Introduce
夢を見ていた。
悲しい夢。けれど悲しいだけじゃない、楽しくもあった。
すごく不自由で、そうしてすごく自由でもあった。
涙が溢れ、けれど笑ってもいた。
そんな夢を見ていた。
気がついたら僕は夏の街にいた。
クリームパンをくわえた『そいつ』が隣にいて、僕の手にはどこで買ったのかも忘れたブラックの缶コーヒーが握られていて、頭がおかしくなりそうなほど気温が高くて、太陽の直射日光は僕たちを本気で殺しにきていて、缶コーヒーはすでにぬるくなっていて、『そいつ』はもちゃもちゃとクリームパンを食べていて、僕は背中に尋常じゃない量の汗をびっしょりと掻いていて、目の前の景色が陽炎のようにゆらゆらと揺れて、そしておまけに……夏の街にいた。
「どうしてこんなところにいるんだろう?」
呟く。
どうしてこんなところにいるんだろう。
当然の疑問だ。だって僕はどうしてこんなところにいるのか本気で分からないんだから。それに、僕の隣にいる『そいつ』が一体何者かも分からない。気がついたらここにいて、気がついたら『そいつ』がいて、気がついたら夏で、クリームパンで、ぬるい缶コーヒーだった。後ろは山で、前には街と海が広がっていた。
「そんなに気になりますか?」
『そいつ』はクリームパンから口を離すと、僕を見上げてそう言う。
「そりゃあね……君は一体何者なの?」
「あなたは一体何者ですか?」
「僕は僕。僕はユヅキユウト」
「ユヅキ、ユウト……ユウトさん」
と、『そいつ』は確かめるように呟く。そうして残りのクリームパンを一口で飲み込もうとするが、中のクリームが溢れ口の端についた。
「クリームついてるよ」
「クリーム?」
「えっと、ほら、ここ」
自分の口の右側を指し示す。そうすると、『そいつ』は人差し指でクリームを拭い、それを舐めた。
「クリーム、ですね」
「クリームだよ」
「クリーム……それはわたしの名前ですよ。わたしの名前は『クリーム』」
その名前が本当の名前ではないことなんて一発で分かったけれど、だからといってそれについてどうこう言おうという気は起きなかった。なんだかそうすることはとてつもなく……そう、とてつもなく間違っているような気がしたから。
僕たちは眼前に広がる山と海に囲まれた、入り組んだ夏の街を目指して歩みを進めた。
「楽しみですね」
「なにが?」
「わたしたちが成し得なかった、けれどこれから起こり得る、あらゆる可能性について、です」
クリームと名乗った少女は、そう言って微笑む。
僕たちは……僕たちは、夏の街にいた。
とてつもなく……そう、とてつもなく……僕たちは夏の街にいたんだ。