丈夫ですか?」
「幸い、痛いだけで問題はない。痛いだけで」
「我慢してください」
「そうするしかないね……」
生きているだけ御の字ということだ。
僕がそう思っていると、クリームは僕の右手を取った。
突然のことで驚く。そうすると、
「本当に、ユウトさんは……」
ため息。
「ご、ごめん」
「そういうことじゃないですよ」
「えっ?」
「本当に、本当に本当に、もうっ!」
声を荒げる。僕の右手を握っている両手に力を込める。痛いから止めてと言おうかと思ったけれど、そうは言えなかった。
クリームが涙を流すところを、僕はそのとき初めて見た。
「本当に、本当に……このバカ、バカバカバカ……」
「あの、えっと、ごめん。僕の不注意で――」
「だから、そういうことじゃないんですよっ!」
息を呑んだ。涙が頬を伝っている。両手にはさらに力を込める。
肩が震えていた。
「なんで、なんでですか……なんでですかぁ……」
そこにいたのは、軽口を叩くことに関してはプロフェッショナルの、皮肉と煽りを会話に織り交ぜないと気が済まない、僕が知っているクリームじゃなかった。
そこにいたのは、泣きじゃくっているただの小学生の女の子。
「クリーム……」
「なんでですか、ねえどうしてなんですか……? なんで、なんで……」
なんて言葉を掛ければいいのか僕には見当がつかなかった。
「どうして、なんですかぁ……」
クリームが泣いている理由が僕には分からなかった。僕が山を転げ落ちて死にかけたからじゃない。決してそんな理由じゃない。もっと別の理由が、クリームが泣いている理由が確かに存在する。
けれど今の僕には、その理由が一体なんなのか分からなかった。
皿洗いと掃除の仕事は休みをもらった。それでも食事も出すし、部屋だって貸してやるとハツミさんは言ってくださった。けれどちゃんと倍にして返しな? とも言った。僕はもちろんですと答えた。
「ソラちゃんに会って来てもいいですか?」
クリームは申しわけなさそうにいつもそう言った。
「なにもそんなこと言わなくても、好きに行っていいのに」
僕は毎回そう返したけれど、クリームはいつも僕にそう尋ねてからソラの元へと行った。
なにもしない日々がこんなに退屈だとは思わなかった。窓の外から見える木に留まりに来る鳥が、いつも同じ鳥だってことに気がつくくらいには退屈を謳歌していた。この鳥は羽が青くて、ピーピーという鳴き声を発する。午後の十時になると決まってこの木に留まりに来る。普段だったら僕は外に出かけていていない時間帯。普段は空の僕の部屋を、この鳥は毎日見ていたのかもしれない。もしそうだったとして、誰もいない僕の部屋を見て、この鳥は毎日なにを思っていたのだろう。
雨は降らなかった。もう何日降っていないのだろうか。心配になるくらい降っていない。そうしてやっぱり毎日溶けそうになるくらいに暑かった。夏なんだからしょうがないとは分かっていても、外でなにかをしているときの暑さと、こうやって部屋にこもっているときの暑さはわけが違う。民宿『夏休み』にエアコンなんていう近代的な電気機器が置いているわけはもちろんなく、僕は扇風機一本と凍らせたペットボトルを数本で、なんとか自分の身体を固体に保っていた。
時折ソラがお見舞いに来てくれた。ソラは僕の怪我は自分のせいだと言って何度も僕に謝ってきた。ただの僕の不注意だからそんなに謝らなくていいと言ったけれど、それでも来るたびに謝罪の言葉を述べた。いつだったかソラよりもウミの方がしっかりしている、なんてことを思った気がするけれど、あれはソラに対して失礼な考えだったなと、僕はその度に思い直した。なにかに対して器用な人がいれば、不器用な人だっている。それはあらゆる物事に関して。
何日過ぎたのかは覚えていないけれど、そう日数はかからなかったと思う。僕の怪我も大分治り、明日から外に出かけてもいい、そうしてちゃんと仕事もしろというお達しをハツミさんから頂いた。
そんな日の、夜のことだった。
「ねえ」
「はいなんでしょうか」
クリームはいつもより上機嫌で答える。
「……なにかあるでしょ」
「おっ、さすがはユウトさんですね。勘が鋭い」
「やっぱりあるんだな……」
そりゃ、いつもは入って来てもすぐに僕の部屋を出ていくクリームが、もう一時間も居座っているんだ。しかも笑顔で。
その不気味さったらありゃしない。
「白状するなら今のうちだよ」
「わたしのことをなんだと思っているんですか」
「よくないことが起こるのは明白だ……」
「失礼ですね、そんなことはありませんよ。少なくとも、命に関わるような大事にはならないはずです。恐らく、きっと、多分、今のところは、予測では」
そもそも『よくないこと』という文言に対して命を持ち出す時点で前提として間違っていると思う。
「そろそろだと思います」
「身構えておこう……」
いつどこからナイフや銃弾が飛んでくるか分かったもんじゃない。そうやって飛んできたのを僕が避けたら、今度は僕が避けたナイフを空中で取ってそれを僕の喉元に突き立て、クリームはこう言うんだ。
「クリームパン後九十六個買ってください」
そんなことを考えていると、本当に窓からなにかが飛んできた。僕は映画のワンシーンのようなオーバーアクションでそれを避ける。
「ほ、本当に飛ばしてくるやつがどこにあるか!」
「なんの話をしているんですか?」
飛んできたそれをクリームは拾う。
花火。
手で持った遊ぶタイプの、みんなで縁側に集まってやるタイプの、そういう花火。
クリームは花火の先端の紙状の部分で僕の眉間をくすぐる。
「ユウトさん、花火に対してなにかトラウマでもあるんですかぁ?」
「……別に」
しかしなぜ突然花火が窓から飛び込んできたのだろう。僕が知らないだけで、この夏の街では人の家に花火を投げ込むという風習があるのかもしれない。
そう考え、花火を投げ込んだ主を一目見てやろうと思い窓枠に手を掛け、身体を乗り出して外を覗き込んだ。
一面の闇、そして闇。田舎の街の夜に光なんて灯っているわけもなく、民宿『夏休み』の外には身震いするほどの闇が延々と連なっていた。このまま窓枠を蹴って外に飛び込んだら、闇に飲まれて帰ってこられなくなるんじゃないかと思う。
そんな闇の中に、ポツンと一つだけ街灯に照らされたアスファルトがあり、そうしてそこには人間が一匹、これまたポツンと佇んでいた。
夜とはいっても熱帯夜だ。毎晩毎晩僕は寝苦しくてたまらないっていうのに、そのポツンと佇む一匹は、昼間と同じようにオーバーサイズのブラウスで、スカートで、ストッキングで、真顔で、手には花火。
手には、花火。
犯人を見つけた。
なにをやっているんだと叫びたかったが、残念ながら今は夜だ。そんなことをしたら近所迷惑になってしまう。僕はアイコンタクトとジェスチャーで意志を伝えようとする。
なに、やってんだ。
「……?」
お前は、なにをやってんだ!
「…………?」
ソラは小首を傾げるばかり。絶対に伝わっていない。
仕方がないので口を動かす。なに、やって、んだ。そう区切って大袈裟にジェスチャーをする。なに、やって、んだ。
「………………?」
理解不能の意思表示である首の角度はさらに増す。
なに! やって! んだ!
「……………………?」
なにっ! やってっ! んだっ!
「………………………………?」
ついに首の角度が九十度になった。街灯というスポットライトの下でそんなことをやられたら、遠目からだと妖怪かなにかの類にしか見えない。
このまま続けて首が百八十度まで曲がったら大変なことになるので、僕は靴を履いてソラのところまで行くことにした。数日ぶりに靴を履いたもんだから、足元に違和感がこびりついて離れない。
僕がそこに行ったとき、ソラはまだその格好、つまりは九十度のまま固まってこちらを見ていた。
「ゆーと」
「怖いよ」
首を元に戻す。いつものソラに戻る。
「なにやってんの」
「はなび」
「花火は花火だけど」
「やろ」
「花火を?」
「うん」
「あのさ――」
なんでわざわざ窓から投げ込むんだ。
と言ったところでもう無駄なのは分かり切っている。今は使われていない飛行場にいて、猫を十匹も捜索していて、しかも富嶽だのチョコだのピカソだの覚えづらくて長ったらしい名前をつけて、おまけにこんな夏の日に服で肌をほとんど覆っている人間なんだ。花火の一つや二つ窓に投げ込んでもおかしくはない。
「ソラちゃんと約束してたんですよ。ユウトさんの身体がよくなったら花火をしましょうって」
「それで窓から投げ込んだわけか」
「うん」
できれば玄関先のベルをちゃんと鳴らしてそのことを言ってほしかった。
そう考えて、ハツミさんに迷惑になるからわざわざ窓からこうやって投げ込んだのかもしれないな、とも思う。ソラなりの気の使い方だったのかもしれない。
真意のほどは分からない。
「ひこうじょう、いこ?」
「そこでするの?」
「うん」
まあ、それもいいかもしれない。人に邪魔される心配がないし、なにより周りの迷惑にならない。下がコンクリートだから安全だし。
「ゆーと、たいいんおめでと」
「別に入院してないけど」
「けが、ごめんなさい。ぼくのせいで」
「昨日も一昨日もその前も言ったけど、謝らなくていいって」
「すきなものかってくれるってほんと? ぼくくるみぱんがいいな」
「なにを教えたクリーム」
「なんのことだかさっぱり、これっぽっちも、一ミリも、一ミクロンも、一ナノも、一ピコも、原子一つ分ですら分かりませんが」
「かってくれないの?」
「ああ、うん、いいよ、うん。まあそれくらいはね、うん」
「やったっ」
「ユウトさんはいい人ですね。見習いたいものです」
「……」
このクリームとかいう恐らく小学生であろう物体を、一体今度どうやって扱っていこうか僕は頭を悩ませた。こんなのが小学生だなんて一体誰が信じるのだろう。中に人が入っているだとか、AIだとか、人生二週目だとか言われた方がまだ現実味がある。
「ゆーと」
「ああ、なに?」
少しぶっきらぼうに返事をする。
「ふふん」
ふふんと鼻を鳴らしながら、ソラは僕の手を、僕の右手を掴んだ。正確には僕の手を、僕の右手を握った。
驚く。声が出ない。突然の出来事で身体が固まる。
「ふふんっ」
今度はさっきよりも大きく、ふふんっを鳴らした。ふふんとふふんっの微妙な使い分け。感情の機微。
「ふんふんふふん」
別のパターンが登場した。
「ふふんふんふふん」
また別のパターン。
「ふふふふふんふんふふんふんふんふんふっ!」
「それはおかしい」
「ふふ、バレた」
少し口角を上げ、そうしてほんの少し目を細める。もしかしたら笑っているのかもしれないけど、相変わらず表情がほとんど変わらないもんだからそれもどうだか分からない。
そんなことをしているうちに、握られている手のことなんてどこかにいってしまっていた。僕とソラはずっと手を握りながら、夏の街の東の方の、山の上の飛行場を目指して歩いていく。僕と繋いでいる方、左手とは反対のソラの手、右手には花火が握られている。夜は深くて、なんの種類か分からない虫たちが競うように鳴き合っていた。
傾斜のきついアスファルトを這い上がり、石段を一段一段踏みしめて登り拓けた場所に来る頃には、もう僕は息が上がっていた。ちょっとここで休もうなんていう情けない提案をしてしまおうと考えたけれど、言うよりも先にソラは歩く速度を緩めることなくすたすたと進んでいくので、僕は観念し引きずられるようにして飛行場までのけもの道を登っていく。
運動不足、という四文字が脳天を直撃する。そのせいで危うく死ぬところだった。打ちどころが悪かったら死んでいたかもしれない。せっかく身体が治りかけているのに。
へろへろになりながらも飛行場にやってくる。飛行場というものは夜間でも支障なく離着陸ができるように、普通だったらライトで照らされているのだろうが、生憎この飛行場は使われなくなって久しい。そんなことをする必要もなくなってしまったため、一面のコンクリート畑は月明かりを吸収して薄く発光しているだけに留まっていた。
「こうして見ると、この飛行場も寂しいですね。もう死んじゃってるんですもんね」
「うん」
「はあ、はあ……」
「昔は賑わっていたんでしょうかね、この飛行場も」
「どうだろ。わかんない」
「はあ、はあ……」
「でも、花火をするには絶好の場所です。これだけのコンクリートだと水もいらない」
「そうだね」
「はあ、はあ……」
「どうしたんですかユウトさん?」
「自己嫌悪に陥っている……」
「それは大変ですね」
と、同情なんて一つもしていないクリームは口先だけはそう言う。
「はなびっ」
ソラは僕の手をぱっと離す。そうすると、その一秒後には僕の右手に残っていたソラのぬくもりも夜に混じって消えた。なんだか少し寂しいと思った。
花火の包装をムチャクチャに開けて、意気揚々とススキ花火を取り出すソラ。火を点けると直線状にまとまった火花が弾ける、あの小学生男子がこぞってやりたがるタイプの花火だ。
火は? と言うより先に、ブラウスの左ポケットからマッチ箱を取り出す。用意周到だ。早く早くと爛々とした目で急かしてくるので、僕もクリームも手にススキ花火を持つ。
「やって、やって」
そう言いながらマッチ箱を僕に手渡すソラ。どうやらマッチを点けられないらしい。
仕方がないのでマッチを一本取り出して、箱の側面のやすりの部分に勢いをつけて擦りつける。そうすると火は簡単に点いた。ソラの手に握られたススキ花火の先端にマッチを近づけて、火を移してあげる。
「お、お、お、」
火は紙に燃え移り、そうして火薬に引火した。
「おー……」
花火の先端から勢いよく火花が散り、飛行場のコンクリートの上に落ちていく。火花は落ちたそばから色を失っていなくなるが、またそこには色を持った火花が落ちてきて、けれどまたすぐに色を失う。その繰り返しだった。
まだ火の点いているマッチを僕のススキ花火にも近づけ、そうしてクリームが手に持っている花火にも同じようにそうした。ソラより遅れること数秒後、僕らの花火からもオレンジ色の火花が散って、飛行場のコンクリートを濡らしていく。
ソラは口を半開きにしながら、花火から放たれるオレンジの光を見つめ続けていた。僕が初めてソラに会ったときも、そんな感じでじっと見つめ続けられていたのを思い出す。あのとき口は閉じていたけど。
「あっ」
ソラの花火が止む。すぐに新しいススキ花火を取り出す。というか、それしか種類がないのだろうか。
見てみると、どうやらススキ花火と線香花火の二種類のセットが三十パーセントオフだったらしい。ムチャクチャにしたビニールに赤色と黄色の値下げ表示ラベルが貼りつけてある。夏の盛り、花火なんて値下げせずとも飛ぶように売れるだろうに、わざわざ三十パーセントもオフにしてくれるなんて随分と良心的な店だ。もしも僕が店主だったらこっそり値上げをするのに。
「ふふん」
まだ閃光を放っている僕の花火に自分の花火の先端を近づけて、ソラは二本目のススキ花火に火を移す。紙が燃えていき、火薬に火がつき、オレンジ色の火花が放出され、コンクリートが濡らされていく。その繰り返し。
「きれいですね」
「花火なんて久しぶりにやったよ」
「わたしは初めてです」
「そうなの?」
意外だ。花火をやったことがない人に僕は初めて出会ったような気がする。
「わたしの家は少し変わっていたので、そういうことはできなかったんです」
「……そうなんだ」
少し引っかかったけれど、他人の家の事情に口出しをするのもお門違いかと思った。少なくとも、クリームにも生まれた家があって、そうしてそこで家族と暮らしていた、ということは知ることができた。土から生えてきたわけでも、空から降ってきたわけでもなく。
やっぱり彼女は人間なのかもしれない。
僕ら二人の花火が死んだら新しいのを取り出して、ソラの火を恵んでもらった。そうしたら今度はソラの花火が死ぬ。そうしたら僕の火を分けてあげる。僕らが死ぬ。分けてもらう。その繰り返し。オレンジ色は途切れずに夜の空の下で鈍く光る。
「たのしいな」
ソラが言う。
そのわりには、相変わらずの真顔。でも口角は少し上がっている。
比べるものではないけれど、ウミと比較するとソラの感情表現はごくわずかなものだ。語尾が少し弾んだり、口角が少し上がったり、その程度。
「たのしいな」
もう一度そう言う。
相変わらず、真顔。ずっと火花の先を見つめ続ける。消えたら点けて、点けたら消えて。それを繰り返しているうちに、たくさんあったはずの花火はなくなり、線香花火だけが残った。
線香花火なんてなにが楽しいんだろうって思っていたことがある。派手さに欠けて、手もろくに動かせない。ぴちぴち跳ねたかと思うと次の瞬間には落ちる。
線香花火に火を点ける。誰が一番長く落とさずに持っていられるか、なんて勝負をすると楽しいのだろうけれど、今の僕らにそれは余計なことかなと思う。
落ちたら点けて、点けたら落ちる。永遠に灯り続ける花火なんてない。やっぱりそれの繰り返し。火がついたらいつかは消える。だって火薬の量は限られているから。
「ゆーと」
「なに?」
「ほんとうはこわいよ」
「怖い?」
「しにたくない」
死。
その言葉が僕を激しく揺さぶった。
吐きそうになる。重力が何千倍にもなって僕に圧し掛かる。僕の心臓はその言葉にかき乱されてメチャクチャになる。
どこかで、きっとそうなんじゃないかなって思っていた。
これも『決まり』なのか?
ウミと同じで、ソラも死ぬことが『決まって』いるのか?
そう思った。けれど、
「うそだよ」
なんて言葉を、ソラはつけ足した。
どう言葉を返していいのか分からなかったし、きっと僕がどんな言葉を返してもそれは不正解だったと思う。ソラの言葉の後には誰も喋らず、虫の鳴き声と、線香花火の弾ける音だけが街を支配していた。
ソラは死ぬ。ウミと同じように。
ソラとウミ。
偶然だとは思えない。
死ぬことが『決まって』いる。
どうして? どうしてそんなことが『決まって』しまっている?
僕にはなにも分からなかった。
ウミとお友達の関係も、シーグラスも、『決まり』も。ソラのことも、猫のことも。
夏の街のことも、クリームのことも。
そうして僕自身のことだって、僕はなにも知らない。
「あっ」
ソラの持っていた最後の線香花火がコンクリートに落ちて、そうして僕ら二人の火も落ちた。飛行場にはまた月明かりだけが薄く揺らめく。そこには花火の面影なんて一つたりとも残されてはいなかった。
「おわっちゃった」
「終わったね」
「終わりましたね」
僕らは火薬を使い切って役目を終えた花火の亡骸を持って、しゃがんでいた身体を持ち上げる。
「帰るか」
「うん」
「そうですね」
火が点いたら必ず消える。永遠に灯り続ける花火なんてない。
そんなことを思う。