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お金の魔力

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 高級感溢れる蒼いドレスに身を包んだエルフ族の美女が、目尻に涙を浮かべながら頭を下げる。

 凹凸の豊かな肢体がドレスの生地を艶めかしく押し上げ、野次馬の男たちの目を惹き付ける。

 居た堪れない場の空気にキョロキョロと視線を泳がせるディーラーの男が、打ちひしがれた敗者の姿に憐憫の眼差しを向ける。


「……し、支払いを……待ってください」


 屈辱と羞恥に歪められた美貌が今の彼女――エミリア・リーヴスラシルのすべてを物語っていた。

 自分より遥かに格下のE級ハンターの足元に跪きながら、床の上に両手を突いて必死に許しを乞う。

 その無様な姿は長い時間を生きるエルフ族の彼女にとって、生涯忘れられない思い出になることだろう。


「リーヴスラシルさん、熱中し過ぎれば火傷するというのは賭け事の基本ですよ?」


「うぐっ……!?」


 周囲の野次馬たちが圧倒されてしまうほど巨大なチップの山。

 K・K(キリング・クリムゾン)の未来予知を利用したルーレットでの荒稼ぎから始まり、時飛ばしを使用したポーカー勝負を繰り返したのだ。

 裕福な冒険者ハンターたちから有り金をすべて毟り取ってやろうと悪知恵を働かせてくれたヒコマロには感謝するべきだろう。


『はははっ、A級ハンターがE級ハンターに土下座する姿なんて滅多に拝めないぞ! まさにポーカー様様だな!』


「はぁ……」


 K・K(キリング・クリムゾン)で時間を消し飛ばしている間に相手の手札を覗き、元の位置に戻ってから能力を解除する。

 それだけで何のリスクも背負わずに相手の手の内を知ることができるのだ。

 常に自分の手札を覗かれているとも知らず、二時間にも及ぶポーカー勝負を続けた結果、全財産を奪われてしまったエミリアは子供のように啜り泣いていた。


「ボス、取り敢えず金目の物は全部いただきましょう。こういう傲慢な女は一度痛い目に遭わないと反省しませんから」


「そうだな」


「ど、どうか……お慈悲を……」


 今から四時間前、カジノに来たばかりの俺とジルに「貧乏人は近寄らないでくださる?」と因縁を付けてきたのがエミリアだった。

 都市内でも有名な大手ギルドの幹部である彼女は、エルフ族の特性とも言うべき潔癖症も相俟って、自分に近づく異性に対しては非常に手厳しい性格なのだ。


「本当にエルフの女って高慢ちきな奴が多いよな。気位は高いし言葉遣いもキツいし、弱い立場の者には居丈高に振る舞うからオイラも嫌いなんだよねぇ~」


「……も、申し訳ございませんでした」


 迷宮都市アヴァロンの中では貧しい冒険者ハンターたちが犯罪に手を染めることは日常茶飯事であり、身なりの貧しい冒険者ハンターを自分から遠ざけようとするのは一種の自己防衛である。

 あからさまに嫌悪感を剥き出しにする者は少ないが、上級ハンターの女たちが下級ハンターの男たちを犯罪者予備軍と見なしているのは紛れもない事実だった。

 美貌と地位、収入を兼ね備えているエミリアのような成功者が、俺のように胡散臭そうな男を警戒するのは当然だろう。


「くっだらない因縁を吹っ掛けてきたのはアンタのほうでしょ? あーあ、途中で降りれば被害を最小限に抑えられたのにさ……意地を張り続けるから破産するんだよ」


「う、うう……」


「大体さ、ボスにポーカー勝負を持ち掛けてきた理由だって幼稚で低レベルだよね? 品性が無い、金に卑しい、場の空気が悪くなる、とか理不尽な言い掛かりを付けてきたけどさ……要は下級ハンターのボスが荒稼ぎしてるのが気に食わなかった訳でしょ?」


「そ、れは……その……」


 日頃の鬱憤を晴らすかのように「これだからエルフ族は」と大袈裟に溜息を吐くジルは、台座の上に山積みにされたチップの束を見ながら「にひひっ、換金お願いねぇ~」と数名の従業員に言う。

 軽く見積もっても七十億エクシードは稼いでいるのだが、あまりにも稼ぎ過ぎているのでディーラーたちの視線が俺の右手首に嵌められている魔力探知機に集中していた。


 完全に運任せのルーレットで幾度となく予想を的中させる俺に対し、店の従業員たちが「腕輪の点検にご協力をお願いします」と合計十二回もの検査を要求してきたのだ。

 一定以上の魔力を感知すると腕輪に施された魔法が発動し、警報アラームを鳴らす仕組みになっているのだが、気紋エネルギーを使用する俺の前では無意味だった。


「それにしてもボス、このカジノは本当に良心的だよねぇ? 善良な一般客のボスに十二回も腕輪の検査をしてくれるんだからさぁ~」


「ジル、そういう言い方は止しなさい」


 サングラスを着けた黒服の男たちがジルの言葉に顔を顰める。

 彼らはカジノを運営しているフォルトゥーナ・ギルドの構成員であり、不正行為や迷惑行為などを行った客を捕縛するのが主な役目である。

 そしてルーレットとポーカーで連戦連勝を重ねる俺に対し、幾度となく腕輪の検査を要求してきた黒服たちは、野次馬たちから失笑を買っていた。


「それだけ仕事熱心で真面目な方が大勢いるということです。我々のギルドも彼らのように誠実な勤務態度を見習うべきでしょうね。与えられた仕事をしっかりと全うする労働者の鑑ですよ」


「……物は言いようだね」


 穏便に場を収めるべく黒服の男たちを褒め称える俺は、相変わらず八方美人の癖が抜けていなかった。

 自分でも自分の卑屈すぎる生き方が嫌になるのだが、そう簡単に自分の生き方を変えることは出来ないのだ。


「ジル、まずはリーヴスラシルさんの所属ギルドに今回の件を連絡しなさい。支払いの期限や利息を決めるのは、それからでも遅くはありません」


「相変わらずボスは甘いね。オイラなら身包みを剥いで素っ裸にしてやるのに」


 負け分を取り戻そうと躍起になるエミリアは、同じギルドの仲間たちからも賭け金を借りていたのだ。

 少し離れた場所でヒソヒソと何かを話している彼女の仲間たちが、気配を殺しながら目立たないようにカジノの出口に向かっていた。

 破産したエミリアの仲間として野次馬たちの前で恥を掻かされるのは御免なのだろう。


「このカジノでの飲食代や帰りの馬車代くらいは私が負担しましょう。それと、完全な一文無しになられてしまっては何かと不都合が生じるでしょうからね……当面の活動資金にでもなさってください」


「あ、ありがとうございます!」


 懐から五百万エクシードの証文を取り出し、土下座をしているエミリアに対して「頭を上げてください」と紳士的な口調でソレを手渡す。

 証文というのは冒険者組合が定める一定の基準に達したギルドにしか発行されない物であり、手元に現金が無くとも冒険者組合に行けば金貨と引き換えることが出来るのだ。

 ヒコマロの故郷である”ニホン”では銀行と呼ばれる金融機関が似たようなことをしていたらしい。


「それにしても、今日は本当に暑いですね。日焼けは女性の肌を傷つけますから、良ければ私の帽子をお使いください」


「……は、はい」


 同族意識の強いエルフ族を大衆の面前で晒し者にするのは悪手である。

 エミリアの顔半分を隠すように「肌を守るのも女性の嗜みですからね」と帽子を被せた俺は、従業員の女にチラッと目配せをする。

 すると、俺の意図を察した彼女は「お預かりしていた外套になります」とエミリアを野次馬たちから遠ざけ始めた。


「そこのディーラーさん、店内にいる他の方々にバッカスを千本ほどお願いします」


「は、はい! すぐにご用意いたします!」


 そして店で一番人気の酒を気前よく奢ることで注目を浴びる俺は、野次馬たちの視線がエミリアに向かないよう「毛も生えてない子供は飲んじゃ駄目だぞ?」と滑稽な言い回しでジルを揶揄う。

 その直後、俺の言葉にポカンとしていた野次馬の男たちがゲラゲラと腹を抱えて笑い始めた。

 しかし、エミリアを憐れんでいた一部の女たちは感極まったように目を輝かせていた。


「……末恐ろしい外面の良さだ」


「いつの時代も淑女レディを敵に回すのは危険なのさ」


 溜息を零しながら肩を竦めるジルが「女子供限定の人脈チートめ」と身も蓋もないことを言う。

 だが、どんな客にも公平中立を保たなければならないバニーガールたちが「当店のサービスです」と頼んでもいないフルーツの盛り合わせを運んできたのは大きな収穫だった。

 金で雇われただけの彼女たちも血の通った人間である以上、好意を抱く客と嫌悪感を抱く客では対応が異なるのだ。

 そして真紅のバニースーツを着た猫人族びょうじんぞくの美女がニッコリと微笑み、俺の耳元で「お噂通りの素敵な紳士様ですニャ」と囁いた。


「ジル、そろそろ帰りましょう。遅くなり過ぎると皆も心配しますから」


「……主に女性陣がね」


 運ばれてきた高級フルーツを堪能した後、バニーガールたちに軽い会釈をして会計に向かった俺は、魔力探知機の腕輪を受付嬢から外してもらう。


「証文で払います。それとチップの換金が終わったら冒険者組合にあるリベルタ・ギルド専用の特殊口座に入金するようお願いします」


「畏まりました。明日の朝までには入金するように手配いたします」


 流麗な仕草で頭を下げる狼人族の受付嬢は、支払いの手続きを済ませると「先程の対応はお見事でした」と温かく微笑んだ。

 そして渡された領収書からはカジノに滞在していた四時間分の料金が差し引かれていた。

 それに気づいた俺が利用料金について尋ねると「本日は紳士デーなので特別割引です」と笑顔で答えてくれた。


「またのご来店をお待ちしております!」


「ジェミニ様のお越しを心よりお待ちしております!」


「今後とも当カジノをご利用ください!」


 美しい受付嬢たちが満面の笑みを浮かべながら元気よく挨拶をする。

 その美しい光景に「けっ」と顔を顰めた一部の男たちが、女奴隷たちの首輪を鎖で引きながら店を出ていく。

 条件付きとはいえ奴隷制度が認められている迷宮都市でも、女たちを物扱いする男は軽蔑や嫌悪の対象になるようだ。

 凍えるように冷たい目をした受付嬢やバニーガールたちが「またのご来店を」と形だけの挨拶をし、卑しい男客たちを嫌悪感たっぷりの表情で見送っているのが良い証拠である。


「やっぱりボスは外面を取り繕う天才だね」


「ほっとけ」


 ご丁寧に帰りの馬車まで用意してくれていた受付嬢にチップを渡し、ジルと一緒に乗り込む。

 美しい女奴隷を引き連れた男連中が「若造の癖に気取りやがって」と愚痴を零していたが、そんな彼らの存在に気づかないフリをする受付嬢たちは完全に無視を決め込んでいた。


「はははっ、随分とモテモテじゃねーか兄ちゃん! 顔に関しちゃ中の下だが、外面に関しちゃ特上の特上だな!」


「……」


「ぷっ!?」


 見送りにやって来た受付嬢たちから熱い視線を向けられている俺に対し、馬車の運転手を務める中年男がゲラゲラと豪快に笑う。

 下唇を噛んで必死に笑いを堪えるジルが「み、見抜かれてやがる……ぶほぉっ!?」と盛大に吹いていた。

 そんな二人の様子にギュッと心臓を鷲掴まれたような気分になる俺は、深い溜息を零しながらギルド本部の屋敷に戻るのであった。




 ☆




 夜、カジノからの凱旋を果たした俺は質問攻めに遭っていた。

 お喋り小僧のジルが億単位の金を稼いできたと吹聴して回り、現在進行形で屋敷内にいる全団員から詰め寄られているのだ。


「団長、マジで七十億も稼いだんですかっ!?」


「どんな裏技を使ったんですか!」


「不正を疑われて何度も腕輪をチェックされたと聞きましたけど、本当にイカサマなしで勝ち続けたんですか?」


「ジェミニ代表、まさか受付嬢やバニーガールたちをお持ち帰りなんてしてませんよね?」


 鬼気迫る勢いで詰め寄ってくる部下たちの姿に困窮する俺は、秘書のマリアンヌに助けを求める。

 だが、額に青筋を浮かべた彼女はニッコリと微笑みながら静観を決め込んでいた。

 俺が従業員の女たちから接待されていたことを面白おかしく吹聴したジルが「ずっとバニーちゃん達のおっぱいをガン見してましたよ」と余計な一言を口走ったからだ。


「ま、まずは落ち着いてください皆さん。私が答えられる範囲でよろしければ一人ずつお答えしますから」


 目を血走らせた部下たちを必死に宥める俺は「私の口は一つしか有りませんので」と愛想笑いを浮かべる。

 ちなみにヒコマロの暮らしていた世界では”宝クジ”なる紙切れを買って当選した者が、不幸な最期を迎えることが多々あるらしい。

 それほどまでにお金の持つ魔力は人の心を狂わせるのだ。


「ルーレットで二十回以上も大当たりを出したそうですが、やっぱり魔法を使ったんですかい? 例えば、店の従業員たちを買収して魔法系の冒険者ハンターを雇ったとか?」


「カジノ内にはB級以上の冒険者ハンターだけで構成された黒服の警備チームがいます。彼らの監視を掻い潜ってイカサマをするのはS級ハンターでも不可能ですよ」


 ドワーフ族の男が酒臭い吐息をゲフゲフと漏らし、訝しむような目つきで俺の顔を覗き込んでくる。

 だが、店側の防犯警備がどれほど厳重なモノなのかを嫌というほど理解している彼は「まあ、確かに無理ですな……」と頷く。

 ギャンブル依存症の彼は同僚や部下たちから借金を繰り返し、勤めていた冒険者ギルドを追い出された過去があるからだ。


「かっかっか、団長の人柄を見てりゃ不正をするような男じゃねえってのは俺でも分かるさ。大体よぉ、ルーレットで不正行為なんざぁ誰がどう考えても不可能だろーが」


「ええ、ザニスさんの仰る通りですね」


 スルメを齧りながらグビグビと焼酎を飲む中年男が「そっちは問題じゃねえ」と双眸を細める。

 そして両掌をワサワサと動かし始めた彼は「バニーちゃんの揉み心地はどうだったんだ?」と下卑た笑いを零す。


「げへへへっ、大勝ちした男客はバニーちゃん達からスペシャル御奉仕を味わえるって噂があるのさ。奪われた金を取り戻すには今後も店に来てもらわなくちゃいけねーだろ?」


「おいおい、爆乳のバニーちゃん達がどんな要求にも応えてくれるって話……本気と書いてマジなのか?」


「まあ、向こうにも面子があるからなぁ……負け分を取り戻すには次回もボスに来てもらわないと駄目だし」


「ははははっ、容姿もスタイルも超一級品のバニーちゃん達が挟んで潰してペロペロしてくれるんだろ! 大勝ちした男たちを手籠めにするのも仕事の一つらしいぜ!」


 娼館の常連客であるザニスが「娼婦と違ってバニーちゃんは買えねーからな」と臆面もなく言う。

 そんな彼を後押しするように「まったくだ!」と鼻息を荒くした男衆が騒ぎ立てる。

 冒険者組合の職員並みに採用基準が厳しいバニーガールたちは、下級ハンターたちの間では高嶺の花とされているのだ。

 一般人には触れることさえ叶わない美女、美少女たちに邪な欲望を抱いてしまうのは男として当然だろう。


「その昔、儂の同僚だった男がカジノで二十億ほど当てた時は別室に案内されて翌日の朝まで接待されたそうじゃ」


「十年くらい前に俺っちの叔父がルーレットで大勝ちした時なんかマジで酷かったぞ? 金目当てで擦り寄ってきたバニーちゃんと浮気してな、叔母と娘を残して蒸発しやがったんだ」


「数億エクシードも当てれば受付嬢やバニーガールたちも豹変するからな。誘惑して誑し込めれば億万長者になれる訳だし」


 身も蓋もない話でゲラゲラと盛り上がる男衆が「ウチも女冒険者(ハンター)の採用基準は容姿を優先してほしいぜ」と失礼極まりないことを言う。

 すると案の定、男たちの無神経な発言に「あぁ?」と不快感を露わにした女衆は「鏡を見てから物を言え!」と怒鳴り散らす。


「ボスだって可愛いバニーちゃん達が秘書になってくれれば嬉しいだろ? バニースーツを着た爆乳美女が常に自分の傍にいるんだ……その堪らない光景を少しで良いから想像してみてくれ」


「…………ええ」


 ほんの一瞬、ザニスの言葉を真に受けてしまった俺は「確かに悪くないな」と頭の中で卑猥な妄想を浮かべてしまった。

 そしてその直後、鬼の首でも取ったかのように得意気な顔をした彼が「ほれ見たことか」「これが男の本能だ」とマリアンヌを揶揄う。


「……そうですか」


「ギドーラさん、彼の言葉を真に受けてはいけません。単なる戯言です」


 側頭部に生えた双角からビリビリと雷を迸らせるマリアンヌが、威圧感を漂わせながら静かに息を吐く。

 竜人族の特徴である頭部の角は「雷神の杖」と称されるほど強力な雷を発生させる器官である。

 成人した竜人族の放つ雷撃は直撃すればA級ハンターでさえ無事では済まないらしい。

 そして竜形態に変身した彼らの戦闘力は子供でさえ他種族のA級ハンターを凌ぐと言われており、獣人形態の時とは比較にならないほど凶暴性を増すのだ。


『人間やドワーフ、小人みたいな弱小種族と違って竜人族はすべての個体が魔力を持ってるらしいな? しかも、エルフに次ぐ長命種族だからセレスティア大陸における最強種だとか』


「っ……!?」


 男女問わずマリアンヌの不機嫌オーラを感じ取った部下たちが顔を引き攣らせる。

 バチバチと音を鳴らす双角からは紫紺の雷が放たれ、壁に取り付けられた魔石灯ランプのガラスを粉々に割ってしまう。


『特に竜人族の女は非常に独占欲が強く、嫉妬深い一面を持つそうだ。竜人族と結婚した者が浮気をしたり離婚話を切り出したりすると、その大半が一年以内に雷に打たれて死ぬらしいぞ?』


 示し合わせたように竜人族の凶暴さを語り始めたヒコマロが、苛立つマリアンヌを見ながら暢気に笑う。

 悪戯小僧のジルや悪戯中年男のザニスと同じく、追い詰められた俺の様子を楽しむ彼は本当に悪趣味だった。


「私のような世間知らずの田舎者を支えてくれる心の広い秘書は、後にも先にもギドーラさんを除いて他におりません」


 バチバチと帯電するマリアンヌの双角を見ながら、出来る限り穏やかな口調で告げる。

 引退した元ギルド経営者などが出版した経営指南書を読み漁り、苦心しながら対人スキルを磨いてきた賜物だろう。


「業務のスケジュール管理や他所のギルドへの交渉手腕、他の竜人族の方々との人脈……これだけでも単純な損得勘定で言えば大きな利益になるんです」


「……」


「無論、そうした利益を度外視してもギドーラさんを傍に置いておくメリットは沢山あります。美人というのは居てくれるだけで職場の雰囲気を明るくしてくれますからね」


「……」


 当たり障りのない言葉でマリアンヌのご機嫌取りを続ける俺は、男連中から熱い眼差しを向けられていることに気づく。

 リベルタ・ギルドにおける男女比率は圧倒的に女のほうが多く、冒険者ハンターとしての実力も女たちのほうが上なのだ。

 そんな中、自分たちでは頭が上がらない中堅レベルの女冒険者(ハンター)たちが、E級ハンターの男に手懐けられているとなれば、下級ハンターである彼らの気持ちは推して知るべしだ。


「常日頃からお世話になっているギドーラさんは勿論の事、このリベルタ・ギルドのために尽くしてくださる全団員が私にとっての宝です」


「……そうですか」


 己の一挙手一投足に気をつけながら精一杯の笑顔を作る。

 そしてマリアンヌのみを露骨に褒めちぎるのは悪手だと判断した俺は、さり気なく他の団員たちに視線を移す。


「それと、昔から”金は天下の回り物”と言われますからね……皆さんに一千万エクシードずつお裾分け致しましょう」


「……はっ?」


「んなっ……!?」


「ほ、本気ですかっ!?」


 古今東西、金を貰って喜ばない人間はいない。

 そして俺の言葉を理解した瞬間、すべての団員が目の色を変えた。

 不機嫌オーラを漂わせていたマリアンヌまでもが、目を大きく見開いて呆然としている。


「リーダー、正気ですかっ!?」


「ほ、本当に一千万エクシード貰えるんですか!?」


「アタシたち全員が貰えるんですかっ!?」


「……さ、さすがに嘘ですよね?」


 団員一人につき一千万エクシードを渡すと主張する俺に対し、マリアンヌ以外の全団員が目を血走らせる。

 一般に大手ギルドに勤める下級ハンターたちの年収が、大体三百万エクシードと言われているのだ。

 リベルタ・ギルドのような零細ギルドの下っ端たちが驚くのも無理はないだろう。


「はははっ、景気の良い内だけですよ。その代わり、もしギルドの財政が傾いた時は助けてくださいね?」


「は、はい! さすがはジェミニ代表っ!」


「お金に執着しない殿方って本当に素敵です!」


「がはははっ、儂の孫娘なんてどうじゃ? そこそこの器量じゃぞ?」


「アンタの孫は去年嫁いだばかりだろうが!」


 目の色を変えた団員たちが種族や性別を問わず熱気を放ち始める。

 普段は冷静沈着なマリアンヌでさえ「い、一千万……」と途方に暮れていた。

 K・K(キリング・クリムゾン)の能力を使えば億単位の金を稼ぐくらい簡単なのだ。

 僅か一千万エクシードで団員たちの心を買えるなら安いものだろう。


「冒険者組合に口座を持ってる方々は後で口座番号を教えてください。出来れば名前と番号を紙に書いて提出してほしいです」


「秒速で書いてきます!」


「すぐ戻ります! ほら皆、ジェミニ団長の気が変わらないうちに急ぐわよ!」


「紹介してくれたアンナさんには死ぬまで感謝ね! 最高の就職先だわ!」


 我先にと駆け出した団員たちが凄まじい剣幕で去っていく。

 大金を得られると知った途端、人間の心はこれほど浅ましく変わってしまうのだ。

 あまりの変貌ぶりに渇いた笑いを零してしまう俺は「金の切れ目が縁の切れ目か」と心の奥底に秘められた本音を漏らしてしまった。

 しかし、ただ一人残ったマリアンヌだけは「私はその逆だと思います」と小さな溜息を零す。


「ジェミニ代表との縁が切れた者は、その時点でお金との縁も切れてしまう……そのように私は思います。私から言わせてもらえば”縁の切れ目が金の切れ目”です」


「……買い被りすぎですよ」


 冷静さを取り戻したマリアンヌが「私はお金に関係なく付いていきます!」と力強い口調で言う。

 諸々の事情によって住む家のない団員ばかりのリベルタ・ギルドでは、屋敷に住み込みで働いている者がメンバーの八割以上を占めている。

 そんな中、自分の家を持ちながら屋敷に住み込んでいる彼女は、純粋な善意と好意から俺の身の回りの世話を焼いてくれているのだ。


『馬鹿で愚かな男冒険者(ハンター)たちには感謝だな。お陰様で女たちの心を掴むのが簡単だ』


 今のマリアンヌであれば雇用契約を破棄したとしても、恩人である俺のために尽くしてくれるだろう。

 いざという時のために情で縛り付けてあるので、他の女団員たちも滅多なことでは裏切らない筈だ。

 邪な打算によって構築された人間関係だからこそ、ある程度の信頼を置けるのである。


「さて、私はそろそろ夕食を取りますが……ギドーラさんも一緒にどうですか? もし用事があるようでしたら構いませんが」


「行きます! 絶対に行きます! 食べ放題の店に行きます! すぐに身支度を整えます!」


 飼い慣らされた忠犬のようにパアッと顔を輝かせた竜人族の少女に対し、思わず苦笑してしまう俺は予想だにしていなかった。

 他の種族とは一線を画すほど食欲旺盛な竜人族が、ほぼ全ての店で「竜人族お断わり」と出入り禁止にされていることを――。


「うふふふ、今日は何頭食べようか迷っちゃいます!」


 そして竜人族専門の食べ放題店に連れて行かれた後、牛と猪を三頭ずつ注文したマリアンヌが「あまり食べ過ぎると太りますからね」と言い放ち、あっという間に平らげてしまう光景に改めて種族の差を感じさせられるのだった。







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